『赤鼻のトナカイ』
クリスマスのメロディが、あちこちから鳴り響いていた。
「み・な・も・と〜これ買って〜 」
目の前に燦然と輝くジュエリー類を目にして猫撫で声で薫は、
皆本と腕を組んだまま顔を摺り寄せながらねだっている。
「今日は一つしか買わないって、言っただろう ? もう駄目だ」
財布の紐の固い皆本は、頑として頭を盾に振らない。
そんな二人のいる現在位置は、都内でも有名なデートスポット繁華街だったりもする。
クリスマスイブなこともあり、周囲はカップルばかりが目立つ。
例に漏れず、この二人もそうなのだが。
折角のイブまで任務だったのだが、予想よりも早くそれが終えられたので、
こうして二人で足を伸ばしていたのだ。
その挙句、皆本は薫に服やらバッグなどをねだられ続けていた。
今日だけは仕方無いと一つだけならと、買ってあげたのはいいのだが、
女の購買欲はそこでは収まることなどなかったのだ。
しかし甘えられて素直に買ってあげてしまうような性格でもない皆本は、
一切薫の言葉を聞き入れる事はない。
薫もまたこれ以上ねだっても、買ってもらえそうもないと判断したのか渋々諦める事にした。
クリスマスプレゼントとも言えるガーネットの小さなピアスを買ってもらえただけでも満足なのかもしれない。
とりあえず二人はその後、洒落たイタリアンな店に赴きワインで乾杯を交わした後、
ディナーを楽しみ、帰途に着いていた。
勿論、帰宅先は一緒の場所である。
一時は、年頃ということで居候していた皆本のマンションから引き離されてしまったのだが、
自分に責任を持てる年齢まで成長したこともあり、
自分の意思で再び押しかけ居候という名の同棲となっている。
最初は、周囲の反対の声が大きかったのだが、薫の皆本に対しての真剣さと、
全ての責任を皆本が持つということで次第に誰も口出しすることもなくなった。
日に日に親密さを増していく二人の様子を見ていれば、最早横槍などは入れられなかった。
その裏では、紫穂や葵が後押ししてくれた事もあったのだが。
彼女達も当初は、二人の関係に嫉妬していたところもあるのだが、
常に三人に平等に接してくれたけれども、いつしか彼は誰か一人を選ぶのだろうとは分っていた。
それが、自分ではなく薫だったと傷心しながらも素直に受け入れ応援をする。
皆本と薫が大切な存在に代わりはいないのだから。
こうして二人は、無事同棲を果たす。
しかし仲睦まじいとはいえ、子供の頃と変わらず念動力を使用した
低レベルな口げんかは日常茶飯事だったのだが。
それでもこうして、二人でいられることに幸福を覚えていた。
「綺麗だね〜」
「そうだな。年々、華やかになっているし」
帰り道には、至る所にイルミネーションが燦燦と輝いている。
昔は大型店舗や、公共機関で客寄せとばかりに飾り始めたのが始まりだが、
低価格のLEDのイルミネーションランプが出回り始めたこともあり、
爆発的に一般家庭でも流行となり、今では競争しているかのように年々、豪華さを増していた。
通り道の公園ですら、夜とは思えないほど木々や花壇にまで装飾されている始末。
(華やか…… と言っても、本音ではこれはやりすぎだと思うんだけどな……
ある意味悪趣味と言うか)
内心で皆本はこう抱いているのだが、
あくまで綺麗と陶酔している薫のムードをぶち壊したくないので胸の内にしまっておいた。
と思いたくなるほど最近のイルミネーションは、センスが無いものも多いのも事実。
自分なら、こうした方が視覚的にも、経済的にも効果的だと脳裏で思い浮かべている辺り、
結局は自分もしてみたいだけかもしれないが。
「ふう〜」
白い息を冷え込んだ漆黒の闇に薫は吐く。
年の瀬も近づき、冷え込みも一段と厳しくなっていた。
そんな薫の様子を見て、皆本は自分のしていたマフラーを薫の首に巻く。
「ありがと。でも、皆本も寒いでしょう ? 」
「僕はそんなに寒がりじゃないし、薫の格好の方が寒そうだと思ったからさ」
実際はそれなりに寒い彼だったが、こんな冬場にも胸元が開いた
セーターに丈の短いショートパンツという格好をしている方が、コートを羽織っていても、
どう見えても寒そうに見える。
これで風邪など引かれたら、自分の責任と思ってしまえたのだ。
(皆本の奴、本当は寒いくせに…… 頬と鼻の頭が赤いじゃん…… 無理しちゃって)
そんな皆本の気遣いを素直に受け取るのだが、マフラーよりもその優しさで身体が温たまっていた。
そんな皆本の様子を見つめていると、ふと薫の脳裏であるメロディが浮かび上がる。
『真っ赤なお鼻の…… トナカイさんは----------- いつでもみんなの…… わらいもの…… 』
頭で思い浮かべていたつもりが、無意識に鼻歌として口ずさんでいた。
「赤鼻のトナカイか…… 懐かしいな。」
皆本も、子供の頃に口ずさんだ記憶が蘇る。
「皆本の寒くて赤くなった鼻見ていたら、思わずこの歌が思い浮かんだの。
子供の頃から何故だかクリスマスソングで一番好きだったかな」
「元気で明るい歌だから、子供が好きそうだ」
「それもあるけど、トナカイのコンプレックスと思っていた鼻の赤さをサンタが
そうではなく必要なものだと言ってくれて、トナカイが本当の自分の役目を知ったって所かな。
そういう話とかに弱いんだ私。多分、自分と重ねてしまっているからでもあるけど」
「薫…… 」
陽気な口調で語る薫と反対に、皆本はその言葉に重さを感じていた。
幼い頃から、常に超能力の枷を背負っていた薫を知っていたこそ。
「そんな顔をしないでよ。私は私で、自分の事を理解しているから。
こんな力を持っているけど、そんなことを気にしないで、役立てる事を教えてくれたじゃない。
皆本は…… それだけで私は十分だよ。まあ、サンタが皆本だったってことだけ。それだけのことじゃない」
どこまでも、自分という存在を認め、受け入れた薫は湿りかけていた空気を払拭させる。
そんな空気が嫌いでもあるのだが。
「サンタと思われるほど、薫に与えたものは少ないと思うけど」
謙遜じみた皆本の態度に思わず、薫は苦笑を浮べている。
「皆本が気付かないだけで、私は多くのものをもらったよ」
「そうかな」
「そうだよ…… 」
自分にそんな覚えは無いというのに、こうして口に出して言われると、
どうにも気恥ずかしい照れと嬉しさが彼の胸中を包んでいた。
「クシュン ! 」
二人の会話を挟む途中に鼻がむず痒くなったのか、皆本がくしゃみを放つ。
そして全身に寒気から来る悪寒を覚えた。
「ほら、やっぱり寒いんじゃないの。それじゃあ、風邪引いちゃうって」
「別にそんなことは…… 」
気遣う薫の言葉に心配かけないようにとしていた皆本の言葉を遮るように、
薫は自分の首に巻いてくれたマフラーを彼の首にもかけつつ、
自分もまた彼の腕を引き寄せるように組んで身体を密着させた。
「これならいいでしょ ? 半分っこだから、皆本も暖かいじゃん」
「あぁ、そうだな…… ありがとう」
皆本もまたマフラーと一緒に温もりと優しさを分かちあっていた。
腕を組んだまま二人は再び歩き続けた最中、突然公園内のイルミネーションの灯りが全て消え失せる。
「12時を超えたら自動消灯か…… 律儀すぎるな」
もう少し薫と光景を眺めていたかったというのに、気分を害された気分だった。
「でも、時間が来たら元の姿に戻るっていう方が、
私はそれでいいと思うよ。イブという時間はあっという間に終わってしまうというのが美しいからさ」
「それは僕にも判る気がする。たった一日だからこそ、特別を感じるのかもしれないな」
皆本も薫の言葉に一日だけという特別の日の美学に共感を覚えていた。
こんな日だからこそ、家族や恋人達がより慈しみ愛おしあう気持ちを深め合う事が出来るのかもしれない。
お互いの存在に感謝を込めて。
「そういえば、皆本にばかり色々もらってばかりで、
私は何もあげていなかったね。イブの時間は過ぎてしまったけど、何が欲しい ? 」
ふと薫はその事に気がついて、皆本に問う。
「いや、僕はもうもらっているよ…… 」
「あげていないけど ? 」
皆本の答えに覚えの無い薫は、頭を傾げ考え込んでいる。
(君という存在がいてくれるこそが、僕にとって最高のプレゼントだよ…… )
決して口に出す事は出来ない本音を心に皆本は抱く。
薫がいるだけで、それだけで彼は満足をしている。
「さあ、早く帰ろうか…… 僕達の家へ」
「帰ろ。そしてあったまろうよ…… 身も心もさ」
凍てつくような寒さの中、二人の心だけは温かさに包まれながら、二人は帰途につくのだった。
終。
2007・12・28
はい。タイミングを外してUPしてます(苦笑)
そしてベタ甘。
書いてて楽しかったですけど。
イルミネーションLEDの件は、自分の私情がもろ出てます(苦笑)
しかし、書いた後で思ったのですが…タイトルを「赤鼻のサンタ」にすれば良かったという内容(爆)
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