『感謝をこめて…… 』
「こ、これを一つください」
都内某区にある私立六條院学園高等部で、毎秋開催されている学園祭の中でも、
ひときわ長蛇の列となっていた3−Aの出店で、制服の上にクラス女子で一同に揃えたエプロンを羽織り、
腰近くまで伸びた髪をポニーテールにして束ねながら、
出し物のおでん屋の売り子として奮闘していた薫の耳に、聞き慣れながらも緊張した声が入る。
「み、皆本 ?! なんで、ここに ? 今日は仕事があるからこれないって言ってたじゃん」
慌てて顔を見上げたそこには、皆本の姿があった。
以前から学園祭なのだから、遊びに来てと薫達に頼まれていたのだが、
当日になって、どうしても彼で無いと終わらせられない急な仕事が飛び込み、
来れないと三人は残念がっていたというのに、目の前にいる事に薫は驚きを隠せない。
「薫達の高校最後の学園祭だからね…… どうしても来たかったら、賢木を始め、
バベルの皆が協力してくれて早く片付ける事が出来たんだ」
事情を話しながら皆本は、何故か少し照れている。
大学には進学しないと告げていた薫だからこそ、学生生活最後の学園祭に、
ただならぬ情熱を向けていた事を皆本は知っており、その姿をどうしても彼は目にしたかったのだ。
そこまでして、ここに駆けつけたかった自分の情熱さに照れていたのかもしれない。
「…… ありがと、皆本」
嬉しそうに、薫は皆本から注文されていたおでんセットの品を素早く包装すると、皆本の手に手渡す。
暖かな品とは別に、薫の手の暖かさが直に、皆本の手に伝わりこみながら。
「ありがとうございました」
薫は、学園祭を-------- 幸福な学校生活を過ごせる事の出来た皆本に沢山の感謝を込めるように、深く頭を下げた。
包み込みこむような優しく、暖かな笑顔で。
「薫…… ! 」
その笑顔に惹きつけられるように、皆本は思わず薫の手を握り締め人目をはばからずに抱きしめてしまっていた。
こんなにも、魅力的にまで成長した薫への愛おしさが、彼の中で大きく膨れ上がり、理性を制御しきれなかったのだ。
「み、皆本 !? 」
ただ薫は、突然の抱擁に困惑しながらも、その手から逃れる事は不思議と出来ないでいる。
最近、彼女の中では高校生活が終わりに近づき、見守ってくれていた保護者としての立場が終わる事で、
その後の自分には皆本が常に側にいてくれるのかという不安を払拭させてくれれるような力強さを感じたからである。
彼から伝わる愛しさと、温もりを噛み締めるように薫は、大きな幸福の腕の中で身を委ねる。
だが、あくまでここは、高校であり、学園祭という場所であるのは忘れてはいけない。
「ほぉ〜あんた達、見せてつけてくれるやんか、ここが何処か忘れてないんか ? 」
「イチャイチャしたいんなら、とっとと家に戻って朝までしていたら如何?」
「あ、葵、紫穂 !! 」
その声に我に返った皆本は、慌てて薫から手を離すと、そこには笑顔で青筋を浮かばせている葵と紫穂が仁王立ちしていた。
していたと言う前に、薫の両脇で、同じように売り子をしていたのに、
最初から存在していないように完全無視されたまま、薫との抱擁を見せ付けられたのだから、誰でも不快になるはずである。
「いや、あの、これは !! うわっ! 」
言い訳にならない、言い訳をしようとする皆本であったが、何も脳内には言葉が続かず困惑し続けていたという矢先、
急に皆本の姿が周囲から消えると、校内にある売り場から少し離れたプール上空に姿が現れ、重力に従うように、
晩秋の冷たい水の中に落下し、激しい水しぶきが立った。
「み、皆本 ! 大丈夫っ!? 」
薫は、慌てて皆本の落下したプールに駆け出して行くが、葵と紫穂はその場に居残っている。
「ええ気味や ! でも、それウチの仕業じゃないで ! 」
「グッジョブ ! 兵部少佐」
振り返ることなく背後に右手の親指を立てた紫穂の言葉の通り、皆本をプールに瞬間移動させたのは、
葵ではなく、こっそりと出店の側まで覗きに来ていた兵部の仕業であった。
澪達、パンドラのメンバーの様子を見に来ていたことを知っていた薫達は、既に彼が来ている事には気づいている。
「タチが悪いね、人目も気にしないムッツリロリ●ンは、そこで頭を冷やすといい…… 美味いなこれ。今度は女王の所でもう一つ買おう」
意地悪な笑みを浮かべて、兵部は何気に澪が売り子していた際に買ったおでんの卵を口にしながら、呟くのだった。
プールに落ちた皆本がその夜、見事に風邪を引き、その介護をした薫もまた何故か、
数日後風邪を引いていた理由は、誰もが予想付くものであったらしく、紫穂と葵の怒りを買ったとか。
とりあえず終。
2009.11.28
先日、近所の高校の学園祭に出かけた事もあり、こんなベタ話です。
ブログに書き殴った小話を少し修正して、UPしました。
高校生薫で、書いたのは2作目くらいでしょうか。
高校生薫話は、あまり書かないので、薫の心身の成長度の表現に今後悩みそうです(爆)
(中学生薫の段階で、かなり頭悩まされていますが(苦笑))
ま、この話では、既に薫と皆本はそれなりの関係を超えた後なので、
大人薫に近い形で書けて楽でしたが(笑)
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