『出逢ってから…… 』
風が切なさを乗せながら、皆本の身体を通り過ぎる。
その瞬間、皆本の遥か高い場所に、彼は視線を奪われていた。
『な…… 何見てんだよ !? 』
『え、い…… いや、悲しそうだったから、
あの日、君の泣き顔を見た瞬間から、皆本の人生は大きく変わった。
ふと皆本は、リビングの壁に張られたカレンダーの暦を眺めながら
数年前の光景を懐かしむように思い出し、小さく笑みを見せた。
「どうしたの、皆本。一人でカレンダーを見ながら笑って」
彼の側にいた薫が、その様子を何だろうと気になり歩み寄って声を掛けてくる。
「いや…… ふと、今日だったんだと思ったんだよ」
「何が ? 」
「覚えていないのか ? 」
薫ならすぐに思い出すだろうと、考えていた皆本は思わず驚いている。
「全然、今日------- 二月二十五日なんか、何かあったっけ ? 」
全く薫には、本当に何の覚えも無いらしく、首を傾げる様子を見て、
思い出させようとした皆本は残念そうな顔を浮かべながら諦めて自分から話し始めた。
彼女はそこまで今日の事を--------- 九年前の事を覚えていなかったのかと。
「九年前…… 君と初めて出会ったんだ。バベルの研究施設で…… 」
その言葉を耳にした途端、薫の脳裏にその日のことが色濃く思い出される。
「あぁ…… そうなんだ…… 今日が…… 私、あの日の事は忘れられない程に覚えているけど、日にちまでは覚えてなかった。
皆本と初めて出会った日が今日なのだと、教えられてようやく気がついたのだ。
「薫が忘れているなんて、以外だったよ」
「忘れてたいたというよりも、正確に日にちを覚えていなかった……
あの頃の私は、今が何日だとか何曜日とかなんて、意味が無く関係の無かったから」
少し薫は過去を思い出し憂いを浮かべた。
それには皆本も理解しているようで、当時の彼女の心情がよく理解出来る。
当時の薫と紫穂と葵は、バベルに保護されているという名目で実際は、
レベル7というその強大な超能力を畏怖され、政府の管理化に置かれていた。
そこでの彼女たちは、普通の子供らしい我儘さであることを禁じられ、
外界から遮断されるように、ただその能力を利用させ続けられていたのだから。
周囲に怪物呼ばわりされ避けられ、実の家族からも彼女達の抱える
痛みを理解して受け入れてくれる存在は誰もいなかった。
だからこそ、人一倍同胞思いの薫は、自らを呈して唯一の理解者である二人を
何があろうとも守ろうと必死に大人達に抗い続けていた。
同じ痛みを抱く仲間を守ることで、自分の生存理由を保ち続けたかったのだ。
それにより、更に彼女達は孤立する運命を歩んでいたのだが。
未来に何の夢を抱くことの出来ない日々を過ごしていた中、バベルの医療研究施設に運ばれてきた薫と
皆本は偶然という必然的な出逢いを果たす。
それから色々な紆余曲折があり、現在に至る訳なのだが。
「なあ、薫…… あの時の君は、最初僕の事をどう思っていたんだ ? 」
互いに当時の事を思い出しながら、ふと皆本は薫に自分の事を尋ねる。
「どう…… って」
いきなり尋ねられた薫としては、どう応えるべきか少し困惑していたのが、少し間を空けるとこう返す。
「…… 正直、嫌な奴だと思っていたかも」
その一言に、皆本は予想外の衝撃とショックを受け動揺する。
「嫌な…… 奴と思われていたのか…… 」
語尾に行くに連れて、消え去りそうな声で皆本がうな垂れるように首を下に下ろすのを見て、
さすがに薫も言いすぎたと罪悪感を覚えた。
「ゴメン…… 言い過ぎたかもしれない。語弊な言い方だった……
嫌な奴とは思ったのは、私の心の中にあった気持ちを見透かされたからなの。
『悲しそうだなって』というのは、本当に図星で、それを見ず知らずの奴に気付かれたのが、
無性に腹が立って、思わず皆本を壁にめり込ませてしまった……
あの頃の私は、本当に後先考えずに、感情だけが先走る子供だったなと反省している」
過去の自分の感情を思い出し、今更ながら当時の自分の何も知らない子供さは恥ずかしく思えるばかりである。
ただあの頃は、誰にも触れられたく無い自分がある反面、誰かに自分を見て受け入れて欲しいと、
誰に伝わる事も無く、救いの手を求めていた時期でもあったのだから。
その役目ともいうべき事を、皆本が何も知らないまま、手を出し伸ばしたのだから、
薫が警戒しながらも、激しく心を動かされたのも事実。
「薫の性格らしいと言えば、そう言えるかもな…… 僕から見ても、あの頃の薫は、
色々な意味で自分だけに強い負担を抱えすぎていたのに、それを誰にも吐露しない子だとは僕も気付いた」
薫の頭に皆本は右手を乗せると、愛しむ様に優しく腰まで伸びた髪を撫でる。
彼女が幼い頃から、いつもそうやって彼の愛情を与えるように触れ合う癖ではあったのだが、
子ども扱いされているような仕草ではあるのだが、薫にはそれが不思議と心地良く心安らげていた。
掌から皆本の優しさと温もりが伝わってくるのを確かに感じられていたのだから。
「あの頃は、本当に生意気で可愛くない子供だったのは認めてる。
でも、今の私はもうあの頃の私では無いから、誤解しないでね」
過去を恥じる事は無い薫ではあったが、流石に子供の頃の態度の悪さはバツが悪いのか、
言い訳をする姿に、皆本は少し口元を緩ませた。
「分かっているよ。君はもう大人だ。子供の頃の自分を冷静に見つめかえられる程に成長している……
だから薫を僕の大切な女性として扱っているよ」
言葉の途中から、どこか気恥ずかしいのか皆本は僅かに頬を赤らめている。
「ありがと…… 皆本」
その言葉に甘えるように薫は、隣にいる皆本へ自身の肩を寄せた。
「なあ、薫…… あの時はともかく、今は僕の事をどう思っているんだい ? 」
甘えてくる薫の仕草に頼られている自身を嬉しく感じながら、皆本はふとこんな質問をかける。
「今は…… って、分かっているじゃない」
「分かっているだろうと言われても、僕には言葉で言ってくれないと分からない」
皆本に対する薫の気持ちなど当に分かっている質問に薫は、
未だ照れがどこかあるらしく言葉に出さない様子を目にして、わざと意地悪気を皆本が出した。
「皆本の意地悪…… 」
照れ恥ずかしい言葉を言わせようとする皆本に、薫は顔を渋らせながら文句を吐く姿を見て、皆本は内心で楽しんでいた。
薫を困らせながらも、自分が聞きたい一言を言わせるために誘導させたい思惑もある。
戸惑う様子を垣間見たいという意地悪とも言えた。
それを薫もまた気付いており、あえて言わせる皆本に多少苛立ちはしたものの、
ここで自分が怒っても意味は無いのだからと、この場は抑えながらも、自身の言葉を素直につむぐ事にしたのだった。
「大好きよ…… 皆本の事は、子供の頃から…… 今はあの頃よりも、ずっと何倍も……
あの時、初めて私は私の姿を見つめてくれる人と出逢えた事に感謝している」
直に告白するような言い方に未だ照れ臭さが隠し切れないままでありながら、
薫は素直に彼へと自身の思いを再度告げる。
何も隠す事も無く、本心から皆本の存在が、将来に何の夢も抱く事も出来なくて、
生きることに荒み腐りきっていた自分の姿を見つけ、救い出してくれた事に、
今なお薫は皆本に深い感謝を覚えながら、反らす事無く真っ直ぐに彼に思いを込めた視線を向けた。
皆本自身も、その視線を真っ直ぐ受け止めるように、彼もまた薫を全身で受け入れるように見つめ返した。
薫からの言葉を彼女の口から聞きたいという願いは叶い、それだけで十分満足なのであるのかもしれない。
しかし、皆本があえて薫に口で言わせたかったのは、実の所……
薫が、彼自身を想い見続けてくれているという確信の言葉を聞きたかったのだ。
薫が自分の存在だけを想ってくれているのを。
子供の頃とは違い、今では相思相愛ではある二人ではあるのだが、
それでも皆本には薫の気持ちには些か不安があったのだ。
本当に、自分だけを見続けてくれているのかという。
だからこそ、子供じみた意地悪のような方法で、彼女を試したかったのだ。
「ありがとな、薫…… 」
薫の言葉を聞いて安堵した皆本は、薫を自分の腕の中に引き寄せると、包み込むように抱擁する。
「今度は、皆本は私の事をどう想っているの ? 私だけ言わされるなんて、フェアじゃないもの」
その質問は、確実にされるだろうと読んでいた皆本は、ふっと小さく笑いながら迷う事なく紡ぐ。
「言葉に表現出来ない程に愛しいよ、薫。一時も、手放したくない程に」
抱きしめていた腕の力を更に深めながら、互いの鼓動が伝わる程に皆本は彼女を抱きしめる。
口下手で女性を喜ばすような言葉を上手く言えない皆本は、せめて自分の深い愛情を行動で伝えようとしているのだ。
それは薫にも、全身に深く響き染み渡るように伝わり、愛されているという安心へと繋がる。
皆本が自分だけを見て、自分を常に欲していることに何も不満などないのだから。
しかし、薫自身は、いつまでもこうして皆本との距離を保ちたいとは強く想いつつも、
心のどこかでは、それを完全に受け入れられない自分がいるのにも気付いていた。
即ちそれは、自分がエスパーであり、エスパーと普通人との世界情勢のきな臭くなった現在、
自分が何をするべきかと本能が騒ぎ続けていた。
揺らいでいる薫ではあったのだが、それを皆本にも、幼き頃からの親友である紫穂と葵にも一言も、態度にも出していない。
誰にも心配をかけまいとしているのだ。
中学の頃に知らされた予知の中では、皆本の元を離れ、同胞を救う為に生きる自分の姿を知ってはいる。
その時期は近いと感じながら同時に、本当にこのまま幸福を手にしたまま皆本の元にいていいのかと抱きつつも、
愛される女性本能が今は勝り、彼の元に居続けていた。
皆本が側にいれば、自分は大丈夫なのだと自分に言い聞かせるように。
「薫…… 」
ふいに、皆本は胸の中にいる薫の頬に手を添えながら唇にキスを与える。
抑えきれなく込み上げる愛しさを与えたかったのだ。
薫もまたそのキスを拒む事無く、受け入れ情熱的に交わしていた。
皆本に愛されているという実感を、強く感じながら。
互いの愛情を確かめるように交わし続けるキスの中で、皆本は薫が自分以外の事を考えている本心に実は気付いている。
彼女を支配している常に同胞を救う為に生きたいという本能が叫んでいるのだと。
だが、それを無理やり止める事など皆本はするつもりはない。
そんな事をしてしまうのは、彼女の生き方を抑制し干渉し自由ではないのだ。
薫の生きたいままにさせるつもりで彼は考えながら今に至る。
自分で考え決断させる事が彼女を尊重しながら、いずれパンドラに赴いたとしてもだと。
離れる時が来たとしても、それが悲劇な結果の予知に繋がるとは限らない。
互いに生きることに葛藤しながら、答えを見つけ出せばいいのだ。
本当に自分達が生きていく術を--------
「皆本…… ? 」
無言で抱きしめている皆本に対し、薫は彼が何を考えて想っているのかは、彼女もまた見等が着いてはいた。
ただ、お互いにそれを口にする事は今まで一度も無いのも事実で、言いづらい案件なのかもしれないが、
互いにそれは自分で解決する問題なのだと、避けるように自分の中でしまい込んでいる。
心の中では、触れたくない事実に正面からぶつける事の出来ない逃げがある。
それが、次第に互いの中で隙間が出来始めているのも、気付きはしているのだが、
しかし皆本はそれを払拭するように、薫を抱いて自分を安心づけようとしている。
「どんな出逢いであったとしても、僕は薫という存在に出逢えたのだから感謝しているよ」
自らに渦巻く不安を払拭するかのように、腕の中の薫にそう語りかけながら、
抱きしめている皆本の胸中では、彼女と出逢えた事に後悔など覚えてもいない。
幼き薫と出逢ってから、十年近くが経過しようとしている間、運用指揮官になった頃の薫は、
本当に我儘と生意気で、可愛気もない手の掛かりすぎる子供であったのだが、共に過ごす時間が多くなり、
思春期を迎え次第に普通の女性らしさが前に出るにつれて、
いつしか子供としてしか見ていなかった皆本もまた、気がつけば薫の女性としての魅力に捕らわれていたのだから。
いや、女性という枠ではなく、一人の人間として--------
自身よりも、誰かの為に生きようとする生き方が切ないという同情が最初はあったのかもしれないが、
そんな彼女だからこそ、誰かが守ってあげなくてはいけない------
それは、自分がするべきなのだと皆本は自然と自分の責務としていた。
薫もまた守られているという幸福を感じつづけているのだが、それだけでは満足できないでいる自分もいる。
皆本との恋愛だけでは、自分は満足出来ていない渇望感が渦巻いていた。
自分を満足させ、納得出来る答えを見つけることは出来るのだろうかと。
僅かなすれ違いを見せ始めてはいる二人ではあったのだが、これだけは互いの中で同じ想いを抱いている。
この先、どんな結末になろうとも、二人はあの日出逢えた必然的偶然という運命を後悔などしていない。
自分は、この人と出逢う為に生まれてきたのだから。
辿り着いていない未来に絶望などする必要は無いのだ。
未来は自分の力で切り開く物である。
その強い信念こそが、二人を結び繋ぎ止める絆なのかもしれない。
出逢えた事こそが、人生での最大の幸福なのだ。
そう胸に深く刻み込まれているのだった。
終。
2010.03.21
皆本と薫が初めて出逢ったリアル日記念SS……なんですが、出来上がりが出逢い日から
既に一ヶ月近く経過していてUPできた始末です(汗)
珍しくベタ甘なSSを書こうとしていたのに、最後は何だか煮え切らないぐだぐだっぷりでした。
まー皆薫のすれ違いは、皆本が優しすぎるという気がしてたまらない最近。
薫のためにと考えすぎる性格に見えますし。
それが、将来の離反に繋がるような。
自分で書くSSで皆本も、強引さがあればいいんですけど、未だ実現せず(苦笑)
ブラウザの×でお戻りください。