『向日葵』
黄金色に輝いた世界が一面に広がっている。
向日葵が咲き誇る花畑の上空を薫と皆本は、薫の念動力で浮かびながらそれを堪能していた。
『どこかに連れて行って』
薫の十四歳の誕生日の昼下がり、昨年に続いて紫穂や葵などの親友達に祝ってもらうつもりだったのだが、
薫の能力を求めた急な任務が舞い込み、文句を吐きつつも皆本と任務地である地方に向かう事になる。
与えられた任務は、意外と短時間に終わらせる事が出来たこともあり、
折角皆本と二人きりとなっていた薫は、皆本にそうねだった。
任務が終わり次第、早く戻るつもりだった皆本であったが、薫の半ばしつこい程のねだりに根負けし、
今日は特別なのだと薫の願いを受け入れる。
乗って来ていたバベルのヘリを返し、なんの目的も考えず念動力で田舎の平原道路の上空を走りながら、
たまたま通り道で見つけたのが、この向日葵畑であった。
休耕地に植えただけなのか、それとも観光に使いたいのは分からないのだが、
広大な土地に植えられたそれは貫禄と、見事さを出していた。
「すごいものだな…… 」
感嘆の声を上げながら、皆本は眼下の大輪の花弁を太陽に向け咲き誇る姿を堪能している。
彼もまたこんな光景は見たことが無く、大人気ないのだが子供のように楽しんでいた。
「あたしだって、初めてだよ。こんだけあると、向日葵じゃなくて絨毯に見えてくる…… ねぇ、下に降りようよ」
何かを思いついたのか、薫は花畑の中に舞い降りた。
二人が降りると、周囲の向日葵の方が高いために、身長が足りない薫はすっぽりその姿は隠れてしまう。
皆本の方は、身長は高いために首だけ上が花の間から飛び出している状態である。
傍から見れば、面白い光景であろう。
「上からじゃなく下から見ると、雰囲気変わるね。しかも、あたしの身長なんか余裕で超えている」
「下から見上げている方が一番、向日葵の大きさを知る事が出来るかもな。僕も子供の頃は、よく見上げていた」
「皆本も ? 」
超能力を使わずに手を伸ばしてようやく届く花を触っている薫の姿を微笑ましく見つめながら、
皆本は自分の子供の頃を思い出しながら、語り始めた。
「まだ小学生低学年の頃、自宅の庭に自分で種を植えて育てていた向日葵があったんだ。
元々、何かを育てたり作ったりするのは好きだった分、芽が出てからはまめに水をやったり何度も見に行っていたよ。
芽を見下ろしながら早く大きくなって花が咲いてくれないかと。でも、その願いはあっさり適いすぎたんだよな……
僕の足首まで伸びたと喜び、そして膝や、腰…… そしてあっという間に、
小さかった僕の背を追い越し、逆に僕を見下ろすまでに成長してた。
それを目にしたとき、なんか急に悲しくなった。弟分のように思っていた向日葵だったからな…… 悔しかったよ」
当時を思い出しながら皆本は、大人からみれば当然な事なのだが、
それを理解で出来ていない純粋な子供だった自分の姿が懐かしい。
まだあの頃は、知らない事が多く、それを知る事が楽しくて仕方がなかった。
今は、そんな純粋な気持ちはもう湧き上がる事すらない。
それが大人になってしまった証でもあろう。
「ふう〜ん、皆本もそんな頃があったんだ。でも、その気持ちはあたしも分かるよ。
あたしと同じ視線でいたのに、いつの間にか自分よりも上に登って違うところに行ってしまうとかさ……
ずっと一緒にいたかったのに何故って…… 」
過去にそんな経験があるのか、薫は少し苦笑いを浮かべながらも、
自分の身長と同じ高さの向日葵を見つけて、愛しそうに触れている。
「そうだな…… それに近いかもしれない。自分だけが取り残される気分になって、
向日葵の面倒を止めたしまった…… でも、母さんに叱られながら言われたよ。それが、
自然なんだって、常に成長していくんだと。向日葵には向日葵の生き方があるこそ、
庭に植えて合った他の木や花よりもより太陽の光を浴びたいから、
頑張って高くなりたかったって思う事にした。自分の願いを叶える為に必死に大きくなった姿をもう一度見つめて、
僕も諦めずに頑張って行こうと。努力を忘れない気がするからこそ、だから今でも好きだよ、この花は」
「必死なんだよ、向日葵も…… 同じ生きている同士だからそれも当然だけど。あたしもそうなれたらいいだけどな」
皆本の向日葵に纏わる話に感銘したのか、自分もまた叶えたいものの為に生きられればいいと胸に抱く。
それが何なのか、今の薫には漠然として本人でも分からないのだが、彼女にも夢があるのだ。
ただそれは、彼女がエスパーであるゆえに成就は酷く困難でもあった。
「『念じれば、花が開く』という言葉もあるんだ。頑張れば、叶うさ」
薫の頭に軽く手を置きながら、頑張れよとばかりに皆本は声をかけるのだが、
しかしながら、まだ子供扱いされている薫にとっては、あまり嬉しくはない。
「いつまでも子供扱いしないでよ、皆本」
「すまん。でも、君の年頃はどちらでもない年頃に思えて、どっちの扱いしていいか、正直、未だに悩んでしまうよ」
薫の事を小学生の時のように、まったくの子供扱いはしていないのだが、
それでも自分と同じような大人扱いも出来ないでいる。
確かに身体だけは、ほぼ大人に近いほどに成長してくれているのだが。
微妙とも言える世代の扱いは、壊れ物のように難しい。
まして女の子と言うと、メンタル面で異性の扱いが下手な皆本はなおさらである。
「全く、皆本はそういう所だけは成長しないんだね。でも……
去年のあたしより、今ののあたしは大人に近づいているでしょ ? 」
唐突とも言える薫の問いに、皆本は少し戸惑いながらも顔を少し緩ませて答えた。
「今の薫は、去年よりも大人になったよ。僕は側で君が成長していく姿を見ていられるだけで嬉しい」
少々歯の浮くような言葉に、薫は赤面しながらもそれが本心からだと伝わり嬉しい。
皆本に大人として見てもらえているのだと知る事が出来て。
「あたしは向日葵のように、これからもずっと成長していく……
いつか皆本と同じ視線になれるまでさ。その時まで待っていてよ !! 」
薫の中で、同じ視線になれた時の自分が皆本の目にどう映っているのかが気になる。
女性として見てくれながら、自分を恋人として選んでくれるのかが胸を膨らませ、希望と切なさを募らせる。
「あぁ、楽しみにしている。でも、薫は僕を超えるような人になるさ…… 僕が憧れる程に」
予知を知っている彼には、彼女の成長した姿が分かっているからこそ、そう思える。
二十歳になった彼女は、彼を惹きつけてたまらない存在になっているのは、
未来を迎える前から確信出来ていた。
「そうなれたらいいんだけどさ…… 皆本の知っている未来のあたしの姿には、ならないかもしれないよ ?
話だけ聞いている限りじゃ、そんな風になれそうもないけど」
彼女も知っている予知された自分のように、女性らしい女性になるのかと不安になっている部分も多い。
それに全く自信を持てないコンプレックスが薫にはあった。
「未来の事など気にしなくとも、薫は薫らしく毎日を生きていけば素晴らしい女性になる。自信を持てよ」
コンプレックスに気づいた皆本は、少しでもそれを払拭させるように今を生きるのが大切だと諭す。
未来は現在の積み重ねであり、今が未来を作るのだと。
不安だった薫には、その言葉が何よりも心強かった。
「そうだね。あたしはあたしらしくするよ。ありがと、皆本」
元気付けられた薫は、感謝しながら心から元気になるような笑顔で答える。
笑顔を向けられた皆本は、それが自分にとって偉大な太陽の光のように思えた。
その笑顔で、どれだけ自分の心を救って癒してくれたのか数え切れない。
薫という太陽の光を浴びる事が出来るからこそ、今を生きていられるのだ。
その光を求め守るために、絶え間ない尽力を尽くしたくなる。
いつか太陽に届くまで成長し続けたいのだと。
皆本の中に、今、薫に告げたい言葉が湧き上がる。
「改めて、誕生日おめでとう薫」
「あ、ありがと…… なんか、二人きりだけで言われると照れちゃうよ」
「言いたかったんだ。君が生まれた日だからこそ…… 」
真顔で皆本が薫に祝いの言葉を告げた為、薫はかなり赤面して動揺している。
基本、ストレート過ぎる褒め言葉に弱い性格でもあるのだが。
(一年、一年、本当に君は変わり成長している…… 来年、また一回り大人になった薫に逢うのを心待ちにしているよ…… )
未来に見た彼女の姿ではなく、今を生きる薫の大人になりゆく姿をゆっくり待ち望むのを楽しみながら皆本は薫に向かい、
今一度微笑むのだった。
終。
2009/07/29
14歳薫バージョンでの、薫誕生日話です。
向日葵をテーマに使いたかったので、強引に入れたら
微妙なテーマバランス。
しかし、全然薫が中学生らしくないような。
小学生薫書いているような気がしてきました(苦笑)
気を抜くと、大人薫の口調で書いてましたし。
…ちなみにまだ、夏コミ本のデッド締め切り間近の原稿最中なのに、
薫様を祝いたくて、突発です。
いやもう、自分の首を完全に絞めてます。
でも、年に一度の薫の誕生日にはお祝いしたい。
後のことを考えずに、兎に角書く!
…しかし、この話の皆本はこの段階で完全に薫にゾッコン化してます(苦笑)
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