『居心地。』
※サンデー8号(117話)もろネタバレ話なのでご注意!
「う…… ん」
薫は目を覚ます。
そこは、知らない部屋であり…… いや、少し寝ぼけていた頭を少し覚ますと思い出す。
ここへは自分たちで来たことを。
薫の近くに並んで、紫穂と葵が寝息を吐いて眠っている。
そして自身が眠っていたソファーの下に男の姿があるのに気付く。
目を覚まして最初に、彼の寝顔が目に入ったのだ。
彼もまた疲れ果てたのか、ソファーにもたれかかるように眠っている。
薫達を束縛し動物のような扱いのような忌まわしい“首輪”を外してくれそうな可能性を持った、
何かと生意気で腹立つ普通人の男の元に。
脅迫じみた物言いで、外すように迫ったものの脅迫にも物怖じもしない皆本の態度が気に入らない。
(所詮は、普通人-------- 自分達を化け物としか見ていない奴らと違わない---------
あいつらが、あたし達を利用するなら、こっちだって利用してやる)
既に電気ショックの装置を解除してくれた感謝すら覚えることなく、
普通人だというだけで、激しく嫌悪感を抱いていた。
そう思えるほど、今までの日々の中で、辛酸を嘗めさせられた事は忘れる事は出来ない。
(普通人の奴らなんか、あたし達の気持ちなんて何も、分かってなんかくれない……
こんな能力なんて欲しくなんかなかったのに)
薫は自分の両手のひらを広げながら見つめている。
何故自分たちには、こんな力があるのだろうと……
これさえ無ければ、外の同世代の子供達と同じように平凡でも、普通の生活の日々を過ごせたというのに。
任務の途中に楽しそうに学校から帰り行く子供達の姿を目にして、悔しさと悲しさだけが胸に募る。
切ない眼差しで見つめながら、どんなに憧れても、決して手にすることは出来ないものだった。
自分だって同じ人間だというのに、何故ここまで遮蔽された息苦しい生活をさせられるのか ?
結局は、自分に無い能力に恐れているだけの存在だけでしかない。
欲しくない能力でも、同じ立場である葵と紫穂を守るためには必要だということは皮肉でしかない。
辛い中でも二人がいてくれたからこそ、まだ自分を保てているのだ。
誰も理解してくれる存在がいなかったのなら、
今頃自分がどうなっていたのか想像すらつかなかったのかもしれない。
だからこそ、二人を泣かせる事も苦しませることもさせたくは無いのだ。
二人を唯一、守れる能力でもあるのだから------------
薫は、眠っている二人に視線を移す。
(誰にも傷つけさせない。二人はあたしが絶対に守ってみせる)
薫の開いていた手を強く握り締めながら、強くそう誓う。
しかし、常に気を張って強がっていても自分にも限界があることは、無意識に薫は気がついていた。
どこにいても気が休まることが出来ないのも事実。
本当は、自分が誰よりも安らげる場所を求めていることに。
紫穂や葵といるだけでもそう思えるのだが、それ以上にもっと強く感じている。
ただ何も考えなくてもいいと思える程に、癒される場所を。
しかし今の状況から見れば、そんな場所はこの世の何処にもないのだ。
何であたしは生まれてきたのだろうと、やるせない悲しさだけが常に胸にシコリとなり、
結局は、自分たちは異端なのを痛感させられる虚しさだけが募るだけで。
それでも薫は自分で気が付いていた。
こうして知らない男の家で思わず眠ってしまったのは、警戒心が人一倍強い紫穂が
『この人なら大丈夫よ』という態度を示してくれたからでもあるが、
その態度すら薫を安心させるための仕草だったことに。
いつも守ってあげているはずなのに、本当は自分が守られているのかもしれない。
二人にまで気遣わせてしまう自分の力の無さが、正直辛い。
しかし、薫を気遣うためとは言え、紫穂達もまたこうして眠りについてしまっているということは、
本心から目の前にいる皆本が、普通人としてはまだ信じてもいいという
価値があったのだろうとも捕えられる。
普通なら、レベル7と知るだけで目の色を変えしまい、
上からの権力に弱い下っ端職員なはずなのに、それに屈する事もなく薫達の境遇について、
堂々と須磨に反論していた姿を思い出す。
(こいつ…… 他の普通人とは、どこか違うのか ? )
内心、薫はそう抱くのだが、それをすぐに言い聞かせるように否定する。
(最初は同情していても、どうせすぐ、あたし達を正面から見ようともしなくなるに違いないんだ。
期待するだけ無駄なんだよ!!)
今まで何度もそう思う機会があったのだが、それはことごとく無残に砕かれているのだから、
疑心暗鬼になっていて仕方が無い。
(こんなところにいつまでもいちゃ駄目だ。早く二人を起こして帰ろう…… )
淡い期待を抱きそうになる薫は、自分を必死に否定する。
期待を打ち砕かれ傷付くよりも、今の生活の方が傷つかずに済む…… いやもう、その必要は無い。
電撃装置を外され、もう仲間を傷つけられる心配も、束縛されることは無く自由を得たのだから。
何も得られる事が出来ない生活から抜け出す事が出来る希望が、薫の胸に浮かび上がっていた。
そう思いながら、薫は二人を起こそうとした矢先--------
ふいにソファーにもたれていた皆本の肩が動くと、薫の腕に触れる。
大きい肩幅と、優しい感触。
同じような背中を幼い頃、何度も見た記憶が薫によぎる。
もう触れる事も、求める事も出来ない存在の背中を皆本の背中に重ねるように思い出していた。
無意識に薫は、その背中に自分の手で触れる。
暖かく------------ そして、伝わる鼓動が苛立っている薫を落着かせてくれていた。
それが何故なのかは自分でも分からないのだが、そう思える。
もしかしてこの人なら…… と、再び淡い期待を抱く薫がそこにあった。
「紫穂も葵も起こしたら可哀想だし、それにこいつが起きる前に帰ればいいんだから…… 」
足早に去ろうとしていた薫だったのだが、独り言を呟きながら再び毛布の中に滑り込む。
自分では否定しているのだが、このまますぐに帰るのが名残惜しいのも事実。
もう少しだけ、もう少しだけ、ここにいたいという本音がそこには確かにあった。
どこか、守られているような気分になれる皆本の背中を見ていたかったのかもしれない。
薫は自ら全く気付いていない皆本への居心地の良さを少し覚えつつ、
再び眠りに就いた…… どこか、久々に心安らげるものを感じながら。
終。
2008.01.30
01.31 一部修正。
荒んでいた頃の薫話です。
117話での、皆本が眠った後の展開を勝手に想像。
痛い頃の薫も何かと、書きづらい。
なにしろ、話書いていると、キャラと同調するほうなので。
1月に同人で出している本の方でも、書いてますが、
つねに薫達は居場所を求めていた頃の3人は切ないなぁ。
同人的には、色々と妄想出来るのですが。
最近、何かとSS書いてても、自分的に文面・内容の駄目駄目さが突出しているので、
もう少し自分の方が落着いたら、もっと3人の心境を妄想して掘り下げた捏造話でも
書きたいですね。
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