『2010…… 』





「美味しくもねーな、これ」

 愚痴を言いながら薫は、手にしていた器の中の蕎麦を一口、味見すると、もういらないとばかりに側にあったテーブルに投げ捨てる。

「所詮、インスタントだもの、味なんてたかが知れているわよ、薫ちゃん」

 同じソファーの右隣に座っていた紫穂も、それを口にしながら最初から諦めているような口調で呟くと同じように、テーブルに置いた。

「年越し蕎麦をこんな所で食べている段階で、ウチら諦めるしかないやん」

 今度は薫の左隣にいた葵が、今自分達が置かれている状況を語りながら、続いて器を置くのだった。

 今、三人がいるのはバベル内の『ザ・チルドレン』用の待機室であり、しかも今日は大晦日の夜でもある。

 普通の子供なら、大晦日の夜などは家族団欒とばかりに暖かい自宅で、のんびり過ごし新年を迎えるのだが、

ここにいる三人は、それに縁が無かった。

 幼き頃からレベル7の超能力を持ち、普通の家庭では育つ事が困難であった故に、

五歳の頃からバベルで保護される代わりに、その能力を利用され続けているのだ。

 本人達が、それを望んでいなくても、そうするしかない。

 じゃなければ、自分たちの居場所は何処にも無いのだと、周囲の大人達が憎らしげにそういつも言い浴びせるのだ。

 それを聞かされ続けた今では、そんな大人達への憎悪に近い不信感と、

将来へ何も期待さえ持つことの出来ないやるせなさだけが三人の胸中に残っている。

 だからこそ、大晦日の今夜などは特に、全てに対して無気力感さえ浮かぶ。

 人並みの生活など自分たちには得る事が出来ないのだと。

「インスタントでも食べさせてもらえるだけありがたいと思いなさい !! 」

 ヒステリックな女性の甲高い声が三人の背後から聞こえた途端、

薫を筆頭に三人は、ほぼ同時に眉間に皺を寄せながら顔をしかめた。

 顔を会わせたくも無い程に嫌悪感を抱く大人の一人でもあり、

『ザ・チルドレン』現・運用主任でもある須磨貴理子が、彼女たちのいる待機室に入ってきながら、

三人に嫌味ともいえる言葉を浴びせかけた。

 主任という立場とは言え、チルドレンと須磨の間には、信頼などという代物は当初から存在していない。

 須磨の命令を遵守させられる隷僕ともいうべき立場でしかないのだ。

 超高度エスパーゆえに、彼女は三人を普通の人間の子供とは当初から見てはおらず、

畏怖されるべき能力を扱いきれない猛獣として扱われている。

 現に、三人の首に巻かれているリミッターは、猛獣を躾ける首輪のようであり、電撃を与える機能も持ち合わせていた。

 絶対的な力で幼い子供を抑え付けるような非道な行動に、バベル内では散々非難が彼女に集中していたのだが、

これは国家が決めた事なのだと、国家権力を振り回し、

周囲に文句など言わせない高圧的な態度のまま、三人を飼い殺すように抑圧させていたのだ。

 なおかつ、一番殺傷能力の高い(サイコ)動力(キネシス)を持つ薫に、自分が歯向かえば、紫穂と葵が痛めつけられる罰を与えると脅してもいる。

 自身は、普通人(ノーマル)中心である世界に生きていけるための躾なのだと、

自分の考えは間違っていない態度を取り続けているのだがそれを薫達には、理解されるはずはなかった。

 自分達の存在を疎ましく思っている相手に、心など開けるはずはなかったのだから。

 信じられる存在は、紫穂と葵だけであり、守らなくてはいけない存在でもあるのだからと、

薫はただ今は我慢に耐えるしかしかない日々を過ごしている。

「……… 」

 話したくも無い相手であるゆえに、薫は沈黙を続けたまま、須磨を睨みつける視線を向けるのだが、

須磨は邪険な視線を少し向けたまま相手にもしない態度で、三人に用件を伝える。

「出動よ、大雪による雪崩に巻き込まれた車両の救出があるから、早く支度しなさい、すぐ発つわよ ! 」

「こんな時間から出動なんて ! 」

 十時を少し廻った頃ではあるのだが、外に出かける気など更々ない紫穂は、須磨に非難ともいえる声を上げた。

「どんな時間であろうとも、あんた達は行かなくてはいけないわよ ! そうしなければ、

どこにも誰からも必要とされない迷惑な存在でしかないから ! 私だって、あんた達と大晦日まで任務なんて、迷惑でしかないのだから ! 」

 本心から迷惑そうに須磨は、子供相手に本心の悪態を吐き捨てるように目の前の三人にそう言い捨てた。

 そのような態度を見せ付けられた三人は、当然と怒りと悔しさがこみ上げるのだが、

だからと言って歯向かう事など出来ない今の自分達の現実が歯がゆく感じていた。

 自分達には、否定する権利さえない不自由さに。

「 …… 葵、紫穂…… 行こう」

「そうね…… 」

「せやな…… そうするしかないんや、ウチらは…… 」

 搾り出すような声で薫は、二人に任務に出かけようと声を掛けると、一足先に席を立ち、

部屋を出て、二人も子供とは思えない重苦しい表情を浮かべながらその後を着いて出て行く。





 寒さが厳しさを増す深夜の外で、薫達は雪崩に埋もれた車両を救出する任務の現場にいる。

 須磨に命令された通りに無言で救助しているのだが、周囲の救助隊からは、

まだ幼い子供達でしかないのに、計り知れない強大な超能力で外部から何も把握できない雪中の車と人々の様子を正確に把握しながら、

それを見えざる不可視の力で地上に引き上げる姿に、超能力を持たない大人達は、

ただ異形の光景を眺めるように、三人を見つめて影口を叩く。

 そんな視線や、悪口には薫達はある意味慣れきっていた。

 どんなに自分達が、普通人の為に自分の能力を活かしても、決して感謝も、褒めてくれる言葉すら与えられないのを知っているのだ。

 ただ、口にするのは化け物扱いするような、胸を抉る言葉だけが彼女達に与えられていた。

普通人(ノーマル)の為なんかに、あたし達は利用されたくなんかない…… こんな事なんかしたくないんだ ! )

 薫の内心では、常日頃か普通人の大人に対する恨みに近い怒りの感情を抱きつづけているのだが、

子供ながらにそれを感情に任せて爆発させるのだけは、ギリギリの所で抑え込んでいる。


 そんな事などをしたら、紫穂と葵の身に危害が加えられるのを何よりも恐れていた。




「除夜の鐘…… ? 」

 僅かな寒風に乗って、どこからか除夜の鐘の音が、紫穂の耳に流れ込み、思わずそれを口に出した。

「もう、今年も終わりなんやな…… 思い返してつまらない一年でしかなかったわ」

 同じように葵も、その音を耳にして、楽しくもない一年であったとつまらなさそうに呟く。

「…… 年が明けようと…… あたし達には、明日からも何も変わらない…… 」

  薫の言葉は、三人が同じように抱くものであり、バベルで不自由なまま飼い殺されている日常では、

一年が終わろう、新年を迎えようが何も変わる事も新鮮さも湧かないのだ。

 (誰も助けてはくれないからこそ、あたしは紫穂と葵を守らなくてはいけない------- )

 薫は、幼い子供ながらにも、二人を守りぬく覚悟を悲壮なまでに抱くのだが、

それでも心の奥底では、来年こそ…… 明日こそ、自分に手を差し出してくれる存在が現れるのを切に願っていた。


 それは叶わぬ願いと自分でも分かっていながら。




 除夜の鐘を聞きながら、薫たちは新年----- 2010年を迎えることになる。







「おい、お前ら出来たぞ、食べたいなら手伝いに来い !! 」

 随分と忙しそうな様子で皆本が、近くにいる薫、紫穂、葵に声をかけると同時に、三人は待っていましたとばかりに、彼の側に駆け寄ってくる。

「うわ、うまそう」

「出来立てやもん、そりゃ、美味しいはずや」

「何しろ、皆本さんのお手製だもの」

 三人は、目の前に出された出来たての年越し蕎麦の器を手にしながら、その温もりに思わず顔まで綻ばせる。

 時は流れ、薫達は皆本と偶然と言う名の必然の出会いの後、紆余曲折の展開を迎えた後の数ヵ月後にあたる、

その年の大晦日の日、チルドレンと皆本は自宅待機ということで、彼のマンションで共に、新年を迎える事になっていた。

 緊急の任務以外なら、普通の子供らしく、普通に新年を迎えさせてあげるべきだと、皆本がバベルや政府関係者などにかけあっていた。

 そんな皆本の姿を見て、薫達は彼が今までの大人たちとは違い、

自分たちの事を考え、大切にしてくれている事に、当初は頑なに反抗的だった態度も次第に緩和し、心を開くようになり今に至る。

 出会って十ヶ月近くなる今では、以前の荒んだ表情しか浮かべる事の出来なかった頃とは違い、

年相応の子供らしい表情を浮かべて彼の前で素を晒けだすまでになっていた。

 皆本の尽力もあり、初めてともいえるごく普通の大晦日の夜を迎える事が出来た三人に、

皆本はごく普通に年越し蕎麦を作ったのだが、彼女たちの反応を見て、とても喜んでいる様子を知り、少し胸を痛める。

 こんな些細で普通な事すらも、今までこの子達は経験する事が出来なかったのかという反面、

自身が出来るだけ、これからは経験させてあげなければいけないという親心に似た思いにも駆り立てられていた。

 三人が皆本の言いつけどおりに、蕎麦を食べる支度を手伝った後、一同で食したのだが、それまた口にした笑顔が皆本の胸を打つ。

「蕎麦って、こんなに美味しかったんだな」

 しみじみと、薫は皆本の蕎麦打ちから始めた蕎麦を食べながら、幸せそうに笑む。

 家庭の都合上、母親の手料理を食べた事が無かった薫には、初めてと言ってもいいかもしれない程である。

 だからこそ、皆本の愛情のこもった蕎麦を食べる事が出来るというのは、家族とも言える絆を強く感じさせられていた。

 決して、自分にはこのような経験も、嬉しさも味わう事など出来ないと諦めていた分、尚更である。

「薫、そんなにゆっくり食べていると蕎麦が伸びるぞ ? 」

 しみじみ味わいながら食べている薫を見ながら、皆本も微笑ましそうに声をかける。

「なんか、早く食べるのが勿体なくてさ」

「食べたいのなら、まだ作ってやるよ」

「うん…… 今日はいいけど、また作って欲しい」

 薫は皆本を見つめながら、暖かい手料理を食べられる事を何よりも彼に感謝していた。





「ねえ、片付けたら皆で初詣行きましょうよ」

「ウチも賛成。皆で一度も行ったことないさかい、行きたいわ」

 ふと紫穂が、夜中の初詣を提案した事に、葵も賛同をする。

「そうだな…… 僕も、ここ数年、初詣なんて行かなかったし。これ片付けたら皆で行こう」

 皆本も留学から帰国後はバベルでの仕事の関係もあり年末年始の行事には縁が無かったこともあり、快く賛同した。

 そして薫もまた皆で行ける行事が一つ出来たことに、笑みを零れさせているのだった。

 こんなにも楽しい年末年始を迎えられえることに。






「おい薫、自分で歩け」

「へへっ、嫌だもん。あたしは、ここがいいんだから」

 皆本の肩に、肩車の体勢で座り込んでいる薫に、降りるように促すのだが、薫はそれを拒否して、居座り続けている。

 無理に引きずり降ろす事は出来ない皆本は、仕方ないと諦めて薫をそのまま肩に置いたまま、

両手を紫穂と葵に繋がれながら、白い息が夜の闇に広がる外を、皆本と三人は仲良く歩きながら、自宅マンション近くのお寺に向っていた。

 葵曰く、有名でありながら穴場の寺に瞬間(テレ)移動(ポート)で行こうと行ったのだが、それを皆本は止めていた。

 超能力に頼らずに、自分の足で行ける場所でいいと三人を諭していた。

 いつもは反論する三人だが、今日は素直に彼の意見を受け入れる。

 もっとも、三人には、あっという間に着くよりも、そこまでの道のりを皆本と過ごせることを望んでいたことは、彼は気付かなかったのだが。

 


 都心の真ん中にある小さな寺ではあるのだが、それなりに初詣の客が押し寄せる場所に到着する頃、

境内の一角の除夜の鐘の音が響き渡る。

「今年も終わりだな」

 しみじみと、波乱じみた一年を振り返りながら皆本は思わず呟く。

 薫達に出会わなかったのなら、何の変わりも無い一年を過ごしたかもしれないが、こうして出会ったことにより、

普通では味わう事の出来ない経験を覚えたのだが、彼はそれを後悔などしていなかった。

 自分には、この子達を守り未来を救おうという目標があるのと、彼自身も三人により随分と救われた部分もある。

 それは薫達も同じであり、今までは振り返りたくもない日々ではあったのだが、今は思い返しながら感謝したい思い出が沢山、心の中で蘇る。

 大きな変化が、今年三人の前に現れたのだから。

 皆本が主任になった事、学校に通えるようになった事、そして何よりも皆本と出会えた事が何よりも、大きな出来事であったのだ。




「あ、今、年が明けたわ」

 紫穂が皆本の腕時計に目を通して、新年を迎えたことを告げる。

「明けましておめでとうな、皆本はん」

「おめでとう、皆本さん」

「君達も、おめでとう」

 新年の挨拶を葵と紫穂は、皆本にかけながら、皆本もそれを返す。

 しかし、薫からはその挨拶は来ない。

「 …… 薫 ? 」

 彼の肩にいる薫の様子が気になり、皆本は声を掛けた。

「お、おめでとう皆本…… あらためて言うのって、なんか緊張するというか、慣れていなくてさ」

 皆本の声に反応するように、薫は少し照れて皆に遅れながら新年の挨拶を交わす。

 薫の言葉どおり、こうして新年の挨拶をする機会が無かったに等しいゆえに、妙な緊張を覚えていたのだ。

「そうか」

 いつもはクソ生意気でしかない子供である薫ではあるのだが、こうして普通の子供のような素顔を見せる姿に、皆本はどこか喜んでいる。

 他愛も無い会話や出来事を与える事が出来ているのだと実感しながら。

「あぁ、僕こそな。君達とはこれからも一緒だ」

 薫、紫穂、葵に向けて皆本は、彼もまた三人の側にいることを誓う。

 その一言だけで、三人は心の居場所を確かに得る実感と幸福を実感する。




(あたしは、皆本と出逢えた事で、普通人や、大人を少しずつ信じられるようになれて、

初めて生きているのが楽しいと初めて思えたんだ。命懸けであたしを守ってくれる人がいる事が、何よりも嬉しい……   

これからも、大人になっても一緒にいて欲しい…… それだけであたしは幸福だよ。)




「薫…… ? 」

「なんでもないよ、皆本」

 誰にも言う事のない思いと初詣の願いを胸に馳せながら、薫は皆本の頭を背後からそっと腕で抱きしめ、

言葉で言い表せないほどの幸福を抱きしめるのだった。

終。


                                               2010.01.21



 久々に、子供薫話を書いてみました。
 最近、中学生薫や、大人薫ばかり書いていた影響なのか…
 今まで書きなれていた子供薫が逆に書けれなくなっている始末。
 もう脳内では、中学生薫に成長しているので、戻す切り替えが難しい模様。

 今年は2010年、絶チル舞台の始まったリアル年でもあるので、リアルタイムに初詣話を本来、
今年の元旦に書き上げてUPする予定が、もう1月も終わりかけ(汗)
 ちょいと時期はずれですみません。
 でも一月中には、どうにか書けれましたが。





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