秋の青く透き通っている空は、見ている者の心を優しく包む込んでいた。
そんな空の下、セントラルパークの一角で新次郎は地面にしゃがみこんで、何か作業をしている。
ただ、夢中で汗を拭うことも忘れ、それに集中していた。
そんな彼の姿を、偶然にも見かけた人物が、彼に近づく。
「何をしているんだい ? 新次郎」
「うひゃっ ! す、昴さんっ !! いきなり声をかけてくるんで、びっくりしましたよ」
本当に驚いたらしく、思わず彼は心臓を押さえ込んだ。
「いつもの君なら、誰かが近づくだけでも気がつくのに、ここまで気付かないのも珍しい。そんなに夢中になっている
事に、昴は興味が湧くよ」
ふふっ・・・・・ っと、昴は小さく笑むと、新次郎の隣に座り込むと、彼のしていた作業を目にする。
「た、たいしたことではないんですけど……」
照れている新次郎の目の前には、スコップと、掘り起こして埋めてある花々がそこにはあった。
「君の意外な一面を見せてもらったよ。いつも君はこうして花を植えているのかい ? 」
意外な新次郎の趣味に、昴の中で彼への新密度のメロディが上がったような気がしていた。
「い、いえ、ここにはいつも剣術の稽古に来ているのですが、今朝方来たら無残にも何者かが踏み潰して
いたんです。それを見て凄く怒りと悲しさが湧いてきて…… このままにしておけなくって、スコップと新しい花の苗を
購入して植えてたんです。女々しいかもしれませんが、僕がいつもここにいる時に、咲いている花々を見ていて季節を
感じ、心を優しく包み込んでくれていた存在ですから。僕だけではなくて、ここを通る色々な方々が普段見てはいなくても、
花がなくなっていたら、どこか寂しいと感じるかもしれません。偽善者的行為と呼ばれてもしれませんが、僕にとっては一種の
自己満足かもしれませんね」
子供みたいな笑顔で笑いながら彼は、その手に花の苗を手に取り昴に説明をした。
「いや、それが普通だよ。平気で美しく咲き誇る花々が踏み潰されているのを見て、何も思わない人々の心の方が余裕がなく
荒んでいる。花を慈しむ事が出来る人間なら、万物の存在を慈しむ事が出来るのさ。それが君には出来る。些細な存在で
あった花たちの事さえ普段から気にかけている。その心があるからこそ、この街を暖かく守り続けていく活力になっていると昴は
思える」
「そ、そんなに褒めてもらうことなんかではないと思うんですが。でも、昴さんに褒めてもらう事が出来て、僕嬉しいです」
新次郎は昴を見つめながら、本当に嬉しそうに微笑む。
「かと言って、すぐ調子に乗るところは、どうかと思うが」
調子に乗りかけていた新次郎に、昴は少し釘を刺す。
「うっ、そんなぁ…… 昴さん。」
しょぼくれた子犬のような顔で俯く、新次郎を昴は些か苦笑しながら見つめながら、 彼の使っていたスコップを手に取る。
「本当に君を見ていると飽きる事がないくらい、色々な顔を見せてくれる。ところで、僕も花を植えるのを手伝ってもいいかい?」
突然の昴の言葉に、少々新次郎は驚くのだがすぐに、それを快く快諾する。
「いいですよ、昴さんがそうしたいと言うのでしたら。でも、手や服が汚れてしまいますけど大丈夫ですか ? 」
高級な素材の昴の衣服や、美しいその指先を汚してしまうのを、新次郎は気にかける。
その一言が、昴の気を触った。
「土弄りをするのなら汚れるのは当然だ。服や手は洗えば綺麗になるし、服が汚れてしまうことを気にかけるほど、
昴は人として器は小さくないつもりだ。」
少し怒気の混じった声で、昴はそう新次郎に言い返す。
「す、すみません。僕本当に失礼なことを言ってしまって-----」
昴を怒らせてしまったことに、新次郎は焦りを感じ謝罪を繰り返し、深く何度も頭を下げる。
「分かればいいさ、君はもう少し言葉について勉強するといい。その場の空気を読んで使うべき言葉をね」
忠告しながらも、昴は小さく笑むと新次郎の額を軽く拳でこずいた。
「はい、ご忠告大切にします」
真剣な態度で、新次郎は昴にそう誓いを立てた。
「本当に君は昴を退屈にさせない存在だよ。さて、これから植えればいいのかい ? 」
昴は側にあった小さな花の苗を手に取る。
「あ、はい、お願いします。僕が土を掘るんで昴さんが植えていっていただけませんか ? 」
新次郎は慌てて、本来の作業に戻り、昴に指示をお願いする。
「了解した。では始めよう」
そうして二人は、しばし苗を植える作業に没頭するのだった。
「ようやく終わりましたね」
「そうだね」
苗を植えるのを終えた二人は、芝生の上で一息をついていた。
二人で作業したこともあり、以外にも短時間でそれは終わった。
踏み潰されていた花壇は、以前のような美しい状態に戻っている。もう二度と、そうならないように二人はその四隅に厳重に
柵を作りあげていた。我ながら会心の作だとも思えるほどに。
作業に夢中になっていた二人は、気がつくとあちこち土まみれで汚れていることに今頃気がつく。
しかしその汚れは、充実とした時間の勲章に思えていた。
側を通り行く人たちは、まさかスターである昴が土にまみれて、ガーデニングをしているとは思わないだろう。
「やはり花が咲き誇っているのを見るのは、素晴らしいですね。この風景をいつまでも守り大切にしていくことが、僕らの仕事です」
「ああ、自然の少ないこの紐育の空間に、少しでも人々を癒せる場所を作り守ることがね。シアターで舞台を見てくれる観客の心を
癒し喜ばすのも一つの幸福の空間だが、しかし自然の作り上げる美しさには到底かなわない。少しでも昴たちは、この花々から人の心を
掴む素晴らしさを学ばなくてはとも思う」
優しく昴は花を見つめながら、新次郎にそう話した。
「そんなことはないと思います昴さん。自然の美と人の作り上げる美しさは別次元のものだと僕は思います。自然の花々は確かに美しくて、心を癒してくれます。
一方、昴さんの舞台を見て、感動で心を打たれて涙するお客さんを僕は数多く見ています。花は花なりの美しさを表現し、人は人なりの癒しと美しさと、勇気を与えてくれ
ます。僕もまた昴さんに勇気と癒しをいただいた一人ですから」
力強くなおかつ、照れながら新次郎はそう力説した。
「かいかぶりすぎだ新次郎。そこまで僕のことを評価してくれるのは本当に嬉しい。以前は完璧と自負していた昴だったが、完璧は存在しないと君に教えられた。
全てに対してまだまだ未熟な部分があると自分でも感じることがある。だからこそ、ありふれた存在である花々や自然の存在に尊敬と、見習うべき部分を感じるんだ。
僅かな時間しかその美しさ見る事が出来なくて、儚げでありつつも生き続け、次の季節に子孫を残し続けるその力強さにね。
その力強さを学び、舞台に生かせることが出来たら素晴らしい舞台が出来上がると思うんだ。今の昴の力ではまだまだ無理な話だが」
苦笑を浮かべながらも、昴の瞳には確かな目標が映っている。
「やはりすごい人ですね昴さんは…… 花をそんな視点から見ているなんて。僕は、また一つ昴さんの素晴らしさに感服です」
「いや、褒められることなどないさ、以前は花を見てもこんな気持ちにはならなかった。けど、君に出会ってから生きている素晴らしさとありがたみを知る事が
できた。君のおかげだよ、ありがとう新次郎」
思いもよらない昴からのお礼に、新次郎は優しく受け入れた。
「僕も昴さんと出会えて、そう思いましたよ」
二人は、照れくさそうに笑む。
「また冬になったら、春に咲く花でも植えに来ようか新次郎」
「そうですね。その前に今の花たちの種を取っておかないと…… また、来年植えれますからね」
「花たちは、種を残して未来を残す。昴も観客の心に感動と希望の種を与えれるように努力するつもりだ」
昴の顔は、本当に舞台に立つ喜びを満喫しているものだった。
新次郎と出会った当初とは、まるで別人のように。
そんな昴の変化を目にする事が出来て、誰よりも新次郎が嬉しかった。
新次郎にとっての花は、昴の他にはいない。その花が、今美しく咲き誇っているのが、彼の目に映る。
「僕らの未来にも、希望の種と花が咲かせたらいいですね」
その言葉の意味を悟ったのか、
「咲かせれるのは、君次第だよ」
その言葉に昴は意地悪そうに、答える。
「はいっ ! 頑張ります!!」
意気揚々に彼は答えるのだっだ。
「それにしても、お互いに泥だらけだね、このままシアターに行くのも、何だから僕は部屋でシャワーを浴びてから行こうと思うのだが、
新次郎君もついでに来るかい ? 」
「ええっ ? いいんですか ? 」
突然の誘いに、新次郎はドキリと密かな期待を感じているのだが、それを先に察した昴は先手を打つ。
「シャワーだけだ。君は紳士だと昴は信じているよ」
ふっ、と、昴は新次郎に笑みでそう伝えたのだった。
「は、はい…… 昴さんのご信頼に添えるように努力します…… 」
残念そうな、悲しそうな表情を浮かべて、新次郎は答えるのだった。
そんな新次郎を見ると、少し苛めすぎた気もする昴だったが、その表情を見るのが楽しいとは間違っても彼には言えないことだが。
「じゃ行こうかーーーーー 」
「そうですね…… 」
まだいじけている新次郎は、呟くように答える。
そして二人は、優しく吹き降ろす秋の風の中、花咲くセントラルパークを後にするのだった。
その後、昴の部屋で、新次郎が大人しくしていたかどうかは、本人達に聞かないと分からない・・・・・・・(笑)
終。
いきなり、思い浮かんだネタが、二人で花を植える話とは(爆)
なんだか、平和で穏やかな二人ですね(笑)
その後の展開は、ご想像にお任せします(爆)
本当は、秋だからコスモスか、彼岸花を植える話でしたが、オチがつかないので、
何の花かは書きませんでした〜。
種を未来に受け継がせるというのは、ガンダムSEEDの種ネタをちと、語拝借(おいおい)