『HOME SWEET HOME』




「住居の変更と指揮官の交代…ですか!?」

 突然のことに皆本は驚いて答える。


 ザ・チルドレンが小学校の卒業を目前に控える時期のことであった。

 それは政府とBABELの定例会議の場で命令された。出席していた桐壺が事のあらましを皆本に伝える。

「チルドレンはもう中学生だから、男の指揮官と常に一緒に居るのはまずいだろう、と政府が……。

 チルドレンは実家に帰して、指揮官も女にしろと言うんだ。

 今さら指揮官の変更など…あいつらまるで分かってないヨ!!ね、柏木クンっ!!」

子供のように悔しさで泣きながら秘書の柏木に同意を求める。

 いつもの事とはいえ、柏木は引きつった笑顔で頷く。

「ええ、全く同感ですわ、局長。今さら皆本さん以外に指揮官だなんて考えられないですもの。ねえ、皆本さん?」

「まあ、僕は日々精一杯やっているだけで…といってもまだまだ、アイツらに振り回されっぱなしですがね…」

 生意気でマセたチルドレンを思い出し、皆本は苦笑する。

「それでも確実に信頼関係は築かれてますもの。

それとも指揮官を辞めたら研究課に戻れるかも、なんてお考えに?」

「いえ、それが自分でも意外とゆーか、なんとゆーか…。」

 “そうだ、元々僕は志願して指揮官になったわけじゃない。

 最初は強引に指揮官に立候補させられただけだが…。

『指揮官を交代しろ』と言われて正直嫌だと思った。研究課のことなんてこれっぽっちも…。”

「意外?何がかネ?」

 喚いていた桐壺が体を起こす。皆本は恥ずかしくて本音は言えない。

「あ、いえ…」

「それにしても住居の件は…チルドレンと一悶着しそうですね…」

 柏木が心配そうに呟く。

「きっと反対するだろうネ。しっかり説得するんだヨ、皆本クン。」

 桐壺はちゃっかり嫌な問題を皆本に押し付ける。

 皆本もそこが問題だと考えていた。

 家族と暮らせるとはいえ、いきなり言われてもザ・チルドレンは拒否するだろう。

 ましてや実家となると葵は京都である。

 “一人だけ学校が違うとなると猛反対するだろうな。かといって3人だけで暮らさせる訳にはいかないし。

あぁ、これでまた当分残業続きだな…”



 その夜、翌日からは連休ということで、ザ・チルドレンの3人は久々に実家に帰っていた。

 皆本は珍しく静寂に包まれたマンションに戻る。

 ガチャリとドアを開け、真っ暗な部屋に足を踏み入れる。

「ただいまー…って誰もいないか。」

 部屋の電気を点けながら、つい皆本は独り言を言う。

 疲れていたので、とりあえずはカバンを置いてソファに座り込む。

視界に入ったダイニングテーブルを見ながら、ぼんやりいつもの生活を思い返す。



 いつもなら騒々しく3人が玄関まで出迎えてくれるはずだ。

 そして“お腹が空いた”ってぎゃあぎゃあ騒ぎながら皆本がご飯を作るのを待っている。

 ご飯ができたら4人で食卓を囲む。学校の話やテレビの話、チルドレンの3人からは話題が絶えない。

 “こら、野菜を残すな”なんて紫穂に散々注意したりしながら食事は進む。

 皆本が晩ご飯の片づけをして、チルドレンはどこにそんな元気があるのか、相変わらず賑やかに宿題をしたり、テレビを観ていて。

 あっという間に夜になって、朝が来て、また騒がしい1日がきてーーー。


 気付くと皆本の目は僅かながら涙ぐんでいた。

 皆本の脳裏には、止め処なくチルドレンとのささいな想い出が溢れてくる。


 皆本に兄弟はいなかった。

 仲が悪いわけでは全くなかったが、父は厳格であり、自分も早々に留学した為、家の中が騒がしいなんて経験がなかった。

 ザ・チルドレンと暮らし始めてからは逆に静かな日なんてなかった。

 最初のほうは悪さばかりするチルドレンの世話を煩わしいと感じずにいられないことも多々あった。

 しかし慣れてしまった今、この生活は悪くない…というより正直言うと皆本自信楽しかった。

 常に自分を迎えてくれる誰かが居て、

 時にはケンカもあるけど、いつも笑い合って。

 いつの間にかそんな日々が皆本にとって当たり前の日々となり、何物にも代え難いものとなっていた。

 今度の政府からの命令を受け入れたら、チルドレンとはもう暮らせないだろう。


 いつまでも続く事はないと思ってはいたが、いざそれが目前となると、これまでの日々の大切さを実感せずにいられない。


 “くそ、あいつらの指揮官になったことを後悔するどころか…今となっては良かったと思ってるんだろうな、僕は。”

 普段、わがままを言わない皆本は、感情を押し殺すうちにときどき自分でも本音が分からなくなるのだ。

 “しかし仕方ないことだし…感傷に浸っている場合じゃないーーー明日からは忙しくなる。”

 理性的な皆本はすぐに気持ちを切り替え、翌日からの仕事に備え、ソファーから立ち上がる。


 その後、猛抗議の末指揮官の交代は免れたが、それぞれの家族との話し合い、

薫は呉竹寮に、紫穂と葵は実家に戻ることが決まった。



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 チルドレンに実家に帰るよう命令するのには随分悩まされた。

 実際に最初命令を下した際には、予想通りチルドレンに猛抗議された。

 さらには葵が家出宣言をするなど大騒動まで起きる始末。

 しかし運良くというべきか、その際に葵がテレポートの暴走を起こした。

 成長期のエスパーの暴走の危険性を感じた政府はすぐさま提案を覆し、

ザ・チルドレンを指揮官の家に住まわせておくことを許諾した。


 ーーーその夜。


「あ、もしもし、かーちゃん?」

 紫穂や葵が寝静まった夜更け。

 薫は何度目かの入電で、ようやく母親と連絡がついた。

 女優という少々珍しい職業に就いている薫の母の秋江は、不規則な生活を送っており、連絡がつきにくい。

「あのさ、結局あたし寮には行かなくてよくなったんだ。

うん、そう。今まで通りみんなで皆本ん家に住めるんだってさ。」

 リビングの片隅のソファの上で薫は嬉しそうに母親と話している。

「うん、うん。え…そーなんだ。」

 そんな薫を皆本は温かく見守る。

『僕だって、別々になるのはイヤなんだよ…』

 昼間、葵にはつい吐露してしまったが、それが正直な気持ちなんだと気づいた。

 皆本も今回の結末を、口には出さないが薫同様に嬉しく思っている。

「うん、分かった。じゃあね、おやすみ。」

 薫は電話を切って、皆本に振り向く。

「電話終わったのか?」

「うん、かーちゃんがね、皆本によろしく伝えてくれって。」

「そっか。」

 薫はさきほどの笑顔のまま、室内を見渡す。

「どうした?薫。」

「あたしさ、本当に嬉しいんだ。またこの家で葵と紫穂と、皆本と…また暮らせるってのがさ。」

 薫は照れくさそうに本音を伝える。

「薫…」

「あたし達ってさ、小さい頃からバベルに隔離されてたし、

それにあたしの実家は本宅に帰れない生活だったじゃん。

 だからどこに居ても、ただ生活してる場所ってだけで、

“家”だなんて思えるようなところはなかった。

 だから一家団欒だなんて言葉にちょっと憧れてたりもしてたし。

けどここでみんなで暮らすようになってから叶ったんだよ。

 葵と紫穂と同じ場所に帰って、皆本が作ってくれた温かいご飯をみんなで囲んでーーーそんな毎日が楽しくて。

 ここがあたしにとって初めてで唯一の“家”と思えるようになった場所なんだよ。」

「そうか…。」

 皆本は薫も自分と同様に、今の生活を大事にしてくれていることに安心する。

「薫の気持ちがちょっとは分かるよ。

 僕も早くからコメリカの寮で一人暮らしだったし…。

 今回こんなことになって気づいたよ。今の生活がどれだけ自分にとって大事なのかって。」

「良かった。分かってると思うけど、葵と紫穂もこの家のこと、すっごく大事に想ってるから。みんなにとってのホームだね。」

「ああ。血は繋がってなくても、エスパーでもノーマルでも…僕らは家族同然だよ。」

「…そういえば、さっきかーちゃんが電話で言ってた。皆本、かーちゃんに別居のこと連絡したとき

“チルドレンが居なくちゃ暮らしていけない”って言ってたらしいね!?」

「んなッ!?言ってねえ!!!」


 そのとき、皆本の傍で空間が歪む。

 現れたのはとっくに寝たと思っていた葵と紫穂だった。

「皆本はん、今日ウチが暴走したとき、“僕だって一生君達と暮らしたい”って言うとったで!」

 葵は事実をかなり婉曲して伝える。

「あら、皆本さん、政府にチルドレンと別々に暮らせって命令されたとき、号泣してたみたいよ?」

 ソファをサイコメトリーしながら、紫穂もまた事実をかなり誇張して伝える。

「なーんだ!やっぱり一番寂しがってるの皆本じゃんかっ!!」

薫が悪ノリして皆本をからかう。

「こら、お前ら!!根も葉もないことを言うなっっ!!!」

「でも政府のオッサンら、ウチらが高校生くらいになったら、また何や言ってくるかもしれへんで?」

「あり得る!何か対策を練っとかないとな。」

「あら、高校生なら問題ないんじゃない?だって年齢的にも誰かが皆本さんと付き合っちゃえば

同棲ってことで・・・あ、それだと2人しか一緒に暮らせないわね。」

 しれっと言う紫穂。

「それ(だ)(や)!!」

 一斉に同意する薫と葵。

「そうとなれば皆本さんに1人選んでもらわなくちゃね?」

「皆本っ!!この中で付き合うとしたら誰だっ!?」

「ウチ、まだちょっと怖いけど…」

 あっという間に3人は勝手に話を作っては盛り上がり、騒がしくなる。

「こらーーーっっ!!お前らバカなことばっか言ってんじゃない!!

明日も学校だろ!さっさと寝ろ!」

 調子に乗ってきた3人を諌めるべく、皆本は怒鳴る。

「「「は〜い。。。」」」

3人は十分面白がって満足したのか、素直に寝室に戻っていく。


 “ったくコイツらは…成長してるんだか、してないんだか…”

 先日卒業式で涙し、小学生だったチルドレンを懐かしんでいた皆本だったが、3人の相変わらずさに苦笑する。

 “でもこんな当たり前の生活が、僕にとって大事なんだーーー”

 失いかけて気付いた、“当たり前”の大切さ。

 これからは1度過ぎるともう戻ることのない貴重な日々を噛み締めていこうと思う皆本だった。


                                                      END




                               
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