『じゃ、またね……』
「薫 ? 」
父母達や、在校生、卒業生達で賑わう桜花の咲き誇る校門の近くで皆本は薫が居ない事にふと気がつき周囲に視線を向けるが、
その姿は見つけることが出来ない。
葵、紫穂や保護者である薫の家族や二人の両親、内密に来ていたバベルの面々は、
先程まで行われていた卒業式での事を会話しているのだが、薫の姿だけが見えない。
葵達は、卒業を惜しむ友人達との記念撮影や会話に夢中で薫の居ない事に気がついていないようだ。
何故、いないのだと皆本は心配になり賑わう最中を気づかれないように、抜け出した。
「ここにいたのか、薫」
「皆本、わざわざ探しに来てくれたの ? 」
「一人だけいなくなるから、心配になってな」
薫がいたのは、誰も居ない教室だった。
薫を見つけるまで、皆本は学校内を捜し歩き、ようやくその姿を見つけ出す。
教室の自分の机の上に薫は、腰を下ろしたまま周囲を愛おしそうに見つめていた。
「心配かけてゴメン…… でもどうしても、最後の見納めをしたかったんだ。
ほんの少し前まで、自分達の教室でもあった場所である。
卒業式を終えた今では、もうここは自分の教室ではないのだと薫自身は受け入えれようとしていたのだ。
自分なりの別れを告げようとして。
「そうか…… もう、ここに来る事もないからな」
皆本もまた薫の隣にある机に腰を下ろしながら、彼女の気持ちを理解する。
薫にとって、学校というものは思い入れの強い場所でもあるのだから。
隣に座った皆本に少し薫は、戸惑ったものの少し嬉しそうに顔を緩ませた。
「もうここもお別れなんだよな…… 皆とは違って三年しか通えなかったけど、嫌な時もあったこともあるけど、
楽しい場所だったよ」
「薫…… 」
「さっきも言ったけど、学校に通えるようになったのは、ほんとに皆本のお陰だよ。
皆本がいなかったら、あたし達通う事も出来なかった。ずっと…… バベルの中で生きている事しか
出来なかったから。本当の所…… 普通に学校に行ける子達が羨ましくて仕方がなかったんだ。
なのにあたし達は、この力のせいでそんな普通な事すら出来なかった。学校に行く事など無理だと
あたし達は諦めていたけど、皆本は政府を説得して学校に通わせてくれた。凄くあたし達は、皆本に
感謝している。普通の子供の中に入れるように背中を押し出してくれた事」
皆本に甘え寄り添うように薫は、軽く彼の肩に自身の頭をもたれさせた。
「僕だけじゃないよ、バベルの皆も力を貸してくれたんだ。それに…… 3年間通えたのは、何よりも
君たちの努力さ。学校で超能力は使わないという約束を守りきった成果だ。
君らは、無闇に力を振り回すことなどしない良識を持った人間に育ったってことんだんだ。
だからこそ、今日の君たちがいる。自分を誇ってもいいんだぞ ? 」
褒めながら、皆本は軽く薫の頭を撫でてあげている。
子供扱いされているような仕草だが、不思議とそれを嫌だとは昔から抱く事は無かった。
皆本がいてくれたからこそ、ここで思い出を沢山作り上げる事が出来、多くの経験を積み重ねることが出来た
思い出が反芻し、薫の脳裏で走馬灯の如く走り抜けると同時に、どこか寂しげな心の痛みが走り抜けると同時に
涙が零れ伝う。
楽しかったあの時間のままでいられない現実を理解する寂しさに耐え切れなくなっていたのだ。
「あ、あれ…… 式の最中は、平気だったのに…… 」
人前では泣かないようにと、式の最中は感情を堪えていたというのに、今はそれが自制できずに
センチメンタルな感情が前に飛び出してしまったのだ。
普段、強がりを前面に出しているからこそ、こうして一人になったりすると感傷的になりやすいのかもしれない。
しかし皆本が隣にいるのにも関わらずそうなるのは、自身の脆さを見せても構わないという信頼でもあった。
素顔の自分を知っている皆本だからこそ。
それは、皆本自身もよく理解している事であり、そうした面を見せてくれる事が近さを覚え、
何よりも愛おしく感じているのだから。
「馬鹿だな、薫…… 我慢しなくてもよかったんだ。泣きたいときに泣くのが一番さ。でも…… そう思える程に
いい思い出がここにはあったんだな。正直、僕としては羨ましく嬉しいよ」
薫にハンカチを渡しながら、皆本は少し羨望を込めた視線を薫に向けた。
「皆本が嬉しい ? 」
その言葉に、意味が分からず薫は少し首を傾げて尋ね返す姿に、皆本は少し苦笑を浮かべながら話し続ける。
「…… 僕が小学校の途中からから特別プログラムに行く事になったことは知っているだろ ?
だから、僕は同じ年の友達との思い出も卒業式も何も経験出来なかった。
でも…… 薫達が代わりに経験してくれていることが
何よりも僕が嬉しい。これから始まる中学校でも僕の出来なかった事を多く経験してくれる事が僕にも思い出になる」
何処か寂しげな面持ちを浮かべながらも皆本は、自身の本音を吐露した。
自分が為しえなかった経験をせめて、薫達にだけはさせてあげたい親心に近い慈しみだったのかもしれない。
「皆本…… 」
その思いは薫にも深く強く胸に染みゆく。
皆本が経験出来なかった経験を自分達に托しながら、この先の自分達を案じてくれている優しさに胸を打たれていた。
(皆本じゃなかったら…… 今のこんなあたしになれることはなかったんだろうな…… あの時、出逢う事が出来なかったら、
きっとあたし達、今頃バベルにいなかったかもしれない……
家族や大人に見捨てられ、未来を生きる希望すらなかったあたし達に希望と未来の道へ手を差し伸ばしてくれた人だから…… )
薫は念動力で空に身体を浮かばせると、そっと皆本の肩に肩車の体勢で乗りかかる。
「薫…… ? 」
「へへ…… 久々に肩車してもらっちゃた…… もう、あたしも中学生になるから、これも卒業だね。
だから、これも最後の記念にしたい…… 駄目かな…… ? 」
「いや…… 構わないよ。薫がそうしたいのなら、今は気が済むまで好きにしていい」
最近はあまり求めてこない肩車の久々の感触に、皆本はどこか少し嬉しく安堵を覚えながらも、
もうこう無邪気に触れ合う時間が終わりを告げていく現実を切に受け止めていた。
出逢った頃の短かった薫の髪が背中に広がるほどに伸びながら、その手足も著しく成長する姿を垣間見ながら、いつまでも
子供のままの薫で無く、大人に向けて成長している事を実感する。
子供の頃の時間は一生の中で一瞬であり、それを大切にしてあげたいのだと。
だからこそ、これからも薫達が自身で自分を道を切り開く事が出来る日までは、守り続けながら側にいる事を
胸に強く誓い直す。
それが後に起きると知らされた運命を覆す一つになるのだからと。
皆本の肩の上で薫は、沢山の出来事を目を瞑りながら思い返し続けていた最中、どこからもなく聞きなれた声が耳に聞こえる。
「おーい、薫どこにいるんや ? 皆本はんもいるんか ? 」
「薫ちゃん〜どさくさ紛れに、皆本さんと抜けがけなんかしてないわよね」
教室から少し離れた廊下で、薫を探す葵と紫穂の声が聞こえると薫は皆本の肩から慌てて降りる。
この姿でいるのが気恥ずかしいのか、それとも気まずいのか今の薫には自身でも分からない気持ちが湧き上がり
無意識に降りたのだ。
少し前なら、平気で二人の前でこの状態でいたというのに。
何故、降りるのかと皆本はその変化を全然気づいてもいない鈍感さは相変わらずでもある。
「二人が探している。もういい加減、行かないと」
「…… もういいのか ? 」
「うん…… 気持ちも落ち着いたし、思い出も浸るのもいいけど、あたし達はこれからだもんね !
ここでの思い出や経験は、ここにちゃんとしまってあるから平気だよ」
胸に手を当てながら普段の薫らしく、快活な笑顔を浮かべると先に教室の入り口に向かう後を皆本が追う。
「………… 」
教室を出る直前、最後に薫はもう一度教室に振り返ると感慨深気に目を細めながら、何か唇を動かす。
「さよなら…… じゃ、またね…… 」
学び舎に別れを告げつつ、ここでの思い出を胸に詰め込みながら、薫は大人になった未来に
いつかまた友人たちと集い思い出を語りながら、ここに戻れるようにとそう誰に言う事なく呟くように願いを馳せた。
終。
2009・1.25
1・26 一部加筆修正。
アニメ第四期ED動画を今日初見したら、思わず突発書きしたくなった話です。
「じゃ、またね」で、アニメで15巻ラスト場面は反則じゃ(爆)
ぶっちゃけ、中学生薫よりも小学生薫に思い入れが強い現在なので、
小学生薫が書けて満足でした。
皆本に肩車は、原作ではこの段階よりも早くしなくなったとは思えますが、あえてここで
自分は、卒業ということで。
そして、二人の関係も変化していく…のを書くのは、難しい…(汗)
本当は、アニメ最終回辺りに書けばよかったのですが、おそらくその時期、
原稿等でどたばたしているので、今のうちに(苦笑)
別の卒業式ネタも作年からあるので、それも書けたらなと…。
この話・・・大人薫で続きはあるけども、書いたら重くなるのであくまでここで終ったり…
ほのぼので終らせるのが無難(苦笑)
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