『甘い休日』
「ねぇ、皆本。今からちょっと買い物に付き合ってよ。」
とある休日、それは突然の薫からの誘いだった。
高校生ともなった薫たちザ・チルドレンは皆本とは同居してはいなかったが、毎週末のように皆本宅へ遊びに来ていた。
その日も相変わらず3人で入り浸っていたのだが、急に薫が言い出した。
「別に構わないけど…何を買うんだ?」
「今度の卒業式で担任の先生にみんなで寄せ書きあげるんだ。だから色紙が欲しいんだよ。」
「わかった、じゃあ行こうか。3人とも、仕度しておいで。」
「あ、いや、紫穂と葵は行かないんだ。」
慌てて言う薫。
「どうして?僕より君たちで選んだ方が良いだろう?」
「ウチ、いまから図書館で勉強したいねん。」
「あたしはこの後友達と出かけるから…」
どういうわけか、紫穂と葵からの言葉は棒読みのようで、何かドス黒いものを感じるが、
これは敢えてツッコまない方がいいのだろうと皆本は長年の付き合いから察知する。
実はチルドレン、中学生の時にやって以来ずっと行ってきた行事がある。
というのも、3人のうちテストで1番成績が良かった者が1日皆本を独り占めできる、というものだった。
テストの度に皆本をダシに使っているのを知られるのも何だか申し訳ないので、毎回偶然を装って行ってきたのである。
そして高校生最後の期末テスト、なんと珍しく薫が1番だった。
今まで1番勝つことが少なかった薫である。今回の皆本との1日デート権にはかなり舞い上がっていた。
そして午後、薫は皆本と2人きりで出掛けた。
薫は何日も前から今日という日の為に何をしようか、あれやこれやと考えていた。
「こら、薫、歩きにくいだろ。」
薫は皆本に腕を絡ませて歩く。
「えへへー。いーじゃん、いーじゃん。
こんな可愛い女の子とデートできてちょっとは喜べよ!?」
「で、デートってお前…!!これは買い物だろ!?」
「あたしももう高校生だよ!?彼女でもおかしくないよ…あ、これ可愛い!!」
薫は通りがかったブティックに目を惹かれ、皆本を引っ張って入っていく。
(ーーーったく、いつまでも大人をバカにしやがって…。)
皆本は心でつぶやく。未だに薫たちは子供だと思っている皆本の反応だ。
しかし、最近では思い込むようにしている、と言った方がいいのかもしれない。
さすがの皆本も、体つきは大人と変わらなくなってきた薫たちに言い寄られて、何も意識せずにはいられなくなってきた。
「いらっしゃいませ。」
お店に入ると薫はショーケースを覗き込む。
中には可愛いアクセサリーがずらりと並ぶ。
「ご覧になりますか?」
「はい!!」
薫は元気良く手前に並べてあったブレスレットを指し示す。
「はい、どうぞ。」
店員に手渡された商品を薫は嬉しそうに手に取る。
「彼女へのプレゼントですか?」
にこやかな笑みをうかべながら、店員は皆本に話しかける。
「なっ!?こいつ、高校生ですよ!?そんな訳ないでしょう!?」
皆本は焦って答える。
「あら、高校生なんですか。大人っぽいからつい…でも高校生でも立派な女性ですよ。
私だって高校生の時、教育実習に来ていた先生と…。」
「も、もう結構です…。」
皆本は汗をかきながら店員の話を遮る。
自分の中の認めたくない気持ちを、正当化してしまいそうな話だったからである。
薫を見やると、値札を見て諦めたようで、ブレスレットを手放すところであった。
薫たちが最近おねだりをしなくなったな、とふと思い出し、皆本は苦笑して声を掛ける。
「それ下さい。」
「皆本!?」
「いいよ、卒業祝いに買ってやる。ただし、紫穂と葵にも後から何か買ってやるから、今日ところは内緒だぞ。
薫だけに買ってやったなんて知れたら、何言われるかわかったもんじゃないからな。」
「うんっ!!ありがとう、皆本!」
薫は満面の笑みで答える。皆本からのプレゼントということが嬉しくてたまらないようだ。
つい皆本にも笑みがこぼれる。
包んでもらわず、薫は買ってもらったばかりのブレスレットを身に着け、嬉しそうに歩く。
「本当にありがとう!!皆本大好きっ!!」
「ったく、こんなときだけ調子がいいんだからお前らは…。」
やっぱりガキだと言いかけたとき、ふと薫が真顔になり皆本に向き直る。
「本当だよ、皆本。あたし、皆本のことずっと、大好きだったよ 。愛してる。」
「えっ…!?」
「まだ皆本はあたし達のこと子供扱いしてるから、返事は強制しないけど…覚えててよ。」
颯爽と薫は皆本に背を向け、先立って歩いていく。
今日ずっと言おうと決心していて、やっと言えた告白だった。
赤くなった顔を見られまいと、ついつい早足になる。
そんな薫を皆本は呆然と立ち尽くしながら見つめる。
(ーーーやっぱり、いつまでも子供ではいてくれないのか。)
日毎綺麗になっていき、子供と呼べなくなっていく女性に愛をささやかれ続けるのは不幸なのか幸せなのか。
自分の気持ちに気づき、戸惑いつつ、薫を追いかけるように後ろを歩いていく皆本であった。
END
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