『彼と彼女のひみつの会話』




 とある週末、ザ・チルドレンとその主任の皆本、友人の賢木、

 特務エスパーである梅枝ナオミ、ティムとバレットの8人は、郊外にあるキャンプ場に行く事になった。


 なぜ休日に揃ってこんな場所に来たかというと、夏休みということで、

皆本が自腹を切ってみんなを旅行に連れてきたのであった。

 実際には皆本がチルドレン(主に薫)の、圧力に耐え切れなくなったのが原因なのだが。


 “人数が多いほうがチルドレンも喜ぶ”

 皆本はそう思い大勢に声をかけたが、火に油とはこのことである。

 ザ・チルドレンはせっかくの皆本との旅行に水を差され相当不機嫌であった。

 一行は苦行のような車内の重苦しい空気をなんとか乗り越えキャンプ地に着いた。

 現地ではザ・ハウンドの初音と明、その指揮官である小鹿主任も加わった。

 明と小鹿はなぜか既に疲労困憊の面々を見て、首をかしげる。


 とはいえ最初は不機嫌だったザ・チルドレンもまだ中学生である。

 気心の知れたメンバーと川で遊んだりする内に楽しくなってきたようで、

結局最後にはみんなと一緒になってはしゃぎまわっていた。

 チルドレンには“皆本はそういう人”という認識があるので、今回の件についてはもう諦めがつきはじめていた。

 女心としてはつまらないと思ってしまうが、同時にそれは皆本の良い所であると理解もしている。

 そうとは分かっていても、未だに内心不機嫌だったのは薫であった。

 “皆本の奴…せっかくの旅行だっていうのに…。”



 夕飯はコンロを囲んでのバーベキューだった。これだけの人数となると相変わらずの騒々しさである。

 明は別のコンロで初音専用に肉を大量に焼いている。

「か、薫?肉が焼けたぞ。食べるか?」

 皆本は薫のご機嫌を伺うように話しかける。

 実はキャンプ地へきてから、薫は他のメンバーとは楽しそうに遊んでいるが、

皆本とはまだ一度も会話すらしていなかった。

「いらない。」

 ぷいっとそっぽを向く薫。

「おい、薫!?まだ拗ねてるのか?

僕が悪かったのは分かったから、今日はみんなも来てくれているし、とりあえず楽しんでーーー」

 最初は放っておけば機嫌も直るだろうと皆本は考えていたが、薫はまだふてくされている。

「皆本が勝手にみんなを呼んだんじゃん。

あーあ。楽しかっただろうなーあたしたちだけなら。」

「薫、聞き分けてくれ!どうやったら許してくれるんだ?」

 薫は自分では分かっていた。

 皆本が今回大勢に声を掛けたのも、自分達を楽しませようとしてくれただけ。

 薫が不機嫌となったそもそもの理由ーーー先日、

戦闘中に敵にキスされたのも不可抗力であった訳で故意ではない。ただーーー。

 “分かってる、分かってるけどーーー何だか素直に話せないよーーー!?”

「薫、いい加減にしろよ!?」

 皆本は自分にも非があるとは思いつつも、薫の執拗な不機嫌な態度に少し頭にきてしまった。真剣な目で薫を睨む。

 薫はそれに怯み、思わず手が出てしまう。

「み、皆本の…バカーーー!!」

「ぐはっ!???」

 サイコキネシスで地面にめりこむ皆本。

「薫っ!?あんた何をーーー」

「薫ちゃん!?」

 紫穂と葵もいきなりの出来事に驚く。

 薫は後ろめたくなり、サイコキネシスで森の奥へと飛んでいく。



 薫はキャンプ地からかなり離れた湖の近くに着地した。膝を抱え、顔をうずめる。

 “一番悪いのは、あたしじゃんか…”


 理由は分かっているのに、どうしようもない心の中のモヤモヤが薫から消えそうになかった。

 それに本気で怒っていた皆本に会うのが怖くて、みんなの元に帰りづらい。


 そのままどれくらいの時間が経ったのだろうか。もう既に辺りは闇に包まれている。

「…薫、こんなところにいたのか。」

「み、皆本…!」

 気が付いて振り返ると皆本が不機嫌そうな顔で薫の背後に立っていた。

 皆本は先ほどの薫のサイコキネシスのせいでボロボロである。
 
 そんな状態であるにも関わらず、ずっと徒歩であちこち探し回ってくれたようだ。

 薫は居場所がバレないようにと発信機をOFFにしていた。


“皆本、絶対怒ってる…嫌われたかもしんない。”

 自分の態度が原因であった訳ではあるが、皆本に嫌われたかもしれないと思うと、

深く傷つき、言い知れないほどの不安に襲われた。

「薫!」

 薫はビクッとして目をつぶり、首を竦めた。

“やばい、殴られるかもーーー”

 予想に反して、ビンタも罵声も飛んでこなかった。

 代わりに大きな体が薫を包む。皆本が薫を抱きしめていたのだ。

「み、皆本!?」

 怒られるとさえ思っていた薫は、予想外の皆本の行動に驚いた。

「薫、頼む、心配させないでくれ。君が居なくなったかと思うと、僕はーーー」


(知ってる?皆本…あたしさーーー)


 “万が一でも、君を失うことなんかにはーーー。

 いつかこうやって…こんな小さなケンカが原因なんかじゃなく…

本当にパンドラへと去ってしまう日がくるんだろうか……?”


「皆本…心配してくれてたの?」

「バカ、当たり前だろ!

 今回は僕が悪かった。今度は4人だけで旅行しよう。だから、もう機嫌を直してくれないか?」

 皆本はかがんで目線を合わせ、すまなさそうに言った。

 “謝んないでよ…悪いのはあたしだって分かってるのに…”


「ごめんね、皆本。今回のも事も、敵とキスしたのもワザとじゃないもんね。」

「薫…分かってくれてるんじゃないか。だったら何でーーー」

「あ、あたしはただ…アレだよ、フェザーがう、うらやましくてーーー」

 薫は自分でも、なぜこんなにバカ正直な気持ちを言っているんだろうと思いつつ、顔を真っ赤にする。

「薫ーーー」

 流石に鈍感な皆本でも、薫が言わんとすることを理解し、頬を赤らめる。

 皆本は中学生相手に一瞬でもドキリとした自分を戒め、話題をそらそうとする。

「お、お互い反省したってことで、これで和解ーーーってことでいいか?

 僕はどうも鈍感みたいだから、この際言いたいことがあるなら全部聞くけど…」

 その言葉を聞き、薫が意を決し、皆本の目を見上げる。

「み、皆本、あのね?今から言うこと、葵や紫穂にはナイショだよ?」

「ん?どうしたんだ、改まって。」

「あ、あの、あたしね?皆本の事、好きなんだ。男の人として、前よりずっと…!」


 言い切ると薫は恥ずかしさで皆本を真っ直ぐ見れず、うつむいて両手をぎゅっと握り締める。

「! 薫…その、君はーーー」

 皆本は薫に意識されるどころか、告白までされてしまい慌てる。


(10歳の時より10倍も皆本のこと好きなんだもんーーー)


 いつか見た夢を思い出さずにはいられない。

“どうやってもあの未来に近づいていってしまうんだろうかーーー”

 皆本は赤らめていた顔を、今度は曇らせる。

 表情の変化を察した薫はすぐさま訂正する。

「ごめん!皆本は大人で、あたしがまだ子供だって思われてるのは分かってるから!

 最近何か皆本を意識しすぎちゃってギクシャクするし、皆本のこと怒ってたり嫌ってるんじゃないって事を伝えたかっただけなの。

このままじゃ何かあたしらしくないし、さ。」

「ありがとう。薫の気持ちは嬉しいよ。」

皆本は薫の頭に手をやる。

「ホント!?」

 応えてくれないと分かっていて、こんな事を言うなんて迷惑だと思われるかもしれない。

 そう考えていた薫は緊張していた顔をわずかながら綻ばせ、皆本を覗き込む。


(大好きだったよ、愛してる。)


 皆本の頭の中に大人の薫が浮かぶ。

 右手を皆本に向けて、寂しそうに笑っている彼女だ。

「ああ、もちろん。…大人の君を僕はきっとーーー」

 皆本が喋りかけた時、傍で空間が歪んだ。


「こらっ、薫!!何回一人で抜け駆けすんなって言わせる気ィや!?」

「だめよー、薫ちゃん。そこまでよ!」

 テレポートで現れたのは葵と紫穂だ。2人は薫と皆本の間に割って入る。

「紫穂!葵!」

「いま何しとったんや、薫!皆本はん!」

「え、い、いや誓って何もしてないって!まじで!」

チームメイトであり、恋敵である葵や紫穂に、皆本に告白しただなんて口が裂けても言えない。

「いいのよ、薫ちゃん。言わなくてもちょっと触らせてくれれば…」

 紫穂がドス黒いものを感じさせる笑みを浮かべながら手を薫に向ける。

 皆本は慌てて紫穂を制する。

「こ、こら紫穂!勝手に超能力を使うんじゃない!

勝手に居なくなったから、薫にはお灸をすえてただけだよ。

さ、みんな心配してるはずだ。キャンプ地に戻ろう。」

「まー今回の所は皆本はんを信じとくけど、もう抜け駆けしたらアカンで!?」

「そーよ。次は全力で透視するからね」

「ったく、お前らは!!」

 呆れながらもチルドレンのいつも通りの調子に、皆本は安堵する。


 薫のサイコキネシスで4人はキャンプ地へ、飛んでいく。

 その途中、薫は葵と紫穂にバレないよう、そっと皆本に耳打ちする。

「皆本、さっきの話、葵と紫穂には絶対ナイショだからね?」

「ああ、分かってるよーーー」

 “言ったらこっちもとばっちりを食うもんなーーー”

 皆本は苦笑する。

 “けれどさっきーーー紫穂と葵が現れなかったらーーー僕はあの後何て言ってたんだろう…

 大人の君を僕はきっとーーー?”




                                                 END




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