『赤トンボ』
※09.8月夏コミ無料配布ペーパーに添付した、おまけ話です。
八月も終ろうしていた頃、気が付くと赤トンボが空を舞う時期にもなっていた。
そんな、癒されるような光景を眺める複数の人影がある。
「こんな都会の真ん中で見られるとは思わなかった」
自宅マンションのベランダで空を見上げながら皆本は、感動しているような穏やかそうな顔をしながら呟いている。
「どんな環境でも、生きられる能力を身に着けているからでしょ。人間よりも、他の生物の方が意外と図太いものだし」
感動する皆本とは反対に紫穂は、現実的な理由を口に出す。
「理屈はどうでもええやん。こうして見られた事がもうけなんや」
現実派の紫穂とは違い、葵は皆本と同じように赤トンボが数匹飛び交う光景を楽しんでいた。
「薫は? 」
共にトンボを眺めていた皆本は、
いつのまにか室内に薫の姿がいないことに気が付き目で探すのだが全くその姿は見つからない。
「上や上」
少しいないだけで気にするのかと、皆本がどこまでも心配性だなと少し呆れ返った葵は
自身の指先を窓の外の頭上より右上に向けて指差した。
いつの間にベランダから飛び出し、少し上空で体を宙に浮かばせながら、薫は何かを夢中で見つめている。
「薫、どうしたんだ ? 」
気になった皆本は、薫に声をかけ、それに気が付いた薫は彼の元に戻り降り立つ。
「別にたいした事じゃないけど、赤トンボの群れの中で白っぽいトンボがいたから、気になってさ」
薫の言葉に、少し皆本は興味を抱きながら、同じように薫が見ていた辺りの上空を見上げると、
そこには確かに胴体が赤ではない、群から離れて飛んでいる白じみたトンボの姿が確認できた。
「突然変異のアルビノだな。本来持ち合わせる色素が欠落している体質で生物界では稀にいる」
「そういうのがいるのは聞いた事があるよ。他の皆とは違うから外敵に狙われやすいから、長く生きられないって」
そう言いながらも薫の顔は少し曇らせていた。
その理由が何なのか皆本には何と無く分かってしまい、同調するように胸を痛めた。
「それが自然の厳しさでもあるのだから仕方がないんだ。
異端な物は生きられないのも…… とはいえ、それを自分と重ねなくてもいい。自分達を異端と思う必要は無いんだから」
「それは分かっているよ。あたし達は同じ人間なんだもん……
皆本がそれを教えてくれたんだし。でも…… 仲間から認められないのって、
人間でもトンボでも辛いよね。あれ、見ていたら切なくってさ…… 」
薫は胸の内を吐きながら、人でもない存在にも同情してしまう絶対的な優しさを持ち合わせている。
それが、いずれ彼女が『女王』と呼ばれる由縁でもあり、
彼女に縋る全ての存在に救済と慈愛を与える存在になる気質は、今現在でも垣間見えているのを皆本は否定する事は出来ない。
その生き方を変えてくれと皆本が言うことも出来ない。
むしろその生き方を尊重しながら、エスパーが異端と思われない世界にするべきなのだと皆本は常に考えている。
薫を支えて導くのが、自分の生きがいだとも彼の中であるのだから。
「辛いかもしれないが、トンボだってそれは分かっているさ。
ただ、自分に起きている状況に悲嘆しているわけでもないはずだ。
他とは違うのならば、生きるために他のものよりも努力しているからこそ、今こうして生きている強さを持っている」
実際に、他と違う存在で生まれたものは、誰よりも要領良く育つことが多い。
それが永らえる唯一の術なのだから。
「そうだね…… あたし達もそうして来たんだから…… 」
皆本には聞こえないような声で、薫はやはり寂しそうに呟いた。
周りの大人達の言いなりになるしか、生きることを認めてもらえなかった過去を思い出していた。
今は自分の意思で、救いを求めている人々の力になるために、
超能力を使ってはいるのだが、それでも心の何処かで言いなりになっているような枷は残っている。
それが自分がエスパーである限り、拭い去れない事実でもあるゆえ、薫は決して誰にもそれを漏らさない。
最初は小さな思いであったが、少しずつそれが大きくなっているのを薫自身も気が付かないままでいる。
やがてそれが、彼女の今後を大きく変える源でもあるのだが。
「自分の中で溜め込むな、薫…… 君は、本当の事は自分で抑えてしまう悪い癖がある。
辛いことがあるのなら、話してくれ…… 仲間だろ、僕らは ? 」
薫の内心を見透かしている皆本は、そのさ迷いそうな痛みを拭い去る言葉で包み込む。
些細な言葉なのかもしれないが、薫にはそれだけですっと心が軽くなる。
皆本がいなければ、素直に自分をさらけ出す事など決して出来なかっただろう。
自分の事を理解して受け入れてくれる存在である皆本に、薫はまた胸が締め付けられながらも暖まる。
小学生の頃とは違う皆本に対しての気持ちが何なのかが、今の彼女には理解出来ている。
子供の頃の自分とはどこかが違い、側にいる事が嬉しいながらも恥ずかしささえ覚えている。
皆本が自分の事をどんな目で見ていてくれているのかが、常に気になって仕方が無いのもあるからだ。
「あたし達は大切な仲間だもんね…… 」
皆本の左手の袖をきゅっと腕で抱きしめながら、薫は嬉しそうに笑む。
今はこのままでいいんだと、薫の中で自分は幸せなのだとかみ締めていた。
「…… 二人の世界にならないでよね」
「抜け駆け禁止や !!」
「ちょっ、二人とも !! 」
ある意味、存在を忘れかけられていた紫穂と葵は不機嫌な笑みを浮かばせながら、
二人の世界に割り込むように薫を撥ね退け、皆本の腕に抱きつきながら、自己アピールを始めている。
毎度の光景でもあるのだが、互いへの牽制でもある。
ただ鈍感な皆本だけが、相変わらず甘えてくる子供のようにしか見えていないらしく、苦笑いを浮かべるしか出来ない。
子供が甘えて欲しいものの取り合いとしか見えていない彼だったが、
数年後にはそうとも言えなくなる展開になるのだろうとは、皆本も薄々分かってはいる。
日々、彼女達は大人になり続けている。
だからこそ、純粋に自分に甘えてくれて来てくれる今の時期を大切にしたいのも確かだ。
親離れしていく姿を見続けていくのが寂しいのかもしれない。
それだけ、チルドレンとの絆は深く自分と繋がっているのだと。
「見てあれ、皆本 !!」
大声で薫は皆本を呼びながら、再び空に指を差した。
一人ぼっちの白いトンボに、一匹の赤トンボが近づいて側を周り、やがて一緒に飛び始めたのだ。
「一人じゃなくてよかったな…… 」
誰に言うものでもなく、皆本もまた嬉しそうに呟く。
異質とは思わずに仲間として受け入れる自然の姿を見て、皆本も少し勇気付けられる。
誰も決して一人でないのだ。
「一人きりだったら、死んでしまうよ。皆、一人ではないから生きていけるんだから…… あたしも、皆本も皆も…… 」
「そうだな…… 」
薫の言葉に皆本は逆に教えられる。
生きることの意味を自分よりも強く感じているのは薫なのだと、分かっている。
ほんの僅かの間でも、精神の成長が著しい薫の姿を見つめながら皆本は頼もしさと他の愛しげな思いが募る。
今はそれに触れることは無いだろうが、遠くない未来、
それを正面から受け入れる日が来たときは拒むことは無いだろう。
薫に対して、素直な自分でありたいのだから。
秋の近づき始めた空とトンボを眺めながら、皆本はどこか遠くに視線を馳せながらはにかむのだった。
終。
2009.8.13
先日の夏コミペーパーに添付したおまけ話。
夏コミも終了したということで、サイトに転載をしました。
ちなみに23日の大阪でも、若干残ったペーパーを配布予定ですが(爆)
今回の話は、ぶっちゃけ…赤トンボが既に地元で飛びかっているので、
そのネタで書いたわけですが。
8月上旬の段階で、既に赤トンボが飛び、夜は蝉の声すらなく、虫の音だけ聞こえる
地元は、一足先に秋突入しているようです。
ブラウザの×でお戻りください。