『僕にとって、君という存在』





「どうしたの、皆本?」

「あ、いや、別に」

 今夜は夕飯当番になっていた薫が、キッチンで自らの手で野菜を刻んでいる際、

その姿をダイニングテーブルに肘を着いて椅子に座っている皆本が無言で見つめている視線を感じ取ったのだ。

 あくまで皆本は、何でもない素振りをするのだが、何かを含んでいるように思える。

「変なの…まだ出来上がらないから、向こうでテレビでも見ていてよ」

「僕も手伝おうか?」

「今日は私が当番なんだから、皆本は何もしないでいいよ…それに、

いつも手伝ってくれると私の腕、全然、上がらないから」

 手伝おうかという皆本に薫は、やんわりと理由をつけて断り、

キッチンから追い払おうとするのだか、彼は一向にそこを離れようとはしなかった。

 動く気の無い皆本に薫は、これ以上何を言っても無駄だと悟ったらしく相手にしないで、

自分のすべき作業に戻るのだが、それでも背中で視線を感じ続けてしまい、どうにもやりにくいのだ。

 皆本からの視線など、昔から慣れているはずなのに、二人だけでいる時は何故か、妙に緊張と落ち着かなくなる。

 その意味は、薫もまたよく分かっており、彼を意識してしまっているのだ。

 いつからだったのかは分からないのだが、子供の頃に兄か、

父親のような暖かい眼差しを与え向けてくれていたのだが、

いつしかそれは変化を始め、気になる女性に向ける物へとなっていた。

 今では、彼にとって特別な存在として、向け続けている。

 互いに見つめ会う際に向けられるのなら、薫にとっても異存無く、

全身で受け入れるのだが、少々、皆本はどんな際でも二人でいる時には、

彼女にこのような行動を取ってしまうのが、玉に瑕でもあった。

 本人は、それが普通と思っているのだから、薫が何を言っても効果無いはずである。

 とはいえ、常に見つめられている薫にとっては、常に皆本を意識せずにはいられないので、たまらないのだが。

 いくら、皆本は彼女にとって唯一無二の大切な存在でも、区切りたい部分はある。

 最近になって、皆本と一緒に住む事になり同棲生活を始めたのだが、その途端に、皆本はこんな調子でもあった。





(ほんとーに、やりにくいな…… 皆本の奴)

 薫の中では、彼に言えない文句ばかりが募るのだが、一方の皆本は、彼女とは真逆の反応を示していた。

 きびきびと、夕飯の仕度をしている薫の姿を見ているだけで、

心の何かが満たされているというべきか、見続けていたい誘惑に囚われていた。

 腰近くまで伸びた薫の柔らかな髪が幾度も靡く光景に、目を細めたり、

見とれたりとしながら、皆本は自身が薫に見惚れている事には、少し照れは抱いている。

(薫も、もう…… 今年で19になるのか…… ほんの数年前までは、

子供にしか見えなかったというのに。いつの間にか、子供として扱う事も、

見ることも出来なくなる程に時間は流れてゆく中で、一人の女性として惹かれていたんだよな。

まさか、僕が薫に…… なんて、出逢った頃は思いもしなかったけど。

予知を知っていたからではなくて、薫と共に今までの時間を過ごしてきた方こそ、

彼女の事を深く理解しながら、僕の前で曝け出してくれる本来の姿から目を離せなくなったというか。

昔はともあれ、今の薫は僕にとっては誰よりも大切だ。というよりも、一瞬でも離したくない)

 完全に薫の虜になってしまったかのように、皆本は薫の姿を見続けるだけで、自身に安心を覚える事が出来ていた。

  何もしないで、薫の側にいることが、こんなにも満たされ続ける事に、皆本は自身の気持ちを素直に受け止めている。

 数年前まで、それはありえないと自身で強く否定していたのだが…… 




「熱っ !! 」

「薫っ !? 」

 急に薫の悲鳴が聞こえ、即座に皆本は薫の元に目を向けて、側に駆け寄る。

 運悪く熱い鍋に指先を触れてしまったらしく、薫は少し大きな声を上げたのだが、

彼女の身に何が起きたのかと、皆本は慌てていた。

「大丈夫だよ、少しだけ火傷してしまったみたいだから」

「駄目だ。こういうのは、きちんと手当てしないと、跡に残る」

 殆ど気にしていない薫に対し、皆本は神経質なまでに彼女の微細な事まで気にかけていた。

 大切な薫に僅かな傷さえも与えたくないのだ。

 火の元を止めた後、すぐさま、皆本は水道の蛇口を捻ると、

人差し指の先端にある僅かな、ほんのりとした赤みに勢い良く水を流し続ける。

 実際、この程度なら水膨れにもならなくて、少しひりひりする程度なのは、

分かりきっているのだが、それだけでも許せなかったのかもしれない。

 過剰と言える心配に、当の薫は些か引き気味ながらも、

自分をこんなにも大切にしてくれているのだと、それを素直に受け入れていた。

 誰よりも自分の事を必要としてくれる存在だからこそ、薫もまた少し過剰な優しさでも好意を覚える。

 この人だけが、私を本当に見ていてくれていると。

「もう、大丈夫。ありがと、皆本」

 冷やされたお陰で、殆ど赤みは消えており、僅かにひりつく程度にまでなっていたので、

薫は皆本に礼を言うと、再び、夕飯の支度を再開させようとしていたのだが、掴んでいた手首を一向に離そうとはしなかった。

「…… 皆本 ? 離してくれない  ? 」

 何故か、皆本は離さずに、それどころか、その指先を皆本は自身の口の中に入れながら、

舌で転がすように、舐め始めたのだ。

「皆本っ ?! 」

「消毒だよ」

 驚く薫をよそに、真顔で皆本はそう言うのだが、唾液で消毒出来るのは切り傷のみで、熱傷などには、何の意味もない。

 皆本の行動に、薫は驚くだけで彼が何を考えているのか理解出来ない。

 過剰なまでとも言える、手当てを受け続ける事に違和感を覚え始めてもいた。

「も、もういいよ」

 強引に薫は、皆本から自分の指先を引き抜こうとしたのだが、労わる様に舐め続ける感触のせいなのか、抗う事が出来ない。

 いや、薫の本心では、何故か次第に心地良い感触に体が硬直してしまったかのように、彼の行動から離れられないでいた。

 皆本が勝手にしている行動なのが、薫にとっても嫌なものではないのだから。

 嫌では無いというような表情を浮かべ始めていた頃になると、

何をしていたのだろうとばかりな様子で皆本はその仕草を急に止める。

 勿論、これは計算であるのだが。

「あ、あの…… 」

 正直に、薫はもっとしていて欲しいという言葉を紡げずに、

皆本の前で口ごもってしまう自分のいざという行動の悪さに自己嫌悪してしまう。

 普段なら、昼夜の関係を問わずに積極的に色々な面で行動出来るというのに。

 一応恋人同士という関係であり、肩書きを持っているのに、

このような些細な皆本の行動に自分が振り回されて、何も出来ない時があるのだから。

(何をして欲しいんだい ? )

 言葉ではなく、視線で薫にどうして欲しいと投げかける仕草が、薫にはもどかしさだけが募る。

『分かっているくせに…… いじわる…… 』と、ばかりに少し恨めしそうに視線で反す。

 自分を焦らし続けるのを楽しんでいるのだと、

薫はどうしようもなく苛めてくる皆本を睨み返す事しか出来ないでいた。

 薫が焦らされる事で、彼女の感情が激しく揺さぶられている様子を頗る楽しんでいる皆本であったが、

焦らされるのは嫌だという顔をされ、いつものように彼が根負けしたように、彼女の願う事をする事だけ今日に限りしない。

 あくまで、薫に行動を取らせたいのだ。

 皆本に対して、彼女が本当に彼に求めして欲しい事を口に出さない性格を知っているからこそ、

このような意地悪な態度になっている。

 もっと、自分の欲望に素直になればいいのにと、常に思いながら。

 そのような面は、嘗ての皆本にもあった。

 人よりも出来すぎた事が多く、誰にも嫌われたくないと、周囲の大人の顔色ばかりを見ているうちに、

優等生の仮面を付けて生きることが当然となっていた。

 まだ幼かった『ザ・チルドレン』と出逢い、ある意味強引な形で彼女達の主任となった後でも、生真面目さで、

自身の欲を出さないで常に自分を抑えながら生きてきたのだから。

 そんな彼の考えと生き方を変えてくれたのは、言うまでも無く目の前にいる薫であり、

強すぎる自制心という枷から解放してくれた人なのだ。

 十という年齢にも、エスパーや普通人という枷にも関係無く、ただ愛しさを全身から溢れ出しながら、

薫を彼の腕で強く抱く事が出来たのだから。

 ありきれた世の言葉で、何よりも誰よりも愛しいと良く聞くのだが、昔、

儚い時間を過ごしたキャリーに抱いた際も、深く抱いたのだが、今はそれ以上に強かった。

 あの頃は、まだ恋と愛との境界線にいた青く若かった彼であったが、今はもう青年時代を過ぎ、

確かな愛情を薫に抱きながら、彼は目を反らす事無く、全力で受け入れている。

 だからこそ、薫に対しての度の過ぎたともいえる愛情を彼女に向けてしまうのだ。

 少しある意味では、皆本は限度というものが、制御出来ない不器用さも兼ね揃えているのかもしれない。

 薫にも、自分と同じように自分に対して全ての愛情を自分にぶつけて欲しいという欲望を今、皆本は彼女に求めている。

 それを全て受け入れる自分に自身がある。

 薫が自分で求めてくるまで、待ち続ける長期戦の構えで皆本は、

彼女を焦らし続けていたのだが、遂に恥じらいも自制も根負けしたのは、皆本の策謀通り、薫であった。

「も、もっと…… して…… 」

 寝室以外の情が昂ぶっていない場で、ねだるようなこんな言葉を口にするのは耐え難く恥ずかしさが強い薫であったが、

自分の欲求はそれを遥かに上まわると、自分を抑えきれなくなっていた。

「何を ? 」

 ありきたりで、分かっているはずなのに、お約束ばかりと皆本は、

とぼけながらも、彼の中では、既にそれだけで興奮している自分もそこにはある。

 普段、小生意気でもある薫が、自分の手でしおらしくさせられるのは、たまらないのだ。

「皆本の意地悪っ ! 」

 焦らされる事に嫌気が差した薫は、何かが弾けたのか、念動力で少しばかり皆本の背よりも高い場所に浮かぶと、

彼の頭を包み込むように、邪魔な眼鏡を奪い去りながら高い視線で自らキスを与えた。

 してくれないのなら、自分から仕向けて求めるしか無いのだと行動に起こすしかない。

 しかし、キスされても皆本は平然さを勤めているのだから、薫の癪に障ったまま。

 負けず嫌いな性格でもある薫だからこそ、

自分が我慢しているだろう皆本を我慢出来なくなせてやろうという対抗心が芽生えていた。

 唇や、首、耳元、顔中へとキスを幾度も与えながら、自らを彼の中で絡ませながら誘い続けても、

今日に限り無反応すぎる皆本に、苛立ちと切なさが募りあがる。

 何故、私をこんなにも苛めるのだと、待っているのにと、次第に悲しさに薫は包まれていた。

「愛してよ、皆本…… 」

 堰を切ったように、薫はほろりと自らの零した涙が、皆本の頬に落ち、

そこからまた零れ落ちると、ようやく彼は浮いたままの薫の腰を腕で引き寄せ抱きしめると、

薫のしたものよりも深いキスを与えた。

「う…… ん…… 」

 簡素に、触れ合うだけのキスであったのに、薫にはただそれだけでも全身の隅々まで、

先程まで絶え難かった渇望感は嘘のように掻き消される。

 長い時間を掛けて与えられる愛撫によって与えられる愛情もあるのだが、

僅かな仕草だけでも満たされてしまうのだと薫は、今一度教えられた。


「薫」

 昔と変わらないで呼ばれ、薫は安堵と自分はここにいていいのだと、子供の頃から自問自答し続けた答えを確認する。

 自分は皆本の側にい続けるべきかと、迷い続ける日もこれから先、幾度もあるだろう。

 正直、知らされている未来の事に対する不安は、自ら変えられるという意気込みはあるけども、少しは胸に渦巻いてはいる。

 けれども、皆本がそれを払拭して自分を繋ぎ止めてくれるだとうという期待を強く薫は抱く。

 目の前にいる皆本が、自分を誰よりも愛し続けてくれるのだという確信を抱いているのだから。

 そして、彼女もまた誰よりも皆本を想っている。




 一方の皆本としては、そのような薫の思考は彼女の態度から簡単に察する事が出来て、悦に入ったような達成感を覚える。

 薫が自分に対する愛情を与えてくれ、それを漏らす事無く受け入れようとしている。

 互いに、相手に対する愛情の繋がりを確かに交わし紡ぐ事が出来ているのだからと、薫とは逆に不思議な安心感を彼は抱く。

 側にいるだけで、少し触れているだけで良い。

 いつかは、まだ若い薫は自分のするべき事を見つけ羽ばたいてしまう日があろうとも、

離れた場所であろうとも、互いを感じられるような強い絆を抱き続けていけられる関係であり続けたいと皆本は胸中に抱く。

 心は側にいるのだから。





「今日は、やはり僕が作るよ」

 そのまま微妙な雰囲気に入ろうとしていた皆本であったが、ここはあえて普段に戻そうと、

まだ呆然としている薫に代わり、夕飯を作ろうとしたのだが。

「薫 ? 」

「夕飯は後でいいから。先に、私にしてよ」

 ちらりと、皆本を片目で見つめると念動力で一人、そう言い残すと、寝室に飛んで行ってしまう。

 満足したまではいいが、それ以上にと貪欲的さが強くなってしまった薫の背中を見て、思わず皆本は苦笑を漏らす。

「まったく、薫の奴は…… これじゃ、食後ではなく、食前だぞ ? 」

 何処か顔をにやけさせながら、彼もその後に向うのだった。





                                         とりあえず、書き逃げ逃亡。
                                                        2010・7・3


 自分では、珍しいベタ甘話です。
 最近、全然、皆薫が書けないテンションでしたので、何も考えずに書いたらこんなオチ。
 冒頭だけは、6月の頭に書いたのですが、当初とは何故か全然違う着地点(爆)
 いやまあ、皆本が薫にベタボレ溺愛話と思っていただければと。
 こういう意味で薫苛めなら、絶チル界も無事平穏なのにねぇ。

 馬鹿っぷる話でございました。
 なんか、今は無性に小学生薫書きたい病が湧き出てきました(笑)





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