『あたしのクリスマスプレゼント』
◆1◆
煌びやかで豪華なクリスマスツリーの飾られたリビングに泣き声が響く。
「うわーん」
子供の声が聞こえて来る。それは、とても幼く悲しげな。
まだ二〜三歳程でしかないパジャマ姿の薫が、一人ぐずりあげている。
「かーちゃん…… どこ ? 」
薫は不安気な、顔を浮かばせながらいるはずのない母親の姿を捜していた。
「かーさんは、今日は仕事で帰れないだって…… 寂しいけど、我慢しようね、薫」
「やだ。かーちゃんに、逢いたい。きょう、くりすますなのに、なんで、
うちはかーちゃんも、とーちゃんもいないの ? 」
姉の好美が薫を宥めてあやすのだが、薫は聞く耳など持たずに、
駄々をこねる事に手を焼きながら重いため息を吐いている。
母親の秋江は人気のある芸能人ゆえ、クリスマスを含め年末年始は仕事が多忙を極めて、
自宅を空けることが多い。
そして父親もまた仕事が立て込んでいるのか、
娘二人に自宅を任せて仕事にかまけて不在な日々が続いていた。
その為、十一違いの姉が薫の面倒を見る機会が多いのだが、
それでも薫は普通の幼児とは違い高レベルの念動力者であったため、
気兼ねなく触れ合いながらあやすことすら出来ない。
ちょっとした事で念動力が暴走してしまい、その周囲にいるだけで危険な場合が多々あった。
まだ自分の能力の意味を理解出来ていない年でもあり、
感情で能力を制御できず自身も周囲に気まずさと辛さだけが家族に残されている。
薫の周囲の花瓶や、椅子などが小刻みに震えながら浮遊しようとしていた。
姉の言葉に薫は、納得など出来ず、無意識に念動力を
使ってしまい胸の中で渦巻いている不安と寂しさを表現していた。
「薫 ! それは駄目だよ ! 」
暴走の危険を察した好美は、薫を叱り付ける様に叱咤する。
本来、叱り付けたりしたら逆効果であるのだが、しかしそうでもしないと
幼い薫自身が暴走に気づいて止める事が出来ない。
抱きしめて宥めてあげるのが、不安を拭い去り安心を与えられるのだが、
それは普通人である彼女には危険であり、周囲からも止められていた。
好美もまた抱きしめてあげられない歯がゆさを常に感じ苦しんでいる。
「 ・・・・・・ 」
我に戻った薫は、能力を止めると同時に浮遊していた物が床に落ち転がりゆく。
幾度も無意識に超能力を使い、家族を傷つけた痛みは誰よりも痛感していたのだから。
それでも言葉で言い表せない悲しさが薫の胸の中に募り、
それを自身で必死に我慢しようとしている姿は痛々しい。
幼い子供が温もりと愛情に触れることすら容易ではない光景を目にするのは誰でも辛い。
寂しさを少しでも紛らわせたいからか、
薫は近くに転がっていた母の写真がプリントされている抱き枕を念動力で手元に引き寄せると、
それをぎゅっと抱きしめる。
それは本当の母親ではないのは、薫でも分かっている…… しかしそれでも、
ほんの僅かでも母親に触れていたいのだ。
普通なら当然のように出来る事が出来ない行為に薫の小さな胸は
常に寂しさに押しつぶされそうであった。
「もう寝よ ? 私が隣で寝てあげるからさ…… 早く寝ないと、
サンタさんがクリスマスプレゼントくれなくなるよ」
少し落ち着いた薫を見て安心したのか好美は、
そう宥めながらしゃがみこむと笑顔を向けながらも、我慢しなければいけない薫の姿を哀れむ。
彼女自身もまた幼い頃から同じように、母親が側にいなかった経験があることもあり、
痛いほどにそれが分かるのだ。
自身が経験した寂しさを少しでも無くしてあげようと、彼女は薫を気遣うのだが、
薫にはそれを理解出来ない程、幼かったのだ。
(クリスマスプレゼントなんか、いらない…… あたちは、そんなのよりも、
かーちゃんと、とーちゃんがお家に居て欲しい…… サンタさんは、あたちが悪い子だから、
あたちの欲しい物をくれないの ? あたち…… どうすればいい子になれるの ?
いい子になったら…… )
存在などしないサンタに切ない願いを馳せて、薫はプレゼントに家族の団欒を求める。
しかしその年も、その後もその願いだけは叶う事は無く過ぎ去っていく。
(クリスマスなんて大嫌い…… )
いつしか薫の胸中には、その時期になると強い否定的な不快感さけが募るのだった。
◆2◆
「皆本、何処かに行くの ? 」
自室で着替えながら皆本は、出かける用意をしていた。そんな彼の背後に人影が現れ、
声をかけられた方向に彼は振り返る。
「薫…… お前、友達とのクリスマスパーティの後、実家に戻ったんじゃないのか ? 」
冬休みに入った後のクリスマスイブという事もあり、
中学の友人宅で開かれるパーティに招待された薫、葵、紫穂達はパーティに向かった後、
今夜は自宅に帰る筈だったと言うのに、薫だけが普段共に住んでいるマンションに戻ってきたのだ。
「うん…… 一応家には帰ったんだけど、そしたら母ちゃんは、
仕事の打ち上げにどうしても参加しないといけないというし、
姉ちゃんは、最近出来た彼氏と過すから帰らないといきなり言うんだもん
誰も居ない家に戻っても面白くないじゃん。だから、ここに帰って来たんだけど……
皆本も出かけるつもりだったんだ。すぐ戻って来る ? 」
折角ここに戻ってきたというのに、皆本まで出かけてしまう事に薫は顔色を曇らせる。
一人で居る事を極端に寂しがる薫は、家族が誰もいないと迷う事無く皆本のいる
この家に戻ってきてしまう真意を彼は知っている為か、自分が出かける事で更にそれを
強めてしまった事を気に病んでしまう。
「いや…… 急に実家の母さんが戻って来いって連絡来たから…… 遅くまで戻れないと思う」
「そっか…… 実家で用があるなら仕方ないね。
あたしは平気だから行っておいでよ。留守番してるからさ------ 」
健気に笑いながら出かける皆本に声をかけるのだが、
その語尾には一人残される寂しさが滲み出していた。
もう薫は小学生の子供でもなく、留守番していても駄々をこねる年頃でもなくなった事は、
皆本は分かっているのだが、それでも残していくのは心苦しい。
放ってはおけない------- 保護者的感覚なのか、それとも他の感情なのかは分からないのだが、
薫をこのままにはしておけれない。
「じゃあ、家に来ないか ? 」
「え ? でも、迷惑じゃん…… あたしはいいって」
皆本からの提案に、薫は思わず躊躇しながら断わる。
家族団らんの場に、他人である自分が踏み入れる事で、その空気を壊してしまうのを何よりも恐れていた。
「今日は、母さんしかいないから気にする事なんか無いさ。
どうせ、一人でクリスマスを過したくないから僕を呼びつけたいだけだ。
だから薫が来たら賑やかになって母さんも喜ぶよ。…… ついでに、
薫に母さんに贈るプレゼントを選んでくれるとありがたい。僕だと、女性の好みが分からないんだ」
自身の存在が邪魔だと思い込んでいる薫に気遣ってか、
皆本は事情を説明しながら薫が足を向けられるように気軽な理由をつけて誘いをかけ続ける。
薫と母親に関しては、以前実家の見合い騒動の際に顔を合わせていることもあり、
初対面でないから強く拒む事は無いだろうと彼は推測していた。
「仕方ないな…… じゃ、付き合ってあげるよ。す、少し待っていて支度するから」
案の定、彼の考え通りに薫は一緒に実家に来る事を承諾したのだが、
そのまま自室に飛び込むと何やら支度を始める。
「…… おいおい、外出着を着ているんだから支度することなんかないじゃないか」
「そーゆーわけにはいかないんだって ! 少しだけだから ! 」
気になる存在の人の実家に行くための、少しでも好印象を持ってもらいたい
乙女の支度の心情を皆本は理解する事など、到底出来てはいなかった。
◆3◆
都心から小一時間程度車を走らせた後、二人は皆本の実家に辿り着く。
途中、皆本から頼まれたプレゼントを薫が頭を悩ませながら購入したりと時間はかかったのだが。
何しろ、薫が推薦するものは熟女な大人用
『これからもいい女でいられる補正セクシー下着』セットを購入しようとするのを
皆本が全力で止めたりと色々あったり。
母親のプレゼントに下着を贈る変態息子にだけはなりたくなかったのだ。
「コーちゃん、よく来てくれたわね ! 」
玄関を開けると笑顔で皆本の母親が嬉しそうに息子の皆本を抱きしめる。
「た、ただいま…… ちょ、ちょっとこれはもう勘弁して」
母親に抱きつかれるのが恥ずかしく、皆本は照れながら彼女から離れられ母親は残念そうであった。
「サービス心が無い子ね。じゃいいわ、薫ちゃんを抱きしめちゃうから ! 」
「えっ !? わっ、あの---------- 」
同じく隣にいた薫に視点を向けると今度は薫を抱きしめてしまうものだから、
当人は鳩がマメ鉄砲を食らったかのように硬直して戸惑ってしまう。
自身ではスキンシップとばかりに誰構わずに抱きつく性格ではあるが、
自分にされると慣れないのか激しく緊張を覚えるのだ。
しかしその感触は嫌ではなく、どこか心地良く、
まるで皆本に抱かれているように錯覚を覚えてしまう安堵を覚えている。
皆本も、彼女もまた人一倍、慈愛心が強い人でもあるのだろうと薫は捉えていた。
誰に対しても友好的な感性の持ち主である母親だからこそ、
出来るのだろうと皆本自身は微笑ましくその光景を眺めていた。
「メリークリスマス ! 」
三つのグラスを重ねながら、乾杯の声をあげる。
案内されたリビングに作られたコタツには既に飲み物や、
ケーキなどの食材が用意されており、そこに二人は案内されて腰を降ろしている。
「さっ、沢山食べて頂戴 ! 何年振りかしら、コーちゃんとクリスマスを過ごせるなんて……
母さん嬉しいわ、また手料理食べられる事が出来るし、薫ちゃんも遠慮しないで」
「あ、はい」
半ば強引に、コタツ台の上に積み上げられている皆本が実家に戻ってから
作り上げた手の込んだイタリアンと七面鳥料理などの山を薫に進め続け、
薫はその中からサラダを手に取り口に入れている。
「料理も家事も何でも出来る器用な息子を産んでおいてよかったわ」
「いやまあ、母さん…… そこまで褒められるようなことではないよ。
こういうことが好きだから勉強しただけだって」
溺愛とは違いながらも、ベタ褒めをされ照れくさい皆本は少し、はにかんでいる。
「自慢の息子なんだからいいじゃない。もしかして薫ちゃんの前で子供扱いされるのが嫌なの ? 」
「そ、そういうんじゃなくてさ-------- からかわないでくれよ」
「ごめんねー、ほんと、コーちゃんをからかうのが面白くて。謝るから機嫌直して ? 」
「知らないよ」
弄られやすい性格な皆本は、母親にからかわれ少し拗ねて顔を反らしてしまうのを見て、
母親が機嫌を戻そうとしている滑稽さが薫には可笑しく、羨ましく映る。
薫達の前では、大人である皆本が母親の前になると、
やはり子供のように色々な姿をしている姿が眩しいのだ。
自身は母親達との他愛無い家族喧嘩すらも超能力の制御が出来ないからと迂闊に出来ないでいる。
それを自然な形で行える皆本たちの姿を目にしながら、彼らを見つけていた。
こんな家族だったらいいのにと、羨望と胸の中で未だ残る痛みが少しだけ
薫の中で渦巻きながら、決して自分はこの輪の中には入れない部外者だとも痛感することになる。
「薫…… どうした ? 」
無意識に顔色を曇らしていたのか、薫の様子の変化に皆本は気づき声をかけてくる。
「な、何でもないって ! なんか、こういう雰囲気の中で皆本は育ってきたんだって、考えてきただけだよ」
「…… まあ、子離れしてくれない母さんだけど、
ここまで育ててくれた家族には感謝してるからな。…… 薫だって、いい家族がいるじゃないか」
「そう…… だね。すぐ約束をドタキャンする家族だけど、あたしにとっては大切な家族でもあるね」
皆本の気遣いに、何でもない素振りをするものの羨望している事だけは
気づかれないように薫は必死に勤める。
何故、自分の家族にはこんな団欒の時間すら無いのかと知られないように。
「あら、薫ちゃんもここに来ているのなら家族同然よ ?
一人で蚊帳の外になんかいちゃ駄目、一緒に今日は楽しまなきゃ。取り合えずコレでも飲んで」
陽気な母親は薫にコップを持たせて、なにやら注ごうとするのを皆本が慌てて止める。
「ちょ、母さん、薫に酒なんか飲ませないで !! 中学生になんか駄目だろ !! 」
「んもう、本当に頭の固い子ね ! アルコール弱いから少しくらいいいじゃない」
「駄目ったら駄目」
「私の子なのに、どうしてこんなに頑固で融通利かない子に育っちゃったのかしら。
といういか、今頃反抗期になっちゃったみたいね。コーちゃん…… だったら、貴方が飲みなさい」
頑固な皆本に愛想が尽きたかのように嘆息しながら、
母親は皆本の目の前にワインの注がれたグラスを差し出す。
いつの間にか母親は、それなりに酔っている様子である。
「飲めないよ、今日は帰るつもりなんだから。それに薫を実家に送っていかないと」
「いいじゃない。明日も休みだと言っていたのだから泊まっていきなさい。薫ちゃんも」
「え、あたしは---------- 悪いから」
「いいじゃない。前も泊まったんだから構わないでしょ ?
それとも、一人で眠るのが嫌ならコーちゃんを横に寝かせましょうか ? 」
「ち、ちょ、母さん ! 何を言うんだよ ! 」
「そ、そそそそそ、そんなの ?“△@*×◆$% !! 」
母親がさりげなく口に出した一言に二人は、目を丸くしながら激しく動揺する。
薫に関しては、最早言葉にならない程に混乱してしまう。
「冗談よ、やぁね、真に受けないで二人とも」
二人の反応を楽しむかのように、母親は少し意地悪そうに笑っている。
基本、皆本が困惑している顔を見るのが楽しみでもあるようだ。
「冗談でも度が過ぎているだろうが。母さん、飲みすぎだよ」
呆れながら皆本はため息を吐きながら、珍しく酔いが回っている母親に愚痴を漏らす。
「息子を弄る楽しみぐらいあっていいじゃない。
コーちゃん…… 真面目な所は全然変わらないんだから-------- 」
やはり面白そうに母親は、彼を見て笑んでいた。
変わらない子供の姿に安心と、心配を何処か滲ませている視線を
含ませている事に皆本は気づく事はなかった。
「こういう生き方しか出来ないだけだよ。仕方ない……
少しだけなら付き合うから、これ以上からかわないでください。
薫、そういうわけでここに泊まる事になっちゃうが、いいか ? 明日必ず送っていくから」
「あ、あたしなら、構わないよ…… かーちゃんに、そう連絡するから」
たまには皆本に親孝行させてあげるのを優先させるためにもと、
薫は少し戸惑いながら気遣い泊まる事を承諾した。
「すまないな」
申し訳なく謝りながらも、皆本は久々に実家へ宿泊できる事が嬉しい様子を見せていたのだった。
やはり皆本も本音では家族の下で過したいのだと、安心したような寂しいような気持ちを抱きながら薫は何でもない素振りで笑む。
◆4◆
「もうコーちゃんったら、こんな所で寝ると風邪引くわよ」
「んーもう飲めない…… むにゃ…… 」
母親からの酒の勧めに観念して付き合ったまではいいのだが、
案の定先に潰れたのは皆本の方であった。
見かけによらず酒には強い母のペースに乗せられて、
自身は酔い潰されコタツに潜り込んだまま眠ってしまう羽目となる。
母親が起きるように催促するのだが、ここまで酔っていると起きそうな気配もなく、
どうしたものかと彼女はしばし考えていたのだが。
「薫ちゃん申し訳ないけど、この子を部屋まで運んでくれない ?
こんなに大きいと、私の力じゃ運べないし」
「え、あ、はい。じゃ、皆本動くよ」
女性陣の腕力では成人男性の平均以上の高身長な体躯をしている皆本を
運ぶのは容易ではなく不可能に近い。
しかし、薫の念動力を使用すれば簡単に彼を運べる利便性を母親は気づき、
薫に打診し薫は何故か少し躊躇しながらも快く承諾し、皆本を念動力で持ち上げると、
皆本の身体が空に浮き、ゆっくりと二階に繋がる階段に向かい動いていく。
「本当に便利ね、助かるわ」
「い、いぇっ、こんなの普通だからっ」
いとも簡単に皆本を運ぶ光景に、母親は感嘆の声を上げて薫を褒め称えるのだが、
薫はどうにも緊張を隠せない。
息をするように念動力を使うだけなのに、こんなにも感激された経験は殆ど無いに近い。
誰もが恐れ煙たがる能力でもあるのだから。
なのに、こうして恐れも抱かずに素直な感想を言ってくれる彼女に、少し驚いていたのだ。
流石、皆本の母親ともいうべきかも知れない心の広い存在でもある。
「よいしょっ…… と、風邪引かないでよ、皆本」
二階にある、昔皆本が使用していた自室のベッドに皆本を寝かせると、
布団を被せながら薫は一息を吐いた。
かけていた眼鏡を外させて、側にある衣服収納用の棚の上に静かに置きながら、
薫は何とも無邪気に眠りに就いている皆本の寝顔をしばし見つめている。
やはり実家に戻った事で、どこか気が緩んでいるのか表情が緩んでおり、
数ヶ月前にうっかり同じベッドに引き込まれそうになった赤面的な記憶が脳裏に蘇り、
自身で思わず封印をしたくなるようなうろたえをしたくなるほどである。
少し遅れて、添い寝したがる皆本家の愛犬、
トルテが皆本の腕の中に自ら入り込み鎮座して眠ろうとする光景は、
一同は思わず可愛さに噴出しそうになった。
この家の誰もが、皆本の帰りを待ち望んで楽しんでいたのかが、良く分かるのだ。
「さて、コーちゃんも寝ちゃったことだし、薫ちゃん…… 折角だから、女同士で少し話しない ? 」
「え ? あたし ? でも、話になるような話題あるかな…… 」
突然誘われた薫は、戸惑いどう返事を返していいのか悩みこむ。
自分の親と同年齢の女性、しかも皆本の母親と二人きりでの会話が出来るのかと、正直腰が引けていた。
「何でもいいのよ。普段のコーちゃんの話とか聞きたいしね。
それよりも、おばさん…… 女の子と話たかったのよ〜、コーちゃんは男の子だから、
同性の話できなかったしね。美味しいコーヒー淹れて上げるから」
「じゃあ、少しだけ…… 」
屈託の無い笑顔で薫の緊張を解してしまう、彼女の存在に薫は流石、皆本の母親なのだと実感していた。
優しく、なおかつ少しユーモラスな部分がある彼女に初対面から惹かれていたのかもしれないと。
香ばしいコーヒーがするカップをコタツに座り込んでいる薫の前に差し出しながら、
母親も反対側に腰を降ろした。
「はい、どうぞ。片付けを薫ちゃんが手伝ってくれたから、本当に助かっちゃったわ、
やっぱり女の子が家にいると楽よね」
「そ、そんな事ないですって ! いつも、皆本が片付けしろとか、手伝えというから癖になっちゃっているから------ 」
幾度とも無く褒められ続ける事に、薫は立つ瀬も無い程に何故こんなにも緊張するのかが分からない。
というよりも薫自身が慣れていない展開なのでもあるのだが。
そんな薫の様子を見つめながら、母親はこう話を切り出した。
「ううん、その気がなければ手伝ったりしてくれないわ。ねえ、
普段、薫ちゃん達の前にいるコーちゃんて、どんな感じかしら教えてくれない ? 」
「普段…… って、ごく普通なだけだけど…… 」
「そういう感じでいいのよ。ほら、あの子…… 今の薫ちゃん達よりも若い頃に、
一人でコメリカに行ってしまったじゃない。帰国後も都内で一人暮らししていたから、
今のあの子の普段の様子が分からないよ。親としてはそれが寂しいし、気になっちゃうのかも」
子供を心配する姿を見て、薫は不思議と共感と皆本に対する愛情が溢れている彼女に抱いていた。
「…… 普段の皆本は---------- 」
寂しさを知っている薫だからこそ、
少しだけでもそれを自分で埋めて上げられたならと、薫は話し出した。
「----------- すぐに怒ったり、叱ったりするけど……
本当はあたし達の事を心配してくれているんだと思う…… 」
一般人である母親に話せるレベルで薫は、普段の皆本の姿を話していた。
それを黙って母親は耳を傾けている。
普段の皆本の姿を話し終えて薫は、未だ些か肩の力が抜けていた。
相手が皆本の母親なだけに、普段、皆本に時折抱く文句等は迂闊に言えないのだ。
ある意味、嫁が姑に気を使っているような感覚だとは、
薫は今の段階では気がつきもしないことなのだが。
「――――――――――― 苦労も多そうだけど、コーちゃん達、本当に楽しそうね」
「え ? 」
「あの子ったら、幼い頃から頭が良すぎて、
周囲に気を使いすぎて『いい子』でいなければいけないって、
自身に言い聞かせて本当の自分を我慢していた子だとは話したわよね。
たまにここに戻ってきても、そのままだから、
あの子はどんな生活をしているのだろうといつも考えていたけど……
薫ちゃんの話を聞いていたら安心しちゃった。
いつも自分が誰かの為にしてあげないと気がすまない性格は相変わらずのようだけど、
それでも本気で怒ったり、拗ねたりして自分を出せていると分かったから。あの子……
家にいるよりも、薫ちゃん達といる方が自分らしさを出せるのね。
少し妬けちゃうけど、その方があの子の生き方にはいいのかも、
ありがとう…… コーちゃんを支えてくれて」
感慨深げに母親は、彼女には見せてはくれなかった息子の姿を知り、
少しだけ寂しそうな顔を見せながらも、本心を隠さないで過している事を導いた薫に礼を述べた。
「そんな事ない…… あたし達は何もしてないし、助けられている方だから」
礼を言われた事に、薫はどう対応していいのか分からないのだ。
バベルでの大人達とは違う大人との会話に慣れない訳ではなく、
この人には生意気なタメ口などの態度や言動をしてはいけない自制心が薫の中では強く支配している。
「互いに支え合っているから、気づかないだけよ。内に溜め込む子だから、
それを融かしてあげる存在を欲しがっていたのじゃない ?
薫ちゃんも、コーちゃんに逢って色々自分を変えられたと言ってたしね。
たまに顔を合わせる相手の方が変化に気づくものよ」
くすす…… と、薫の戸惑いに笑みを零しながらも、的確に薫や皆本の様子を見抜いていたのだ。
「そうなのかな…… 自分じゃ気づかないけど。
でも、皆本はまだあたし等に何か隠しているような所もあったりして、
本当に打ち溶け合っているのか解からない時も在る」
ふいに薫は、常に皆本が何かに悩み抱え込んでいる闇の部分を思い出し、愚痴るように口に出す。
決して自分達には、話してくれない事が気になって仕方ないのだ。
「悩みを抱える性格だけど、それは今の貴方達にはまだ話せないからだけだと思うわ。
もう少し成長して、話せられる機会が来たのなら話してくれるかもしれない。
でも待っているだけじゃ駄目よ ? 自分から足を踏み入れないと。
あの子、奥手だから誰かに背中を押してもらわないと動けない所もあるから。
自分でその時が来たと思ったら、迷わず勇気を出しなさい。
コーちゃんよりも大人な私からのアドバイス」
茶目っ気たっぷりな母親は、薫の頭を軽く撫でると、諭すように微笑んだ。
触れられた手からは、皆本と同じように暖かさが伝わり心に染み込んでいく。
自分の母親とは違う別の愛情の存在を薫は、
直に感じながら少しだけ胸にあった不安を拭い去ってくれた気がしていた。
◆5◆
深夜を迎えようとした寝息だけが聞こえる室内に、こっそりと忍び込む気配がある。
室内の住人は、それすら気がつかず安らかな寝息を立てているが、
その脇にいた愛犬だけがその存在に気づき、顔を上げるのだが警戒すべき存在ではないと知ると、
何もなかったかのように再び眠りに就く。
それに安心した気配の持ち主である薫は、
静かに皆本の脇まで歩むとすっと側に座り込み無言で寝顔を見つめている。
既に就寝していた薫だったのだが、
やはり一人では寝つけられないらしく自然と寝付く前に皆本の顔を見たくたったのが本心であった。
流石に寝ぼけ無意識に彼のベッドに入り込む失態をしてしまうことだけは、
どうにか避けたのだが。
薫は皆本の手に自身の手を重ねながら、
その感触を身に覚えるかのように愛しき視線を向けながら静かに目を瞑る。
いつも勇気つけられ、守られた手に触れる事により、安心感を身体に覚えさせたいのだ。
ただこうしているだけで、一人では中々眠りつけない
自分を落ち着かせたいおまじないのようなものだと言い聞かせているのだが。
我が儘を言えば、その布団の中に共に入り込んで眠りたい本音はあるのだが、それはもう出来ない。
小学生の頃のように、ただ慕い家族ように触れ合っていた頃と今は、全く違うのだ。
少し前まで、皆本に対して意味不明なもやもやと、
胸の苦しみを覚えていた理由の意味を薫は自分で気づいたのだ。
普通人やエスパーという壁など関係なく自分を守ってくれる保護者的な存在として
絶対唯一の存在として惹かれ、慕ってきた皆本であったが、今の薫にとってはそれとは違い
異性として一人の男性として惹かれている。
すなわちそれは、『好き』だということに気づいた際は、自分にこんな日が訪れる事も、
損な感情によって、自身が激しく自分でない程に動揺し続けている事に驚いた。
もっと自分は、雄雄しい存在であったと思っていたのに。
人を好きになるだけで、こんなにも自分が変わりゆくのを素直に受け入れることが出来なかったのだ。
自身の気持ちに気がついて、皆本との距離を少しだけ離していた日々が続いている。
側にいるだけで、自分を保てないのがよく分かっている。
それを葵や紫穂には決して知られたくも無い部分でもあるからだ。
しかし、今はそれに気を使う事もなく、眠っている皆本と二人きりであるからか、
不思議と素直に触れることが出来ていた。
女々しい自分を晒したくない自身のプライドが、女としての本質を人前に晒す事無く、
今だけ見せることが出来る。
「ありがと皆本…… 皆本のお陰で、楽しいクリスマスが過せたよ。
ずっと、嫌いだったのに、好きなれた気がする…… 」
トラウマに近かったクリスマスに少しだけ好感を持つことが出来た薫は、
感謝を込めてそっと彼の唇に自分のもの重ねた。
自分でも大胆な行動だったかもしれないが、
少しだけ飲ませてもらった酒の影響で行動力がついたのかもしれない。
自分に対してのクリスマスプレゼントのように、そしてただ、
少しだけでも皆本の近い場所にいたかったのだ。
自分からするファースト・キスというのも自分の性格らしいと苦笑さえ浮かべている。
皆本の中にも誰にも言えない闇があるように、薫の中にも闇がある……
もう少し、自分が大人になった時に互いにそれを受け入れ救い出す存在になれたらと、
薫は胸に抱きながら優しくそして、その日がいつ来るのか、
それとも自分の思いは受け入れられずに終るのかという不安に苛まれながら、
どこかもの悲しく微笑んでいた。
人を好きになるというのは、こんなにも切なく苦しいものだと、
痛感しながらも好きなれた自分が愛おしい。
いつの日にか、二人だけで皆本との幸福なクリスマスを過ごせる日が来るのを乙女心に抱くのだった。
終。
おまけ……
「あらあら、薫ちゃんは積極的ねー。このままだと、孫の顔を見るのも早いかもね」
こっそりドアの隙間から、二人の姿を覗き見していた母親は、
ぽつりと呟きながら脳裏に何やら野望を抱いている姿が垣間見えたのは余談である…… 。
本当に終。
2009/01/12
今更、クリスマス話です。
季節感ズレまくりで、すみません。
昨年末には、仕上げられなかったです。
なので、ついでに最近のサンデーネタバレを含む内容でお送り中。
……中学生薫と皆本の話のはずが、美味しい場所を皆本オカンが総取り話になってしまいました(汗)
最初は、オカンの存在でないはずなのに…… 最近のサンデー本誌のオカンの存在感に負けたらしいです。
冒頭のお子様薫は、15巻の挿絵で、激しくよろめいた影響。
そんな、オカンいなくて寂しくて秋江ママ抱き枕を抱きしめている薫なんかいたら、今すぐ抱きしめて慰めてぇ!な
衝動にかられます自分的に。
なので、しっかり話で書いてしまいましたが。
幼い頃の薫が、まともに家族が家に揃わなかっただろうからと、クリスマス暗黒史トラウマを拭う話なので、皆薫というよりは、
家族ネタになってしまいました。
実際、薫が嫁に行った暁には、それなりの嫁姑確執はあるんだろーけど、
それは現実でも二次創作でも生生しいので、まず書くことは無いです。
作中で、何気に薫が姑に気を使うような状態でしたが。
この作中では、薫は既に皆本への感情を理解している設定。
いやもう、もやもや薫は本当に書きづらいので、無理でした。
とっとと、気づいててください設定です。
ある意味、片思い状態のほうが書きやすいというか、迂闊に子供が恋愛感情抱くと、どんだけ書きづらいか実感しました。
とりあえず、この話はオカン最強ということで(爆)
ブラウザの×でお戻りください。