『花火』

 

 九月に入り昼間は、まだ茹だる様な残暑が続くのだが、夜は秋のような涼しさが訪れ、

もう夏も終わろうとしている。

 そんな時期のある日、皆本は薫を誘い夏の風物詩ともいえる花火大会に足を向けていた。

 花火を見終えた後、二人は帰途に着く人々を避けるように、

人気の少ない川沿いの堤防をゆっくりと二人浴衣姿で歩いている。

「人ごみだらけで、あまり見えないところに連れて来てしまって、すまない」

「別に気にしてないよ。花火大会ってそんなものだよ。少しは見えていたからそれで十分」

 花火見物の格好のポイントを抑えたつもりの皆本であったのだが、

他の人々も考えていることは同じで、結局烏合の衆がそこに押し寄せ、

ごった返す状況でしかなかった事を皆本は謝罪するのだが、薫は笑いながらそう答える。

 資料や、分析を重視する皆本の性格では、

いざ実際の人間の行動が把握できなかったともいえる。

「気遣わせてしまったな」

「だから、そんなこと気にしないでよ。

どうしても見たいのなら念動力で皆本と誰もいない空の上で見ていたよ…… 

でも、人ゴミの中で、ずっと皆本が私を庇ってくれていた方が良かったから、そうしなかっただけ」

 本音を少し出して、薫はほんのり頬を染める。

 その恥じらいの仕草が、皆本にはなんともいえない高揚感と嬉しさが募る。

 数年前までのやんちゃで女の子らしくもなかった薫からは想像も付かないほどに、

目の前にいる薫は年頃の女性らしさを魅せ皆本を惹き付けていた。

 薫を異性として恋愛対象として見始めたのはいつだったのかは分からない。

 ただ気が付いた時には、既に薫に魅了され恋に落ちていたのだ。

 あれだけ、十歳もの歳が離れた子供相手に恋愛対象などありえないと

豪語していた彼には皮肉な結果にもなったのだが。

 結局の所、恋愛に歳の差など関係無いという結論という現実を受け入れることになった。

 隣で屈託無く微笑む薫が、愛おしく大切な存在なのは確かのだと皆本は、

過去の自分の行動に今では苦笑を浮べている。

「夜風、気持ちいいね。」

 二人は堤防の土手の中腹に腰を降ろしながら、少し休憩をしていた。

「もう、虫の音は秋の虫ばかりだ…… もう、夏も終わりなんだな。すぐに秋が来て冬が来て--------

 すぐにまた夏が来る」

 時の流れの速さを実感しながら皆本は、感慨深く呟く。

「子供の頃は一年でさえ長く感じていたのに、

大人になるとあっという間に過ぎてしまうのは不思議なものなんだね。

私も来年には二十歳になる…… 私と出合った頃の皆本と同じ年になるんだ…… 」

 薫もまた同じように感じているのを耳にした皆本は、

頭の奥底に渦巻いている忌まわしい未来予知を浮かび出される。

 予知されたあの薫は、間もなく訪れる彼女の姿なのだと。

 今の薫からは、予兆はまだ感じられないのだが、

数年前頃から薫自身は明らかにエスパー全体の境遇を深く捉え考え始めているのは知っている。

 それに、あの能力の開花----------

 元々、周囲の痛みを自分にも反映させてしまう性格でもある分、

その気質ゆえに、徐々に対立が大きくなる普通人とエスパーとの動向が皆本には気になって仕方ない。

 愛しく自分を慕い思ってくれている薫が、自分の元を去る日などありえないと思いたいのだ。

 今置かれている自分達が、予知された未来の道から反れたのかも分からない。

 それを知る術も無く、皆本は予知から逃避するかのように目の前の薫との恋愛に没頭していた。

「うわっ ! 」

 しばし自分の中に入り込んでいた皆本の頬に冷たいものが触れ、思わず声を上げる。

「ゴメン、驚かしてしまった ? なんか皆本疲れているみたいだったから、

しばらく側を離れていたついでに、これ買ってきたんだ」

 少し申し訳無さそうな顔で薫は、彼の目の前に冷え切った缶ビールを差し出す。

 考えに更けていたのは、ほんの一瞬だったはずなのに、

いつの間に側を離れていた事さえ気がつかなかったのかと、皆本は少々自分で呆れる。

「いつの間に…… 」

 そう言いながらも、差し出されたビールを受け取る。

 よく見ると、薫の手にも同じようにビールが握られていた。

「こら薫、君はまだ未成年だろ ! 」

「そのくらいいいじゃない、一歳程度なんだから。あいからわず、頭固いね」

 未成年である薫の飲酒を咎める皆本に、薫は顔を渋らせる。

「仕方ないな…… 今だけだぞ」

「ありがと、皆本〜話わかるじゃん」

 どう考えても、飲む気満々の薫を止められそうも無い皆本は、今夜だけは大目に見ることにした。

「乾杯 ! 」

 缶ビールを合わせながら二人は堤防で水面の傍に移動し腰を下ろしながら、乾杯を上げる。

 じっくりとビールを味わう皆本に対し、薫は豪快に飲んでいる。

「お、おい、そんな一気に飲むと酔いが早まるぞ ! そうじゃなくても、あまり強くないんだから君は」

 一気に飲んでいる様子が心配そうに声をかける。

 事実、下戸まではいかないが薫は余り酒が強くは無い。

 飲んで虎になることはないのだが、酒が弱いなりに後が面倒な事が多々あった。

 過去の事を含めて、何だかんだと皆本は薫の飲酒には甘い部分もあるのは確かだ。

 例え彼が何度注意しても、紫穂や葵とこっそり酒盛りしている事を知っている。

 既に、未成年の飲酒を注意する義務を既に彼は諦めの極致にあった。

「あー、やっぱり旨いなぁ〜」

 本当に旨そうな顔で口元を拭う姿を横目にしていると、

子供の頃のようにセクハラ言動が出てこれば完全なるオヤジ状態である。

 最近は、恥じらいというものを知ったらしく、

 自分で出さないように気をつけているつもりらしいが、

 しかし、なんだかんだとオヤジ化は未だに続いている。

 それを思い出すと、皆本は苦笑しか浮かばない。

 それは、薫の本分なのだから、仕方ないのだと。

「ついでにこれも買ってきたのだ」

 缶の中身をお互い飲みきった頃、薫は横に置いてあったビールが入っていたコンビニの袋から、

小さな手持ち花火の袋を取り出す。

「もう夏も終わりだから、半額で売っていたのだ…… 

しょぼいかもしれないけど。こういうのもたまにはいいかと思って」

「思い出してみればもう随分と、花火なんかしていなかったな…… 薫が子供の頃以来だな」

 懐かしく思った皆本は、薫から花火の袋を受け取ると、進んで自分から仕度を始めている。

幾つになってもお互いにそんな童心は残っているのだ。

 色鮮やかに火花を散らす花火を手にしながら、薫は穏やかそうな顔を浮かべ、

それを静かに見つめて、色んな種類の花火に火を着けて、それぞれを楽しんでいる。

 皆本もまた楽しみながら喜んでいる薫を見ながら、自分で花火に蝋燭で点火させるのだが-------- 

どういうことか、火花は出ずに燃えるだけ

「あ、あれ ? これ不発だな。時化っていたみたいだ」

 残念そうに皆本は、燃えていくだけの火を振って消しながら呟く。

「売れ残りでもあるし、不良品もたまにはあるのだね。でもそれも花火の醍醐味じゃない ? 

変な物に当たったりするのもさ」

 皆本の様子に口を手で押さえながら面白そうに笑いつつ、

薫は今、自分が火をつけようとしていた花火を皆本に差し出す。

「そうだな、そういう風に思えば面白く感じられるか。

予想していたよりも期待はずれな花火だったりとかあるからな」

 過去にそういう事もあったと、彼もまた思い出し笑いをする。

「そうそう、同じ外見で同じ中身が詰められていても、

火を付けたら一個一個が別物なんだよ。それぞれが違う火花の輝きを持っているから…… 

燃え終わる時間もまばらだし…… 私さ、花火見ていると、

なんだか人も同じようなものなんだと思えるんだ…… 

ちゃんと真面目に役目を果たすのもいれば、そうじゃないのもいる…… 

元を辿れば皆同じだったのにね」

 ふと、急に薫が漏らした言葉に、皆本は一瞬、胸打たれる。

「薫…… 」

「なんてね、ちょっと詩人めいちゃたかな。綺麗で儚い花火の姿はずっと思い出となる…… 

その響きに少し憧れてしまったかもしれない。私にはそんなの全然似合わない言葉だけどさ」

 自嘲気味に笑う薫を見て、皆本はそんな事を口に出す薫に儚さを感じられずにいられない。

 常に本音を口に出して行動しているように見える薫だったが、

本当は自分の事よりも周りの事を優先してしまう子だと知っている。

 この先、自分の幸せを捨ててまでも、他の誰か達のために生きてしまいそうな薫を見ていると、

彼女の方のその生き方が、不安と儚さが彼の中で湧き上がるのだ。

「皆本…… 」

 ふいに皆本の肩に、薫が身体をもたれ寄せる。

これは、いつも彼女が彼に甘える仕草だった。

「なんだ、薫 ? 」

「ううん、なんでもない…… なんだか酔っちゃったから、ただ、こうしていたいだけだよ」

 そう答えている顔は、ほんのりと赤くなっていた。

 アルコールにあまり耐性のない薫は、やはり酔いが後から回る。

 酔ってしまうといつも、普段以上に周囲に甘える過ぎる事が殆どだった。

 いや、酔ってしまうこそ、彼女の本音が素直に出てきているのだと、

皆本は以前から気がついている。

 本当は誰よりも甘えたがり屋で、寂しがり屋なのだと。

 常に誰かの温もりを欲しがっている。

 だからこそ、彼はその場所となり、与えていた。

「そうか…… なら、しばらく寝ていてもいいぞ」

 優しげに皆本は、薫の肩に手を置き囁く。

「そうする…… 」

 皆本の言葉にうなずく様に、薫はそのまま目を閉じた。

  

 静かな、河の流れのせせらぎだけが、耳に入る。

 微かな寝息を漏らす薫に肩を貸したまま、皆本は無心でその光景を眺めていた。

 穏やかで、安らぎを感じられる時間。

 何も考えることなく、ただお互いの温もりを感じるだけでいられることだけで全てが満たされている。

 これを、『幸せ』と呼ぶのだろう。

 皆本は、眠っている薫を見つめながら、この時間がいつまでも続く事が出来たのなら-------

 そう胸の内で呟いた。

 先ほどの薫の言葉が脳裏に過ぎる。

『人生は花火のよう------- 』その言葉が、未だに彼の胸に色濃く残る。

 生まれてくる過程が、誰でも同じと言うのに、それから先は誰一人違い、

それぞれの輝きを持って、人々の記憶に刻まれながらいつかは消えていく。

 薫もまた、そんな生き方に憧れ望んでいる。

 ただ、何もしないで生きているよりも、

自分がしたいことをやり遂げながら人生の火花を散らしたいのだと。

 予知された薫もまた、その気持ちを強く胸に抱だいていたのだろう。

しかし、その思いも叶うこともなく、未来の彼の手により命の火を散らされてしまうのだ。

 あの薫は、今が自分の最後の瞬間なのだと悟っていたのかもしれない。

 自分がいなくても、もう起こされた事態は、彼女の手から離れ、

誰にも止められずに突き進んで行くだろう…… と、己の志の終わりに気付いたのか。

 だからこそ、殆ど抵抗することもなく、撃たれてしまったのか。

 彼を裏切り続けた最後は、せめて彼の手で、その人生を終わらせてもらいと---------

 そんな薫の生き方は、身勝手で、寂しく辛すぎる。

 幸せだったと言えるのか分からない、短い人生。

 皆本に、永遠の心的外傷を負わせるだろう忌まわしい思い出の記憶だけを残して--------

(そんな思い出など、欲しくも無い。ただ欲しいのは、薫とその予知を乗り越え、

その先に続けられればと願う幸福の思い出だけだ。それを手に出来るのかさえも、

今の僕には不透明で不安しか残らない)

「 ? …… 薫、起きたのか ? 」

 再び胸中を襲う、堪えられないほどの不安に苛まれていた皆本の手を、薫がその上から触れる。

「うん…… なんだか、とても幸せな夢を見ていたんだ」

「夢 ? どんなのだ ? 」

「秘密…… 恥ずかしいから」

「言えないような夢なのか」

「そうじゃないけど…… すごく暖かくて、幸せな夢だよ。あんな夢が叶えればいいと思うほどにね」

「薫…… 君は幸せかい ? 」

「とても幸せだよ、皆本は ? 」

「…… 僕もだよ」

「よかった…… ねえ、また来年もここに来ようか-------

ここに来て、二人で幸せ分かち合うためにさ」

 嬉しそうに微笑んでいる薫を見て、皆本は胸に痛みが走る。

 来年のこの時期まで、薫は本当に自分の側にいてくれているのかさえ分からないのだ。

「そうだな、また来年な-------- 」

 自分で口にした『来年』という言葉が、何よりも重く辛さを感じられずにはいられなかった。

 願わくは、薫に来年も、更にその先の来年を共に迎えてくれればと祈りながら。

 全てを乗り越えて、この手に出来るように--------

                               終わります(汗)

 ◆残暑見舞いとして書いたつもりが、既に9月……間に合いませんでした(おい)

 間に合っていれば、時期限定のフリー配布にする予定でしたが、玉砕。

 なので、諦めて本文に9月と銘打ってしまいました。

 それはそれとして

 毎度毎度の皆本、一人予知未来苦悩ネタ連発です。

 書いている自分も、いい加減ワンパターンでマンネリを感じています(苦笑)

 しかも皆本視点ばかり。

 皆本、あんた未来に囚われすぎーと、言いたいですが、囚われているのは、実は書いている自分だったりします。

 いい加減、未来予知ばかり書いているのを、ほどほどにしておきます(苦笑)

 でも、皆薫で書いていると、基本が未来予知の対峙する二人がキーになってしまうのは、

どうしょうもない事実ですので、かなりそれを避けて書いていても、どこかしら、匂ってくるし(汗)

 かと言って、全く避けたネタを自分が書くと、馬鹿ネタばかりになります(苦笑)

 今後は、馬鹿ネタも時々出しながら、なるべく予知関連を避ける方向で、薫視点モノを

書こうと思います。薫視点だと、何かしら乙女モードが出そうですが。

 おそらく次は、子供兵部の話になる予定ですー。