『風薫る君。』
吹く風は、いつの間にか肌寒い秋の風となり、
周囲の木々も色づき始めている秋半ばの昼間。
皆本は久々の休日の休みだったこともあり、買出しに出かけていた薫と、
街中で偶然出会ったのをきっかけに、薫のウィンドーショッピングに付き合わされながらも、
まったりとした時間を過ごしていた。
嬉々としながら買い物に奔走している薫と、
付き合わされている皆本を見ていると微笑ましくも仲の良い兄妹のように周囲からは見えるだろう。
出会った頃の子供時代と変わらずに。
十歳でしかなかった薫は、時の流れるものは早く、既に女子高生と呼ばれる程の年齢に達している。
つい先日まで、十歳児と思っていたのに、気がつかないうちに成長していた事に皆本は気付いたほど。
それだけ身近にいて、兄のような感覚で見守ってきていたからだろうと、彼は思っているのだが。
薫もまた、恋愛感情は一応皆本に抱いているものの、
まだどこか兄や父親に抱く慕情があることもあり、端から見て兄妹的な雰囲気しか感じられないのも仕方ない。
皆本が少しでも、薫に恋愛感情を抱いていれば、周囲も少し年の離れた恋人同士と思っただろうが。
しかしながら、当の皆本がそんな感情を抱きも気付きもせずにいるのだから、話にもならない。
こればかりは、お互い次第、皆本次第と言うべきしかない代物だった。
この事に薫は気がついているのだが、誰隔てる事無く、
優しい皆本が自分を選んでくれたら嬉しいという淡い思いを抱いてはいたのだが、
今の皆本を見ている感じでは、ありえないと半ば様子見と期待だけを持ってはいた。
「これで、買い物は全部終わったのか ? 」
「うん、とりあえず」
女の買い物につき合わされ、少々疲れ気味の皆本は、
休憩を兼ねてオープンカフェでコーヒーを飲みながら一息ついていた。
勿論向い側には、薫がカフェオレを飲みながら、本日の戦利品の入っている袋の中身を眺めながら、
ご満悦な様子が伺えた。
普段は、男勝りでガサツな部分の多い薫なのだが、こうしてみると、
それなりに年頃の女の子なのだと、今更ながら思えるのに、皆本は苦笑する。
そう考えると、確かに、あの頃に比べて成長しているのだと。
昔見せ付けられた、未来の薫の面影の輪郭さえ浮かび始めていることに、彼は気がついていた。
時は止まることなく、先に--------- 未来に向っているのだと。
常にそれは脳裏にあるものも、考えないようにしている事が多い。
レベル7の予知だろうが、あんな光景は起きる事も起こす事も無く、
目の前にいる薫は、その先の未来を迎えられるはずだと。
ある意味、逃避かもしれないのだが。
しかし、あの予知でも薫が独白していたように、薫が彼を愛していた事実と、
彼もまた同じ思いを抱いていた事が気にかかる。
未来の自分は、いつから薫に慕情を抱き始めていたのかと。
出会った当初など、予知を知っていても子供としか見ることは出来なかった。
今、向かい合って座っている薫でさえ、未だそんな感情すら湧かないのも事実。
例え、身体が大人に向い成長していても、まだまだ無邪気な子供の部分が多いのだ。
ま、時折、昔と違うような表情を見せ付けられ、彼は驚く事もあるのだが。
ただそれが、いつ自分の中で芽生えるのかが気になった。
この段階で、既に薫に惹かれていることを、この手の事に限りなく愚鈍な皆本自身は気づくはずも無い。
薫自身は、子供の頃よりも皆本の存在を自分の中で大きく広げながら、
その想いに比例して彼に対する態度も少しずつ変化してきているというのに。
鈍感すぎるのも、罪である。
それがどんなに、相手を傷つける事になるというのに。
薫に対する気持ちに、愚鈍どころか足踏みし続けていることが、
後に大きく二人に関わってくることなど、今の彼に知る由も無かった。
そんな疑問を脳裏で考えているうちに、いつしか帰宅する時間を迎えていた。
「少し冷え込んできたな。そろそろ帰るか」
伝票をさっと手に取りながら、薫にそう告げる。
「そうだね。行こうか」
帰り支度をしている薫を席に待たせ、先に皆本は支払いを済ませに出かける。
店の外に出ると、風が少し出てきたのか、やはり肌寒い。
「寒いなぁ」
薫は上着を少し首元に狭めながら、身を縮込ませている様子を少し遅れて出てきた皆本は目にしている。
「寒いのは、大丈夫か ? 」
「このくらい平気だよ」
心配する皆本に、薫はそう答えている。
「そうか、じゃ、早く帰ろうか」
そう言いながら、皆本は薫の手にしていた紙袋などを自ら持つ。
「皆本 ? 」
「こういうものは、男の僕が持つものだろ」
「一応……女の子扱いしてくれるんだ。ありがと」
何気ない皆本の行動に、少し薫は以外さを覚えたのだが、
彼らしい優しい気遣いに少し顔を赤らめている。
「い、いや、そういうつもりでは…… 薫だけに持たせて、僕が手ぶらって訳にもいかないだろ」
純粋に大荷物に薫が困りそうだからという親切心を抱いたつもりだったのだが、
実際彼も気付いていない本能で、女性扱いしているのだが。
薫の方は、純粋に女性扱いされた事に少し戸惑いと嬉しさを感じて、
照れている様子を見て、皆本は初めてそれ気付いて、慌てていた。
「それでもいいんだ。皆本が、そう思ってくれただけでさ」
「だから、その--------- 」
どう答えたらいいのか、皆本は思わず悩みこむ。
自分のとった態度が、分からないのだ。
どこまでも、自分を彼は理解していない。
そんな時、一陣の風が二人の周囲に吹き抜ける。
「やだっ」
同時に薫の腰まで伸ばしていた艶やかな髪が、舞い上がるのを手で押さえながら、迷惑そうに叫ぶ。
しかし押さえきれない髪先が、皆本の鼻先を掠め去っていく。
そして彼の鼻腔には、甘く柔らかな香りを残しながら。
その香りは、確かキンモクセイだったはず-----------
しかし、コロンや香水等を付けることを好まない薫が、付けたとは思えないのだが、ふと皆本は思い出す。
(確か、薫と偶然出会った場所の背後には、あの木があった記憶がある…… あの時に、香りが移ったのか)
意外な香りを漂わせた薫に、少々彼自身驚きはしたが、
それは自然の悪戯であり、かえってそれが彼にとっては、新鮮さを感じさせるのだ。
「薫、髪に何かが付いている」
ようやく止んだ風の後、皆本は薫の髪にそっと触れ、何かを指先で取り出す。
それは、小さなキンモクセイの花びら。
それがおそらく、未だ薫から薫らせた理由だろう。
「皆本…… 」
しかし、そんな何気ない皆本の行動に、再び薫は驚き照れ恥らった表情を浮かべる。
髪に触れられたという事で、皆本を意識してしまったからでもあるのだが。
しかし子供の頃とは違い、今の薫は女性らしさを醸し出している。
「薫…… ? 」
そんな何気ない薫の仕草に、皆本は不思議と胸を締めつけられるような感覚が湧き上がってくる。
鈍感な彼にでも、同じような経験は過去に一度だけあった。
これは、異性を好感的に意識しているということ。
初めてというべきか、ようやくというべきか、皆本は薫を女性として意識し始めている自分に気がついた。
まだ子供だからと、安気でいられる間柄だったはずだった、今この時までは。
しかし、意識というものは突然現れるときもある。
この日、この瞬間、皆本は薫に恋に落ちたかもしれないと、後日そう感じる事になる。
全ては偶然、風薫る悪戯に翻弄されてのことなのに。
無意味に色香を出す女性よりも、何気ない仕草で女性を感じさせる薫が何よりも新鮮だった。
おそらくこれが、薫の魅力の一つなのだろうと。
この日をきっかけに、二人の距離は次第と近づいてゆき、
その後、二人の関係がどうなったかは、言うまでもない事である。
終。
2007・11・04
なんだかまー、何この少女漫画のようなベタ話は(苦笑)
随分前に、思いついて書きかけで放置していた話の一つです(苦笑)
冬コミ落ちたフラストレーション解消とばかりに、書き上げてみました(おいおい)
かなり意味無い話ですけどね。
何気無い瞬間に、恋に落ちる皆本を書こうと思ったのに、
表現出来ずに終わっているので、まだまだ表現不足を痛感。
自分でもあんまり意味がよく分からない話で、申し訳でなし。
機会というか、そのうち加筆修正しそうです(苦笑)
でも皆本は、本当に本質的に薫に魅かれていても、よほどのきっかけないと
気がつかないのは確かですけどね。
今回は、何気ない瞬間を書いてみたかっただけですが。
それを上手く書けなくて、自沈。
あ、ちなみにこの話の薫は15歳〜17歳程度とお思い下さい(爆)
初めて、ロングヘア時代の薫の描写が書けた・・・(笑)
本編では、いつになったら伸ばしている描写があるんでしょうな?
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