『彼が不機嫌な理由』
その日、皆本は不機嫌だった。
話は数時間前に遡る。
今日は薫が学校帰りに皆本宅へ寄ることになっていた。
高校で出された宿題を、皆本に教えてもらう為である。
皆本は薫が自ら勉強に取り組む姿勢に喜び、久々の休みであるにも関わらず、その申し出を快諾した。
薫にとっては実は勉強はそんなにやる気がなく、任務や学校のせいでここ最近皆本と2人きりで会えていなかったので、
為なる口実であったのだが。
「皆本、ただいまっ!」
「おかえり、薫。宿題、持ってきたか?」
「もー最初の台詞がそれ?宿題なんかより、久々に彼女と部屋で2人きりっていうシチュエーションにテンション上がんないかなー?」
薫は皆本の腕に自分の腕を絡ませる。胸を当てているのは、無論わざとである。
皆本というと、確かに薫と付き合っているという認識はあるものの、 彼女がまだ高校生であること、
こうやって宿題を見てやってることを考えると、どうもまだ保護者的気分が抜けないでいる。
なので面と向かって“彼女”なんて言われると照れくさかったりする。
皆本は薫の腕を振り払いながら言う。
「ほら、バカ言ってないで教科書とノートを出せ。」
「ちぇーつまんないなー皆本は。」
薫は口を尖らせながら、渋々教科書やら筆記具やらをカバンから取り出す。
それから1時間ーー。
「よし、宿題は完璧だな。じゃあ僕が作った応用問題のテストをやろう」
皆本は自宅のパソコンで作っておいたテスト用紙を取り出す。
「えーー!!そんなの聞いてないよ!!ヤダ!やらない!」
わざわざテストまで作っていた皆本に呆れる薫。
「中間テストも近いんだろう!ダダこねるんじゃない」
しかし何かを思いついた様子の薫。
「あ、じゃあこういうのはどう?皆本の作ったそのテストであたしが80点以上とったら何でも言う事を聞いてもらう!」
昔から、薫の言う“何でも”というお願いにあまりいい思い出がない皆本。顔を引きつらせる。
“うーん…、ちゃんと勉強してなかったらそうそう80点はとれないだろ。ま、いっか。”
「よし、80点以上だな。だったら何でも聞いてやる。その代わりに、80点未満だったら来週も勉強だからな!?」
「よし、望むところだ!」
薫は必死にシャーペンを動かし始める。
「よし、終わり!」
「あー!最後の1問解けなかったぁ!」
「それは結構難問だからな。よし、採点しよう」
採点し終わった皆本は後悔していた。
“薫のやつ…やる気なさそうに見えて、ちゃっかり勉強してやがった…”
「やたーー!!81点!!
皆本約束だよ!!お願い聞いてもらうからね!!」
薫は両手でガッツポーズをする。テンションは最高潮のようだ。
そんな風に無邪気に喜ぶ薫をみて皆本は苦笑した。
“高校生のお願いなんて可愛いもんか。それでやる気出してくれるんなら快く聞いてやろう”
「へーへー。で、お願いってのは?」
「彼氏らしいことしてほしい」
「へ?」
「ごほーびのチュー!」
“そーきたか…ここんとこ全然構ってやれなかったもんな”
皆本は薫の甘えたがりな一面をよく理解している。彼女のその超度7というパワー故、本当の家族相手でもケンカすらできなかった。
その為見た目は明るく振舞ってても、本質的なところで彼女は愛情に飢えているのだ。
皆本はソファにいる薫の隣に腰を下ろし、手を彼女の肩に回す。
「薫。頑張ったね。」
自らねだったとは言え、皆本の労いと愛情を注いだ熱い視線に、薫はドキッとする。
「ご褒美をやらなきゃな。たまには大人扱いで…ね。」
皆本は薫を引き寄せ、口付ける。
「皆…ん、」
最初は軽い気持ちだった皆本も、やはり心の何処かで薫と会えない日々が寂しかったのか、気持ちは盛り上がっていく。
そのまま皆本はソファの上で、薫を押し倒す格好となり、ここまで来れば、勢いがついてしまって止まらないのであった。
「薫、送ろうか?」
もう窓の外はすっかり日が落ちている。
「誰かさんのせいで遅くなっちゃったもんね。」
薫は皆本を咎めるように言う。
「あ、いや、それは…勢いというか…すまん」
「冗談だよ。嬉しかったよ、あたしは。久々に2人きりだったしね。
また色々と“勉強”しようね、お互いのw」
「こ、こら、薫!何言ってんだ!」
皆本は赤面しながら怒る。
「皆本ったら赤くなってカーワイー。じゃあ、飛んで帰った方が早いし!また明日ね」
そう言って薫はサイコキネシスで空に舞ったかと思うと、あっという間に見えなくなる。
「ったく。既に薫の尻に敷かれてるな、僕は。」
情けなく思いながらも、久々に過ごした二人きりの時間が嬉しかったのか頬が緩まる皆本であった。
薫を見送ってから部屋に戻った皆本は、テーブルの傍に一冊のノートが落ちていることに気付いた。
「あっ!薫の奴!あんだけ勉強したのにノート忘れていってやがる! ったく仕方ないやつだな」
一人ごち、皆本はノートを持ち上げる。
と、パサリとノートの間に挟まっていた何かが落ちる。
“おっと。これはーー?”
何やら封筒らしい。表には“薫ちゃんへ”。裏には薫と同じクラス名と、どう考えても男であろう名前が書かれている。
“いまどき珍しいが…これはもしや俗に言う、ラブレター?”
しばし封筒を見つつ、呆然とする皆本。
しかし薫も年頃だし、客観的に見ても明るく可愛い女の子である。
ラブレターの一つや二つ、もらっていてもおかしくない。
実際、葵や紫穂に比べると数は少ないが、小学生の頃からしばしばもらっているようだ。
“けど…ノートに挟んだりして、大事に持ってやがんな…”
封筒の裏を見直す皆本。薫と同じクラスではあるが、知らない名前だ。
もうザ・チルドレンも高校生である。学校での素行にも随分と信頼を置かれるようになった。
超度7のエスパーと接触するという事もあり、同級生の身元は念入りに調査はされるが、在学中の監視はかなり緩くなっていた。
その為、以前からの友人である花井ちさと・東野将などはともかく、皆本が把握する薫たちの交友関係の情報は少なくなっていた。
“子供が親離れするのってこういう気持ちなのか?
まあ、高校生ともなるとそんなもんか。あいつらの世界が広がることはバベルが望んできたことだし…”
自分を納得させようとするも、皆本は何か釈然としなかった。
自分ではどうしてなのか理解していなかったが、その日、皆本は不機嫌だった。
翌日。
薫の単独任務があった為、授業終わりの彼女を皆本が迎えに行くことになっていた。
翌日になっても皆本のモヤモヤは消えていなかった。
「皆本っ!」
目ざとく皆本を見つけた薫が、元気良く助手席に乗り込んできて、車は出発する。
「皆本、聞いてよー!今日学校でね…」
「うん…」
薫は1日の出来事を語りだすが、聞いているのかいないのか、皆本は上の空で返事をする。
「ちょっと皆本!聞いてないでしょ」
「別に。聞いてるよ。」
「何怒ってんの?」
「え?僕は怒ってなんか…」
怒っている、という程の自覚は皆本にはなかった。何かモヤモヤする、それくらいだ。よほど態度が悪く思えたのかと驚いた。
一方薫は、滅多に個人的な気分の浮き沈みを表に出さない皆本が、こんなに不機嫌なのをほぼ初めて見た。
“どしたんだろ…何かあったのかなぁ。”
不安そうに皆本を見つめる。しかし皆本はその目を見返せない。
「あ、そうだ!皆本、あたし昨日ノート忘れてなかった?せっかく勉強したのにさぁ。」
「あぁ、後部座席に置いてるよ。」
「あった!ありがとう。」
薫は後部座席に置いてあったノートをサイコキネシスで取り寄せる。
「落とすなよ。封筒が挟まってたぞ。」
「封筒?あっ…!!」
薫は思い出した。先日机の中に押し込まれていたラブレターを、置き場所もないのでとりあえずノートに挟んだまま、忘れていたことを。
そして、皆本がなぜこんなにも不機嫌なのかにも気付いた。
「皆本、見たの?この封筒。」
「あぁ、たまたまな。昨日ノートを拾おうとした時に落ちてきたんだよ。」
「それで妬いてんだ?」
薫はからかうように言う。
「なっ!!誰が…!!」
と言いつつ、指摘されて初めて、皆本はなぜこんなにモヤモヤしていたのか、気付かされた。
「いやー愛されてるなぁ、あたし。」
「バカ言うな!」
からかい口調だった薫が真剣な顔になって言う。
「強がんないの。 大丈夫だよ、皆本。あたしの全てを知って、それでも受け入れてくれて、愛してくれてるのは皆本だけだって、
あたしは知ってるよ。 あたしも誰よりも優しくて、あたしや紫穂や葵をいつも大事にしてくれる皆本が、大好きだよ。」
ちょうど赤信号で車は停車した。
皆本は驚いて薫を見た。薫も照れくさそうに皆本を見つめる。
“いつの間にか…こんな事を言えるようになったんだろう…”
「小さい頃から君を見てきたから、いつまでも子供だと思ってしまってたよ。
参った、君のほうが僕よりよっぽど大人だよ。 態度が悪くてすまなかった。君の指摘通り、どうやらいい歳して嫉妬してたみたいだ。」
素直に認めると、皆本は自嘲した。
“ヤキモチを妬くほど僕はすっかり薫のことを…”
信号が青に変わり車はゆっくりと発進してゆく。
「愛してくれてるのは分かったけど、今日は任務なんだから押し倒さないでよね」
「ぶっ!!」
思わずふきだす皆本。危うくハンドルを切り損なうところであった。
「そんなはしたない事言うんじゃない!!」
「はしたない事したのは皆本じゃんか」
「こら、薫!!任務前にふざけてんじゃないっ」
すぐにいつもの雰囲気に戻り、軽口を叩き合う2人だった。
だがその日、皆本はとても上機嫌だった。
END
ブラウザの×でお戻り下さい。