『ありがとうの文。』




「こんなもの、配られてもな--------- 」

 面白くなさそうな顔で、薫は念動力で一枚の何かが記載されている紙切れを宙に浮かばせ、

ソファーに寝そべりながら、それを読んでいる。

「私達には、不必要と言うか無意味なお知らせね」

「うちらには関係無い事や」

 紫穂も葵も、薫の側に座り込みながら同じ文面の書類を憮然と眺めていた。

「誰も来てくれるはずも無いって」

 薫は空中で、それを念動力でくしゃくしゃに丸めると、そのままゴミ箱へと投げ捨てる。

「そうやな、家族参観日なんか…… うちらの家族が来られるはずなんか無いから。

特務エスパーの家庭構成は秘密やさかい…… 」

「そうね…… それに、私たちの家族って、世間的にも顔が知られているから、

来てしまったら大騒ぎになってしまうのが目に見えて分かるわ」

 最初から諦めている葵と紫穂もまた、

薫と同じように参観日の案内が書かれた書類を丸めてゴミ箱へと投げ捨てた。

「家族参加日なんて、一体誰が考えたんだろうな」

「五月のこの時期の参加日は、一昔前までは『母の日』を兼ねた母親参観日だったそうやで。

ただ、最近は色々複雑な家庭事情ああなるから、『家族』に名前を変更したそうやけど。

名前を変えようが、同じやん…… 家族が来られない所は、来られないんだから」

「特に、私達にはそれが当てはまりすぎね。家族が来られないというなら、

皆本さんにでも来て欲しいとは思うけど…… 」

「よせって…… それこそ、皆本が来たりしたら、周囲の親達が若くてイケメンの皆本に目を向けすぎて、

参観日にもならないよ。これ以上、皆本を狙う奴増やしてどうするんだよ」

 顔を顰めつけながら、薫は二人にそう答えている通り、この件は皆本には一切話していない。

 いくら共に住んでいるとはいえ、まだ二十歳そこそこの彼が、

その場にいる自体相当目立つのが分かりきっているのだ。

 参観日という学校のイベントについて、三人は否定的な意見しか言葉に出す事が出来ないでいた。

 望んでも、決して適う事は無いのだからと、最初から諦めているのだ。

 本心では家族や皆本に学校に通う事が出来て、

こうして自分たちは過ごしてしている姿を見て欲しいのだと、各々胸に秘めているのに。

 それは決して口にする事は無かった。

「そういえば、薫ちゃん達、あの宿題やっている ? 」

 ふいに紫穂が、何かを思い出し薫と葵に尋ねる。

「あーあれな…… ウチはそれなりに仕上げておいたわ。薫はどうなんや ? 」

「あたしは…… 適当に。どうせ、本当の事なんか書けないしさ…… 書けれるわけないじゃん」

 更に不機嫌な表情をしながら、薫は念動力でリモコンを操作すると、いつも見ているテレビに視点を変えた。

 こんなつまらない話題を早く変えたかったのかもしれない。 

 それを察した二人もその話題をここまでにして、各々したいことを始めるのだった。

 自分達には、何の意味も無い無縁な事でしかないのだと開き直って。




「ただいま-------- って、今日は誰もいないか」

 その日の夜遅く、皆本は仕事を負え自宅に戻って来る。

 いつもなら遅くても出迎えてくれる三人であったのだが、しかしこの日ばかりは誰も出迎えてはくれない。

 今は大型連休中でもあり、今日から数日間、三人共実家に戻る事になっていたのだ。

 いつもは三人揃うと、騒然としていたこの部屋なのだが、誰も居ないと急激に閑散とした寂しさだけが残っている。

 いつの間にか、三人が騒いでいる生活が身についてしまったのかもしれない。

 それに気がついて、皆本は苦笑を浮べていた。

 三人がいない間にと、寂しさを紛らわすためか、それとも生来の整頓好きなのか、

夜だというのに皆本は自宅の掃除を始める。

 どのみち、いない間に普段は手の届かない場所まで掃除するつもりだったらしい。

 とりあえずリビング周辺で掃除機を掛け始める。

「ん ? なんだこれは…… 」

 ゴミ箱の周辺で掃除機を掛けている途中、

うっかりゴミ箱を倒してしまい中のゴミが転げ出てしまい拾う最中、

丸まった紙くずに気がついてそれを手に取る。

 どうせ、薫達が無造作に捨てたものだと想像付くのだが、

何やら内容が気になった彼は丸まった紙くずを広げ始めた。

「…… あいつら…… 」

 書かれていた文面を読んだ途端、皆本の顔色が曇る。

 捨てられていた意図が、彼にも良く分かっていた。

『どうせ…… 誰も来てはくれない』という事を。

 彼女達がこれをここに捨てたことに、皆本は胸を締め付けられる。

 自分達の置かれている立場から考えると、決して言えるはずが無い------

周囲が迷惑なだけだからという気遣いをしている事に。

 嘗て、薫達と同年代だった頃の皆本にも、似たような経験がある。

 周囲の子供よりも、秀ですぎていたゆえに参観日等に家族が来た際に普段の自分の姿を見てもらおうと、

頑張って彼一人が挙手などをしていても担任に無視された覚えがあるのだ。

 優秀すぎて目立ってしまう彼と他の生徒を比較させないようにと、

大人である担任が配慮したのだが、結果として皆本には深い影を作り落とすことになる。

 浅はか過ぎる大人の考え時として子供を深く傷つけた。

 いくら物分りがいい皆本でさえも、当時酷く傷つき、

見に来てくれた母親がそれを察して逆に彼を慰めていた記憶がある。

 自分だけではなく、家族にさえも気を使わせてしまう事に彼は胸を痛めながら、

どうして周囲の皆と同じとして扱ってもらえない自分の存在を疎んだことがある。

 やがて、参観日の通知が来てもそれを握り潰して親に黙っていたことがある。

 しかし、そんな彼の行動を家族は気付き、知らない素振りをしながら当日、

こっそりと顔を出してくれていた。

 それを知ったとき、皆本は罪悪感と共に、嬉しかったのだ。

 親だからこそ、自分が普段垣間見ることのない子供の姿見たいのは当然なのだからと。

 昨今、参加日等の学校のイベントに顔を出すのを面倒で顔を出さない親もいると聞くが、真剣に参加したい親もいる。

 そして、参観日を疎む子供もいれば、学校での姿を見てもらいたいと思う子供もいるのだ。

 最初の頃は、皆本も後者の方だったのだが、その頭脳によりやがて、周囲に疎まれ始めた彼は、

学校を追われるように特別カリキュラムの場へと押しやられる。

 そこではもう、家族が見てくれる場所ではなかった。

 今となっては、あまり思い出したくもない記憶なのだが、今回の薫達の事で思い出したのだ。

 大人たちに黙って何でも無い素振りをする彼女達の事を考えるといじらしい。

 彼には、彼女達の気遣いのまま知らなかった素振りなどは出来ない。

「…… 本当に似ているよ、君らは」

 どこか懐かしさを感じさせる苦笑を浮べながら、皆本は掃除の手を止めて、リビングを後にするのだった。

 

 眉間に皺を寄せながら、薫は深く考え込んでいる。

「………… 」

自室の机の前で薫は、目の前に広げられた原稿用紙を睨みつけていた。

久々に実家に戻ったものの、母親の秋江と姉の好美は仕事がまだ長引いて帰宅してはいない。

 誰も居ない自宅に戻ってもつまらないだからと、本音では皆本のいるマンションに帰ろうかとも思ったのだが、

今日は絶対に帰れると念を押された事もあり、このままいることにしていたのだが、

誰もいない時間を使って、普段あまり使う事の無い薫の自室に引きこもっていたのだ。

 普段から、皆本の家ではリビングの机を利用して紫穂と葵の三人で、

あまり進まない勉強などをしている事もあり、皆本の家には彼女達個人の机は置かれてはいない。

 常に三人でいたいのだから、そんなものは不必要だったのだ。

 和気藹藹としながら、面倒な学校の宿題を片付けるのも楽しみの一つでもある。

 逆に、自分だけの部屋で自分だけでいるというのは、どこか落ち着かない。

 例え、机も椅子も、室内の調度品が皆本の家の物よりも遥かに高級な物でも、

薫には何ら価値に興味も抱かない。

 ただ、あるだけの物だとしか認識していなかった。

「どう書けっていうんだよ…… 家庭の事情を全然考えていねって ! 」

 困惑と苛立ちを覚えながら、薫は未だ何も書かれていない白紙の原稿用紙に文句をぶつけるばかり。

 連休中に与えられた宿題であるのだが、その題名がよりによって、『私の家族』なのである。

 今度の授業参観日で親の前で読み上げる為のものらしいのだが、薫には苦になる存在でしかない。

 紫穂や葵も同じだろう。

 自分の家族と自分の生活を作文に書いてこいというナンセンスな課題など。

 普段から自宅にはいない生活でもあり、

更に薫の家族は多忙で顔を合わせる時間が普段から少ないというのをどう書けというのか。

 更に自分達はレベル7の特務エスパーである自分達特有の事情があるゆえに書けない部分が多いのだ。

 書けるとしたら、捏造だらけの架空の家族話を書くしかないのだ。

 本当の事が書けない苦しさ-------

正直…… 偽りだらけの作文など書きたくなどは無い。

「いっそ…… 書いてくるのを忘れてきましたって、言い訳でもするか ? 」

 自分自身に投げかけるように薫は呟いた。

「薫、起きているの ? 」

 ドアをノックする音が聞こえたと同時に、室内に母親の秋江が入ってくる。

 寸前に薫はそれ察知し、慌てて机の上の物を机の中に隠すと、

普段読んでいるオッサン週刊誌を読んでくつろいでいる素振りを作り上げた。

「なんだよ、今帰ってきたのか ? 遅いって」

 素っ気ない態度で母親の帰宅を出迎える薫の姿に、秋江は少し申し訳無さそうな顔を浮かべる。

「舞台が予定より長引いちゃったのよ。こんな時間まで起きて待っていてくれたのね」

「別に…… 普段から、こんな時間なんか起きているから」

「そう…… 好美も、後少しで戻れるとさっき連絡来たから、それまでお茶なんかしない ? 

差し入れでケーキいただいちゃったのよ。薫は、明日もお休みだし夜更かし出来るでしょ ? 」

 薫の目の前に小箱に入ったケーキの箱を見せて、秋江は薫を誘う。

「あたしは今食べてもいいけど、母ちゃんはこんな時間に食べてもいいのか ? 一応女優なんだし」

「構わないわ、たまには夜中に食べたい事もあるものよ。じゃ、とりあえずお茶でも沸かすわね」

 薫の返事を聞いて、秋江は少し口元を緩ませながら部屋を後にし、

普段殆ど入る事の無いキッチンへと足を向けるのだった。

「 …… で、その時、東野の奴の顔が可笑しくてさ--------

 薫は、リビングで深夜のお茶をしながら、最近学校であった出来事を話している。

 隣には、いつのまにか姉の好美も腰を降ろしてお茶に参加している。

 久々に家族全員が揃った事で、女同士での会話に華が咲かせ、お互い他愛無い会話の中で、

薫もまた普段の事を無意識に話す多弁さ。

 そんな薫の姿を秋江も好美も、ただ穏やかで優しい眼差しをしながら聞いていた。

「本当に、面白そうね。薫の通っている学校」

「面白いよ。でも皆、あたしらよりもガキな所も多いけどさ」

「やっぱり同年代の友達がいると楽しいものね」

「そりゃ、そうだよ」

 好美と薫は、姉妹仲睦まじく会話をしているのだが、その内容は少し普通の姉妹の物とは違っているのは仕方が無い。

「学校通えるようになって、よかったわね…… 本当に」

 ぽつり…… と、呟くように秋江はその漏らし、それを聞いた二人は、急にしんみりとなる。

 その言葉の意味は、この家族にとっては生活の大きな変化でもあるのだから。

 薫の幼児期からの高いESP発現ゆえに、

普通の幼稚園にも小学校にも通えない生活を昨年まで強いられてきたのだ。

 まだ自分の能力が周囲に畏怖される理由も分からず、

ただ他の子供達と同じ場所に行きたいと駄々をこねて家族を困らせていたのだから。

 成長するにつれて、自分は他の子供とは違う事を痛感し、

普通の学校に通う事など当に諦めていたのだが…… 

普通の学校に通えるようにと、皆本を主にバベル内で尽力してくれる人々により、

今の生活を手に入れる事が出来た。

「うん…… みんな、皆本のおかげかな…… あいつがいなかったら、多分出来なかったと思う。

 少し前までの自分の境遇を振り返りながら、皆本が与えてくれた生活に感謝を抱く。

 皆本と出会い、普通の子供のように学校に通えるようになって、薫の生活は一変したのだから。

「そうね…… 皆本さんには、言葉では言い尽くす事が出来ない大きな恩があるわね。

私達の力だけでは、何も出来なかったのだから…… 」

 秋江は、薫が普通の生活をさせてあげたいと願いつつ、

自分達の力ではそれを適えてあげることすら出来なかった事をしてくれた

皆本の存在は秋江にも大きな存在でもあった。

「………… 」

 感謝している母親の姿を見て、薫は不思議と胸が温かくなる。 

 自分達だけではなく、家族さえも救ってくれた皆本に----------- 

「私も、薫の学校での姿を見てみたいわね」

「え…… ?」

 唐突に秋江はそう呟き、薫はいきなり何を言い出すのかと少し驚く。

「こうして薫の姿を見ているだけでもいいけど、普段学校でどんな風に過ごしているのかと思ってね」

「どんな風にって…… 普通に面倒な勉強して、皆で喋ったり遊んでいるだけだし。そんな様子見ても面白くないよ」

「親としては、自分の知らない子供の姿を見てみたい物でもあるのよ。薫にはまだ分からないと思うけど」

 余り見せる事の無い母親としての憂いの表情で薫に語りかけるのだが、

その真意を薫はまだ理解出来るような年では無い。

 しかし、母親が自分の普段の姿を知りたい親としての思いだけは薫には伝わる。

 それだけ、自分の事を常に気にかけてくれているのだから。

 そんな姿を見て、薫の中で何かが湧き上がる。

( …… 見てみたいんだ。あたしの姿を…… なら、今度参観日があるんだし、

それを言えば来てくれるかな…… ? )

「あ、あのさ…… 」

 どこか淡い期待を含めた視線で、薫は秋江の顔を見つめ何かを口に出そうとする。

 しかし、言葉はそれ以上続かない。

(こんな事を言っても、母ちゃんが女優だとバレたらいけないじゃん。それに、

仕事が忙しいんだから急になんか来られるはずない…… )

 仄かな自分の抱く期待を、今いる自分の境遇を思い返し、

親に無茶を言うわけなど出来ない現実を理解している。

 まだ小さい頃は、それすらも分からずに駄々をこねた挙句、

癇癪を起こして母親に怪我をさせてしまった辛い経験から、

自分の立場を自重する事を無意識下で処世術として身に付けていた。

 そうしていなければ、生きていけなかったのだから。

「ううん…… なんでもない。もう遅いから、あたしは寝るよ。おやすみ」

 言いかけた言葉を咽に飲み込むと、急に話を切り上げた薫は立ち上がると自分の部屋に戻って行ってしまう。

「薫の奴、相当気を遣っているわね」

 薫の心情を察している好美は、呟く。

 本音を言いたいのを抑え込んでいる姿を幼い頃から見続けているからこそ分かるのだろう。

「小さい頃は、何もかもに素直すぎたのだけど…… 成長すると逆にそうなれないものなのよ。

家族なんだから、素直になってもいい所が、出来なくなるのよね。

人の気持ちに人一倍敏感な子だから…… 親としては、まだ素直に甘えて欲しいんだけどね」

 普通の子供らしい生活が出来る様になった薫の事を喜んでいるのだが、

それでも他の子供とは違う世界で生きなくてはいけない立場なのは変わらない事に秋江は胸を痛めた。

「はぁ…… 」

 自室に戻った薫は、ベッドに横たわると深い嘆息を吐いた。

(何で言えなかったんだろ…… 本当は来て欲しいのにな…… 

迷惑かけちゃいけないって方が強いのかもしれない)

 唇の端を少し噛み締めながら、薫は素直に言えない自分に嫌気が指していた。

 もし母親が来てくれたとしたら、気合の入った作文を書いて誇らしげに発表している姿を

虚しいと思いつつも脳裏で思い描きながら。

「参観日の日なんて来なければいいのに」

 思った事が出来ない不自由さがまだ残る現実に、苦々さだけが胸に蟠りとなりながら眠りに就いた。





 来なければいいのにと、苦渋を吐いた日曜の参観日は薫の内心とは裏腹にやってくる。

 授業中、教室の机に両手を顎に乗せながら、憂鬱そうに背後にいる級友達の家族の姿を横目に度々見つめていた。

 親達は我が子の姿を見て嬉しそうにしていたり、来る自体が面倒そうな顔をしていたりと様々なのだが。

 それでも、来てくれるだけでもいいじゃないかと薫は内心で毒を吐く。

 最も、当初から自分でその知らせを教えてもいない自分が一番悪いのだが。

 同じように紫穂、葵も同じ表情を浮かべている所を見ると、やはり、呼べなかったのだ。

 自分の気持ちを理解してくれるのは、この二人しかいないのだと薫は嬉しさと心強さがある。

------------ ということで、我家は笑いにつつまれています」

 他の生徒が読み上げた家族についての作文を読み終えると、周囲からは拍手が沸き起こる。

 先ほどから、このような状況の繰り返しばかりで、薫は嫌気が差していた。

 他人の幸福な家族の団欒を人に聞かせて何が楽しいのかと。

 この授業の意味が馬鹿馬鹿しく感じられて更に憮然と、やさぐれた気分になっていく。

 やはり学校なんてつまらない…… と、抱き始めた時だった。

 

 家族席のある背後の入り口のドアが、静かに開くと誰かが入ってくる気配を薫は感じる。

 どうせ、遅れて来た誰かの家族なのだろうと、再び横目で見つめた時だった。

「母ちゃん…… ?!」

 思わず薫は、驚きのあまり目を見張る。

 この場に居るはずの無い存在が、そこにいるのだから。

 しかし、どう見てもそこにいるのは母親には違いない。

 薫の中で、思いがけない光景に嬉しさを隠せない。

「正体バレないためだからって、あそこまでブスメイクは無いだろうに…… 」

 どこか呆れた口調で薫が指摘している通り、秋江は正体を見破られないようにと、

ロングパーマのウィッグ、縁取りで少し色の入った伊達眼鏡、

そしてあり得ないほどの特殊メイクといって良いほどのメイクと、秋江にしては地味目のスーツ。

 端から見れば、誰も有名女優の明石秋江とは分からない。

 さすがに女優だけあって、有名人独特のオーラを抑え込み、

一般人の雰囲気を醸し出す演技までご丁寧にしているのだ。

 周囲には分からないのだが、子供である薫にはすぐに見破ることが出来るのだが。

 同時に、薫の様子を見てこっそり振り返った紫穂と葵も、その人物が誰なのか分からないらしい。

 更に秋江に続いて、また見覚えのある人物が周囲に頭を下げながら入ってくる。

 葵の両親と、紫穂の父親。

 彼女達の家族は顔を隠す必要も無く、そのままで来ているので薫にもすぐに判断出来た。

「うわ、なんでうちの両親が ?! しかも、ウチのお父はん、

ビデオカメラなんか持っているわー。んなもの誰も持ってきていないのに、恥ずかしいわ、ウチ…… 」

 葵と視線が合った父親は、小さく彼女に手を振ってカメラを見せる仕草に、

恥ずかしさで葵は顔を赤らめて俯いてしまう。

「 …… どこで知ったのかは分からないけど、おそらく私達の知らない場所で、

皆本さんが連絡して呼んだのね」

 父親が来ても表情一つ変えない紫穂であるのだが、内面ではかなり嬉しくて仕方ない。

「皆本の奴…… 」

 横並びで並んでいる三人は、ひそひそと小声で会話をする。

 今回の出来事の裏には、皆本が関係している事は確かなのだと直感しながらも、

その気遣いに三人は、胸が熱くなる。

『来て欲しい』という言葉を言う勇気さえ無かったのに、

こうして自分達の為に尽くしてくれた皆本の存在が更に強くなって行った。

---------- じゃ、次に読んでくれる人--------- 」

 担任の女性教師が、次に作文を読む生徒の募集の声をかけ、

複数の生徒が手を上げている光景を薫は目にして、心の中でどこか葛藤しながら、自分でも無意識に挙手をする。

 どうせ、選んではもらえない…… それでも、来てくれた母親に自分の姿を見て欲しかったのだ。

 その姿に、葵と紫穂は驚きながらも、どこか穏やかな顔を浮かべている。

「じゃ、明石さん、読んでくれる ? 」

 数々の挙手の中、担任は薫を指名する。

 まさか、自分が選ばれるとは思いもしなかったのかもしれないが、

こうして自分が頑張る姿を見せれる機会が得られたのだからと、

薫は深い深呼吸を一度した後、手にした作文を読み始めた
--------- 

『私の家族   明石 薫』

「私の家族は、母と少し年の離れた姉がいます。

しかし、あたしは普段そんな家族とは一緒には住んでいません。

家族の仕事の事情など色々あって、今は別な場所に幼い頃からの友達である葵と、

紫穂と、いつも面倒を見てくれている人とで住んでいます。

 家族と一緒に住めないのは、本当は寂しいと思う時があるけど、今の生活には何も不満はありません。

 離れていても、いつもお互いの事を思っているからです。

 今の生活では、側にいつも口うるさくて、説教してくる人がいます。

 たまに、うっとおしくて腹が立つ事もありますが、それでもあたし達の事を心配してくれて、

守ってくれる暖かく優しい人で、本当の家族じゃないけど、そんなものは関係無いと思います。

 それは一緒にいて、楽しくて嬉しくて、幸せだからです。

 正直、その人と出会う前は、家族なんて必要無いものだと思っていました。

でも、その人と出会って一緒に生活し始めた中で、嬉しい事も悲しく辛い事も沢山ありましたが、

いつも同じ気持ちでいてくれて、それを分って助けてくれたこそ、

あたし達はこうして今の楽しい生活を手に入れることが出来て、楽しむ事が出来ています。

 家族というのは、こんなに安心できるものだと、教えてくれました。

 勿論、母も姉の側にいても同じです。

 偶然のふりをして、あたしの好物を買ってきてくれたり、

あたしの話を面白そうに聞いてくれたり、時々喧嘩したりしますが、それがとても楽しいです。

 少し前までは、そんな当たり前の事も出来ませんでした。

 それが、あたしが悪かったんだと教えてもらい知る事が出来たんです。

まだ私は子供だから、色々分らない事や知らないことが多く、

人と人とが築く大切な気持ちを今の生活の中で知りました。

 私は一人じゃなくて、みんなの力と優しさでここにいることを。

 だから私も、与え教えてもらったこの気持ちを大切にしながら、皆に伝えたい……です。

 私の周りの大好きな人たちに、大好きだと。

 そして今はまだ何も出来ないけど、大人になったら返したい…… 皆に感謝しながら笑顔で返せるように。

 それが私の目標でもあり、私を今まで育ててくれた人たちへの感謝の言葉です。



『ありがとう』



 長くは無くたどたどしい文面を読み終えた薫は、ふと周囲が静まり返っていることに着がついた。

(うわっ、あんまりにも小恥ずかしい内容だったから、皆引いてしまったのか ? 

やっぱ正直に書かなきゃよかった…… )

 周囲の様子に、薫は些か苦笑いを浮かべながら、

自分らしくない事などしない方が懸命だったと落ち込みかけた時だった。

 

 パチパチ-------



 どこからか、小さな拍手の音が聞こえたかと思うとそれは、

瞬く間に教室の外までも聞こえるような大きな物へと変わり行く。

 室内の誰もが、薫に賛辞の拍手を送ったのだ。

 決して社交辞令ではなく、心からの--------

「え、ええ ? 」

「明石さん、本当に良い作文でしたね。

いい家族や人たちと素晴らしい日々を過ごしているのが、よく分りました。先生も思わず感動してしまったわ」

 担任もまたお世辞ではない賛辞と笑顔を薫にかけてくれる。

 予想外の事に、薫は戸惑いながら席に着く横で、隣の席の葵がこそりと話しかけてきた。

「適当に書くとゆうとったのに、しっかり書いているやないか……

 でも、うちも薫の気持ちと同じや」

「拙い文面だけど、朝まで机の上で考えていたのね。薫ちゃんらしくて、この作文好きよ。

私達の思っている気持ちを代表して読んでくれたもの」

 葵とは反対側の席にいる紫穂もまた薫の作文に触れ、

書いた当時のことを精神感応能力で読み取りながら薫に耳打ちしながら笑む・

「そ、そっかな。ありがと」

 照れくさそうに、薫は小さいながらも嬉しそうに笑みながら二人に礼を言うと、

ちらりと背後にいる母親の姿を見つめる。

 母親の秋江もまた薫の本音を知ることで、胸を打たれたらしく女優という

自分を忘れたかのように人目を憚らず目頭をハンカチで押さえながら俯いていた。

 無理だと思っていた自らの気持ちを伝えることが出来たことで、

薫は胸につかえていたものが取れたように清々しさを抱く。

 そして、この展開の段取りを仕組んでくれた皆本に大きな感謝と更なる親しみを深めた。



「…… あいつ…… あんなにも素直な事を言うなんてな」

 教室の外で、皆本が薫の作文の内容を聞きながら感無量な思いに包まれていた。

 チルドレン達には秘密にしながら、悟られないように彼女達の家族に連絡を取り、

今日を迎えたのだが、全てがうまくいって欲しくここまで見届けに来ていたのだ。

 そして、予想外な事に薫の作文を聞くことが出来たのは以外でもあり、嬉しい誤算でもあった。

 普段は、口答えと生意気さを前面に出している薫の本音を知ることと、

彼女の生来持つ人に対する思いやりと優しさを周囲に知ってもらえること。

 困っている人を自分の身など気にする事無く、守ってしまう薫の根本は、

やはり今までの経験から来ているのだろうと推測できる。

 自分が経験してきた苦しさや悲しみは、大切な人々には味わいさせたくないのだと。

 正直、幼い頃からそんな思いを抱き続けて生きてきた薫の姿は、痛々しく見ていられないときがある。

 だからこそ、皆本は薫達には決して一人ではなく愛し大切にされてきた家族の存在を今日、

彼女達や家族に見せて安心させてあげたかったのだ。

 そうすることで、更に絆は深めることができる。

 そして先に繋がる未来すらも変え行く一因になれることを願いつつも、

彼女たちの幸福な姿を見たかったのだ。

 願っても彼自身が、得ることの出来なかったもう戻ることの出来ない

一瞬で過ぎ去る子供時代の日々を彼女達に後悔することなく、満喫して経験して欲しいと。

 自ら適えることが出来なかった経験を彼女達に託しているのかもしれない。

 そして、彼女達の幸福を願う親心に似た気持ちであったのだ。



「皆本ぉ--------------- 」

「うわっ !! 」



 参観日が終わり、彼女達に気づかれないよう先に自宅のマンションに戻っていた

皆本は夕食の支度をしている最中、突然薫に背中から飛びつかれて、思わず声をあげた。

 薫の背後には、葵も紫穂の姿もある。

「も、もう帰ってきたのか ? 明日は学校休みだから、今夜は家族で過ごすのじゃ ? 」

「家の方はいいよ。だってここに帰ってきたかったんだよ」

「そうそう、にくい演出してくれたやんか、皆本はん。ウチ、更に惚れ直したわ」

「パパ達にかなり骨を折ってくれたのよね。パパ、私の学校での姿を見て、

かなり喜んでいたわ。顔には出さないけど、皆本さんにすごく感謝していた」

 今夜は彼の自宅に戻ることが無いと思っていた三人が現れ、

家族よりも自分の元に戻ってきた事に少々驚きながらも喜んでいる。

「そうか…… でも、そうしたのは君達も学校の行事を僕にまで教えてくれなかったからさ、

自分達の事で僕らに気を使うことなんか何も無いんだ。君達は普通の子供であり小学生なんだから。

これからは、素直に僕や家族の人たちに言えばいい。誰も困ることなんか無いんだ」

 決して薫達を特別視した存在とは思わず、どこにでもいる子供のように扱う

皆本のその言葉は三人の胸に深く響き渡ると同時に、彼に対する愛おしさも更に湧き上がる。

 この人だけは、いつも自分達と同じ視線で扱い立ってくれているのだと。

「これ…… 皆本にやるよ」

 薫は、持ってきていたカバンの中から、念動力で一枚の紙を取り出すと、皆本に手渡す。

「これって、薫の書いた作文じゃ ? これは、家族の方にあげた方がいいんじゃ ?! 」

「ううん。皆本に持っていて欲しいんだ。

だって、今のあたし達がいるのは皆本がいたからなんだもん。まだ、あたしは何も皆本にお礼が出来ないけど、

気持ちだけは貰って欲しい」

 照れながらも薫は、真剣な眼差しで皆本を見つめる姿に、皆本は断ることなど出来ない。

「ありがとう…… 大切にするよ」

 嬉しそうに皆本は、それを受け取る。

「薫のだけじゃなくてウチのも、もらってや。皆本はんへの愛がびっしりやで ! 」

「皆本さん、私のも受け取ってくれるわよね ? 二人のよりも感動に引き込まれるぐらいの出来だから」

 葵も紫穂も、薫に抜け駆けされないようにと、競って書いた作文を手渡す。

「ああ、勿論だよ」

 喜んで皆本は、受け取りながら笑顔で礼を言った。

 こんなにも彼女達にとって自分が、必要にされている存在であることを幸せに感じ噛み締めながら。

 出会った頃は、頑なに拒んでいた主任の立場を受け入れて、今は本当に良かったと。

 彼女達に出会えて、共に過ごすことが出来る日々に彼は感謝を覚える。

 それは、薫達とて同じこと。

 皆本に出会った事で、閉ざされた日々からの開放と生きているという素晴らしさを教えてくれたのだから。

『ありがとう』

 口に出すことは無いのだが、今再び彼女達は胸の中で皆本に向けてそう呟いたのだった。

                                終。
                                               2008.06.21 





 5月のスパコミで間に合わなかったコピ本用のネタ話です。
 のんびり書き上げようと思っていたら、アニメ13話とネタがもろ被る内容っぽいので、
 ならば先に書き逃げということで(苦笑)
 まーどれだけ被り、外れるかが楽しみです(汗)
 5月のネタですから、内容が今とズレいるのは気にしないでください〜。
 作文の内容は、しょぼくてスミマセン…。
 薫じゃないけど、エスパーやら、特務の事をやらを隠して書くのは本当に難しい。
 スパコミで…間に合わなかった理由が、この作文だったりします(苦笑)
 基本的に、昔から作文は苦手だなぁ。
 
…アニメ13話放送後の追加文。
 『私の家族な作文』と、自宅に帰る部分以外は、一切被らずに安堵。
 さすがに参加日ーとか出たら笑えなかったけど。
 アニメでは、原作では描かれることのなかった学校行事とか、もっと出てくれそうな気がするので
 楽しみなのですが。
 運動会とか、キャンプとかね。
 勿論、ランチな冒険な秋の遠足話はあると信じていますよ?ww
                                              2007.07.01 加筆。



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