『あなたにHAPPY
BIRTHDAY 』
※サンデー2009年42・43号及び、40.41号ネタバレ注意。
「ただいま…… って言っても、誰もいないか…… 」
夜勤明けで、朝方自宅マンションに帰宅した皆本は、薄暗く誰もいない室内で小さく嘆息を吐いた。
普段でも、夜勤明けは面倒を見ながら同居生活をしている『ザ・チルドレン』の三人は眠っており、
『おかえり』とわざわざ起きてくることは、稀にあるだけであったが、後で必ず挨拶に来る。
しかし、今日はそれすらもありえない状況に彼は置かれていた。
朝や帰宅の挨拶をする三人がここにはいないからだ。
平日の朝であるならば、中学に通学するためにこの家にいるはずなのだが、
今日は三人揃って彼女達の家族の都合が重なり、揃ってそれぞれの実家に戻ってしまい、
そこから直接学校に通うということで、今日は本当に彼一人の状態である。
いつもは騒々しい日々を過ごしていたのだが、こう誰もいない家に一人でいると何とも言えない寂しさが胸を包む。
あの日常がいつの間にか普通であったと、一人になった際によく感じてしまう事である。
とはいえ、一人ぼっちだからと、いじけているわけにもいかないので、とりあえず朝食を軽く取り眠ろうと考え、キッチンに向かうのだが。
歩いて行く際に、ふと何かに目を取られその足を止め、その何かに右手を向ける。
そこにあるのは、カレンダーであり、暦は九月を示し開いている。
「あぁ…… 今日だったのか」
思い出したかのような声で、皆本は一人呟く。
そしてその中央に、大きく赤い丸で囲まれた日-------- それは今日を示し、皆本の二十三回目の誕生日を表示してある。
昨年大掃除の際、新年のカレンダーに替えながら薫が、自分と紫穂、葵、そして皆本の誕生日を赤丸で書き込んでいた。
ここ数ヶ月、黒の幽霊の娘絡みの事件や、パンドラの兵部のちょっかいかなどで、
多忙な日々を過ごしていた皆本は、自分の誕生日自体存在を忘れきっていたのだ。
例年なら、彼が自分の誕生日を忘れていても、薫達が必ず当日に祝ってくれていたのだが、
今年はそんな気配すら感じることも無いどころか、そもそも当日に彼女達はこの家にいない。
夕方になり、帰宅したら何かしら祝ってくれそうな期待はしたいのだが、
今夜もまた蕾見管理官と共に調査している事例の会合に同伴することが決まっているので、今日一日、彼女達に顔を会わせることはない。
後日、祝ってくれるとは思えるが、やはり当日に誰からも何も言われないのは寂しい限りである。
電話もメールすら一切、よこさない状況に最早、悲しさまで募りそうになっていた。
(子供じゃあるまいし…… )
皆本は自分で自分の子供のような感情を戒めるように、言い聞かせようとするのだが、
心に吹く寂しい風は吹き抜けるばかり。
結局は、寂しくて虚しいのであり嘗て、薫も自分の誕生日に家族から当日には、
あまり祝ってもらえなかったという経緯は、紫穂達から聞かされている。
祝ってもらえなかった寂しさが、今の彼にはよく理解できる気がしていた。
しかし、どんなに寂しいと思おうが、誰もいないのなら仕方が無いこと。
その辺は、大人である皆本は、素直にそれを受け入れながら自分のすべきことを考え、再びキッチンへ歩き始めた。
ありあわせの物で、簡単に朝食を取っていると、テーブルの横に置いてあった彼の自宅電話から呼び出しメロディが鳴り響く。
即座に皆本は電話の子機を掴み、応答した。
「はい、皆本です」
もしかして、三人の誰からかの電話であるのかもしれない期待を抱いた声を出しながら。
「光ちゃん ? おはよう、早いのね」
「母さん…… おはよう。こんな朝から何か用があったの ? 」
電話の主は、K県に住む彼の母親からであった。
普段、こんな朝に電話してくる事はまずないので、何か実家であったのかと嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「ううん、何でもないのよ。光ちゃん、今日お誕生日でしょ ? おめでとう」
「ありがとう母さん」
三人からは言ってもらえなかったものの、こうして母親からは祝福してくれることに深い喜びと感謝を抱く。
自分を生んでくれた存在なのだから、この日を決して忘れはしないのだと。
「ところで光ちゃん、今日はお休み ? 」
「夜勤明けで帰ってきたから昼間は空いているけど、夜に仕事が入っている」
「なら、眠ってからでいいから少しの時間、家に帰ってきてくれない ?
たまには、光ちゃんの誕生日でも祝ってあげたいのだけど。無理そうならいいのよ」
夜勤明けの息子に気遣いながら、母親は実家に帰宅を促している。
肉体的には、眠ってから短時間で実家に戻り、またバベルに向かうのは辛いのは確かであるのだが、
わざわざ母親が自分の誕生日を祝ってくれるというのなら、断ることなどできない。
いや、本音から言えば祝って欲しいのだ。
誰からも祝福されずに終わらせる寂しい一日を過ごしたくはなかったのかもしれない。
傍から見れば、いい年をして母親に祝ってもらうなどマザコンと呼ばれてしまうかもしれないが、
肉親に祝ってもられるのは何歳でも嬉しいのは確かなのだ。
「大丈夫だよ、昼頃には行けると思うから。少しだけしかいられないけど」
「それでもいいの。じゃ待っているから ! 」
母親は受話器の先で、嬉々とした声を上げながら電話を切る。
「たまには、こういう事もあっていいか---------- 」
少し何かから報われたような声で、皆本は少しだけ仮眠をとるべく食事を済ませて、床についた。
◆2◆
皆本が前に実家を訪れたのは、四ヶ月ほど前だった。
その時は、彼に見合いをと強引に帰宅を促された挙句、結局はパンドラを交えての大騒動だった記憶だけが新しい。
今回の帰省は、ただ純粋に帰ってきたという気分に浸れていた。
「庭に何をしているんだろう」
自宅の姿が見え、車を自宅内の駐車場に駐車した後、目にした光景に彼は思わず何だろうと首を捻った。
世間の一般住宅の中で、少しばかり広めの庭を有している皆本家であったが、その庭に何か置かれ用意されているのだ。
最近、母親が何かを始めたのかと興味を持って近づくと、そこには大人数分が座れるほどのテーブルがあり、
そしてその上には食事をするべく二人分の皿や、コップの用意が成されていた。
「あら、光ちゃん、お帰り〜 !! 」
背後から母親が、彼の背中に飛びつくと、愛おしそうに自分よりも大きな背中から愛息を抱きしめる。
「た、ただいま、母さん。…… この支度って…… 」
いきなり背後からの挨拶に動揺しながら、皆本は目の前の光景の事情を尋ねる。
「あ、それ、光ちゃんの誕生日パーティーをしようと用意したの。今日はいいお天気だし、外で祝うのもいいでしょ ? 」
「え、そんなわざわざおおっぴらにやらなくてもよかったのに…… それに、これ母さんが一人で用意したわけ ? 他に誰か手伝いに来ているの ? 」
女性一人では到底運べそうも無い大きなテーブルが庭に置かれている段階で、普通ではありえないだろうと誰にも推測できる。
「誰もいないわよ、さっ、光ちゃんも来たことだし、まずそこに座って ! 私が色々用意してくるから !! 」
半ば強引に、皆本を椅子に座らせると母親は足早に家の中に駆け込んで行く。
皆本は何か釈然としないような面持ちで大人しく母親が来るのを待った。
「はい、光ちゃん。ケーキ ! 」
彼の目の前に差し出したのは、ホール上のレアチーズケーキである。
「これ、母さんの手作り ? 」
少し訝しげな顔で皆本は既製品ではなく、彼女の手作りか尋ねた。
「う〜ん、そう。今年は母さん頑張ってみたの、さっ、食べて食べて ! 」
どこかぎこちない表情で母親はそうだと答えるのだが、皆本は何か腑に落ちない様子ながらも、
ケーキに包丁を入れ、彼の分を切り分けながら、側にあったティーポットからカップに紅茶を注ぐ。
紅茶は、普段紅茶にこだわっている母親がオリジナルでブレンドしたハーブティーであるのだが。
「それじゃ、ま、いただきます」
目の前にケーキを差し出された皆本は、一口、口に入れる。
さくりと歯ごたえの良い砕かれたクッキーの感触に包まれ、チーズの爽やかな酸味の甘さが口内に広がる。
「おいしい ? 光ちゃん ? 」
味が心配なのか、母親はかなり周囲を挙動不審のように見ながら気にしている様子を見せている。
その様子が、どうにも可笑しく、やれやれとした面持ちで小さく笑みながら答えた。
「うん。かなりね…… 知らない間に、随分と腕を上げたんだな…… 君達は」
「君達って、何言っているの ?! 」
明らかに母親がその言葉に動揺したかのように、うろたえている姿に、ついに皆本は堪えていた笑いを噴出した。
「僕には分っているんだよ、母さん。これを作ったのは母さんじゃないってことがさ。もう様子見しないで出てきたらどうだ、薫、葵、紫穂」
皆本はテーブルから振り返ると、誰もいない空間にそう声をかけた。
「ちぇっ、気付かれちゃったか」
「皆本はん、こういう時だけ妙に勘が冴えるんやな」
「なんか面白くない〜」
目の前の空間が歪曲すると、葵の瞬間移動で薫、葵、紫穂が現れた。
三人共、学校の制服ではなく、私服での登場に皆本は少々顔を渋めながら見つめている。
「君達、今日学校はどうした ? 」
今が、午後二時過ぎを廻ったとはいえ、彼女達が学校から駆けつけて来た様子は感じられない。
明らかに、行っていないのだ。
「いや、あの、それは--------- 」
しどろもどろになり、どう言い訳をしようと考えている薫をサポートするように、紫穂が皆本に答えた。
「ぶっちゃけ、今日はサボリ。あ、でも、今日は影チルが登校しているから大丈夫よ」
何の悪気も無さそうな平然とした顔で、紫穂が今日は休んだと事実を話した。
「任務以外で、影チル登校してはいけないと何度言ったら分るんだ ?! 」
ズル休みをした事実を知り、生真面目な皆本は若干腹が立ち始めている。
「そんな怒んないでや、皆本はん。今日は局長も蕾見のばーちゃんも影チル使って休んでいいと言ったんや」
更にバベルの重鎮を味方に背負い、葵は皆本をなだめようとするのだが。
「またあの人達もグルか…… まったく、こいつらに甘すぎる」
昔から変わらない桐壺と不二子のチルドレンへの限度を超えた可愛がりには、かなり呆れ返る事がしばしばある。
厳しく律する際は、律さないとこの子達の為にならないという考えが常に彼の中で思っている事。
「そんなに怒らないで、光ちゃん。この子達は何も悪く無いのよ、今日の事は私から頼んだんだから」
一方的に三人が学校をサボった事を責めようとする皆本に、母親が弁明をするように話に割りこんでくる。
「母さんが ? 何故 ?」
「だって、光ちゃん…… 最近になるまで、全然家に帰って来なかったし、
誕生日も留学する前までしか祝えなかったから。今年こそは祝ってあげたいと思って、光ちゃんに黙って薫ちゃん達に相談していたのよ」
「母さんまで…… 別に、当日で無くても僕は良かったんだよ」
「そんな事を言わないでよ、皆本。あたし達は、当日に皆本を祝いたかったんだから……
あたしだって、今年の誕生日。あたしに黙っているつもりでサプライズ考えて祝ってくれたじゃん。
自分の生まれた日に、祝ってもらえる事がどんだけ嬉しかったか。皆本が生まれた今日だからさ…… 他の日じゃ、嫌だったんだ」
数ヶ月前の薫の誕生日、彼女には内密に当日のサプライズパーティーを企画していたのだが、
最終的には本人にバレて一緒に楽しんで終わった経緯ある。
その際の薫は、多くの友人や仲間達に、誕生日当日に祝福してくれた姿を皆本は思い出すと、先ほど、
自分の口にした言葉を取り消したくなる思いで一杯であった。
彼女達は、自分を心底祝福しようとしているのだ。
「ケーキだって、三人が昨日の夜から家に泊まりこんで作っていたのよ」
更に母親が、薫達への後方援護を与えたことにより、皆本は自分が駄目だったと気づかされる。
普段、お菓子作りなどしない彼女達が一生懸命に作ってくれた想いが込められたケーキを食べて、
どれだけ彼が大切にされ祝福されていたのかと、後悔と喜びがこみ上げる。
自分だって、誕生日当日に祝福されたかったのだと、素直に認め受け入れた。
「僕が悪かったよ…… 君達の思いに気づいてあげられなくて。本当に、僕はこういう事に鈍感みたいだ」
自嘲するような顔で、皆本は一同に謝罪した。
「別に皆本さんが謝ることなんかないわ。ただ、分かってくれればいいのよ」
少し落ち込み気味の皆本を慰めるように、紫穂が彼の腕に自分の手を回し寄り添う。
「そやそや、ウチら皆本はんと出逢ったから、今がある。その大事な人が生まれた日を一緒に祝えればいいんや」
紫穂とは逆の彼の腕に、葵も寄り添い彼を慰める。
一方の薫は、その空間に入りづらいのか、それを物言いたげに見つめているだけであった。
「話はどうにか収まったみたいね。じゃ、今度は皆でお祝いしましょう ! 」
仕切りなおすように、母親が一同に声をかけるのだった。
「結局、何で皆本はあたしらの事がわかったの ? 」
皆本の横の席で薫は、自分で作ったケーキを食べながら皆本に自分達の存在を気取られた理由を尋ねている。
「それは…… このテーブルが庭にある段階で疑っていたんだ。僕でも一人じゃ持てない大きさと重さなのに、
母さんがここまで運べるとは思えなかったんだ。そして、このケーキ……
母さんには悪いけど、母さんの料理の腕じゃ、いくらなんでもこの味は出来ない。
おそらく誰かが手伝っているだろうと考えて、テーブルの件も合わせると君らだと母さんに揺さぶりをかけたのさ」
細かい所まで観察していた皆本が、その理由を説明すると、少し母親はガクリとうな垂れている。
そこまで自分の料理の腕が信頼されていないことにショックを受けたようだ。
「適わないな、皆本には。でさ、あたしらが朝から誰も祝福してくれていなかったら、寂しくていじけていた ? 」
「そ、そんな事は無いさ。大人だからそのくらい割り切っているさ」
薫の質問に、皆本はほんの少しうろたえながら、本心を悟られないように平静を取り繕っているのだが--------
「目茶苦茶、気にしていたみたい。かなり朝、寂しくていじけていたわよ」
いつの間にか紫穂が皆本の肩に精神感応能力で触れ、あっさりと、彼の本音を暴露した。
「紫穂っ ! また勝手に読むな ! 」
更に皆本は、うろたえながら紫穂に文句を言うのだが、紫穂の方はフフフとばかりに、嫌らしい笑みを浮かべている。
「あーぁ、強がっちゃてたんやな、皆本はん。今日ぐらい素直に認めればいいのに」
同じく、葵も皆本を茶化すように小気味の悪い笑みを浮かべて彼を眺めていた。
「もう、分かったよ。寂しかったし、いじけていたのを認めるよ。だからこれ以上追求しないでくれ ! 」
観念した皆本は、弱々しく答える姿を見た母親は、自分の息子の自分が知らない姿を見て、内心で喜んでいた。
こんなにも、自分をさらけ出すことの出来る存在が出来ていることに。
幼い頃は、周囲に気を使いすぎて、自分を曝け出すことなど出来ったことを知っているから尚更だった。
「素直でよろしい。じゃ、ご褒美にあたし達から皆本にプレゼントを上げる」
素直な皆本を見て、安心したように満足したのか薫は椅子の横に置いてあった紙袋から、
ノート程の小さな包みを取り出し、皆本に手渡した。
「君達からの ? 」
受け取り、外見を丁寧にリボン付きで包装されているのを慎重に外すと、中からはアルバムが現れる。
皆本はその中身をゆっくりと指先で開いていく。
「これは…… 」
思わず彼は、懐かしさが胸の中に蘇える。
アルバムの中には、初めて皆本が『ザ・チルドレン』の担当指揮官になり改めて、
三人に顔を会わせた日に撮影した写真を筆頭に、それからの三年間、色々な際に撮影した写真が順番に並んで張られていた。
ページを捲るたびに、少しずつ成長していく三人の姿と、互いの日々が写真から伝わる。
終わりが無いほど続く、アルバムは自分達が共に過ごした絆の深さのように思えていた。
そして、途中のページまで来るとそこにはまだ何も貼られていない白紙の状態である。
「ここは、今日の思い出を貼るつもりで空けてあるんだ。今までも、これからもあたし達は皆本と思い出を作るんだからさ」
白紙の意味を皆本に説明しながら、薫はどこか照れくさそうに笑うのを見て彼女達の優しさが、皆本の胸を打つ。
「薫…… 」
誰よりも絆を求めてやまない子だからこそ、こんな思いつきをしたのだろう。
人を幸福にさせて、自分もまた幸福に満たしたい姿に皆本は心を揺さぶられていた。
「じゃ、カメラ用意してあるから写真撮ろうよ 」
「ちょいと待ちや、大事な事を忘れているやん」
薫が、カメラを取り出そうとした際、葵がそれを制止する。
「まだ、皆本さんに渡してあげてないプレゼントあるじゃない」
「あ、そうだった」
紫穂が薫に目配りしながら、すっかり忘れている事を思い出させようとして薫もまた思い出す。
「他にも何かあるのか ? 」
一体何だと皆本は全く見当がつかないようで、首をかしげている。
「そんなにたいしたものじゃないよ。ただ、歌を皆本にね…… あたしの誕生日の時みたいに、
ガールズバンドのような演奏でなく、アカペラだけどね。歌で誕生日を祝うのが、何か気に入ったから…… だから聞いてくれる ? 」
「あぁ、喜んで」
皆本は、快く了承するのだった。
♪ Happy Birthday Yeah !
あなたが生まれてきて 心から感謝してる〜
三人の高く透き通った声が、はもりながら高らかな歌声を響かせる。
何年か前に流行した歌手の歌だということは、皆本は後で知ることになるのだが、歌詞の内容が彼の中で心地良く響く。
♪ 年を重ね合うっていつかは お互い大人になるけど
相も変わらずにはしゃぎあって
同じことで笑いたい〜
歌詞の一つ一つが、皆本と三人と日々を重ねるように、不思議なまでに皆本は同調しながら今までの日々を思い出していた。
♪ Happy birthday
You’re the only one for me〜
リフレインを残しながら、三人が心を込めた歌が終わりを迎え、皆本は大きな拍手をしながら満面の笑みを浮かべて
幸福に満ちているのを見た三人もまた同じように、笑顔を零す。
共に過ごしてきた時間、そしてこれからもそれは変わりなく続き、お互いに大人になりながら距離感を近づけていけられるのだからと。
些細なことかもしれないが、いつまでも笑いあいながら過ごせられたらと、この場の誰もが祈る最大の願いでもある。
「ありがとう、三人とも…… 嬉しかった」
心からの感謝を込めて、皆本は礼を述べた。
こんなにも、自分は大切にされ祝ってもらえることが何よりも彼の支えであり、これからの活力にも繋がる。
「皆本のためだもん。あたし達はいつでも歌ってあげるよ。来年も、再来年も、未来もね」
無邪気に薫がそう笑む姿に、皆本の胸は暖かさに身を包まれるような感覚が訪れる。
以前にも、彼女が無意識に彼を念動力の思念波で包み込んでくれた時と同じように。
皆本は、本当にまた来年も、そしてこれからいつまでも彼女達の優しい歌声で祝福して欲しいと心から望んだ。
この優しい思いがあるかぎり、変えられない未来など無いのだと背中から勇気を与えてくれるように。
◆3◆
「何しているの、皆本 ? 」
誕生日パーティーも終わり、久々の実家でくつろぐように皆本は二階のテラスに肘をつけながら、
先ほどまで皆で楽しんでいた庭を見下ろしていた所に、地上から薫が念動力で浮かびながら現れ、テラスの珊に腰を下ろした。
「いや別に何もしていないよ。今日はとても素敵な一日だったと思っていたのさ。ありがとう薫…… 嬉しかったよ」
「あたしだけにお礼を言わないでいいよ。紫穂や葵、皆本のお母さんや、バベルの皆が協力してくれたんだから。言うなら、皆に言ってよね」
感謝の言葉を自分だけに向けられた事に薫は、抜け駆けしたくないらしく、皆本をたしなめた。
「そうだったな。皆に言わなきゃいけない…… 」
周囲の気遣いを考えていた薫の優しさに、彼女がまた少しずつ成長していくのを目の当たりにしていた。
まだ彼自身も、子供っぽい部分を持ち完全な大人とは未だに思えるのだが、まだ大人になりきっていない薫達にいつか、
同じ視線で意見を言い合える日が近づいているのだとも実感する。
そして自分もまた彼女達に負けないように、共に成長していかなければいけないのだと。
「でさ、初めてケーキを作ったんだけど、本当に美味しかった ? 紫穂がいるから、味はいいとは思うけど……
それでも、皆本の作ったケーキの方が、美味しいと思うから」
先ほど、美味しいと言われたというのにまだ何か心配な薫は、もう一度皆本に尋ねてくる。
彼のために作ったケーキの感想をここまで気にしてしまう薫の女の子らしい素振りが、
皆本にはいつも以上に可愛く映り、同時に以前のような彼女の特徴でもあるオッサンのような行動が少なくなり影を潜めているのは、
どこか残念のように思えたりもしていた。
本来なら、そういう行動をしなくなったのを誉めるべきなのに、不思議と残念さを抱くのは彼の中で、
まだ小学生の頃の彼女が心に居続けているのだろう。
「本当に美味しかったよ。僕が作るよりもね…… 」
お世辞ではなく、本当に彼はそう感じていたのだ。
「そっか…… ありがと。安心した…… ねぇ、ケーキの甘さは、いつぞやのキスよりは甘かったかな ? 」
意地悪気に薫はぽつりと口にした一言で、皆本は瞬時に硬直する。
まだ、薫はあの時の事を根に持っていたのかと驚愕すら覚えた。
勿論、あの時とは今年、薫の誕生日当日に黒の幽霊の娘の人格の一人から皆本への
熱烈なキスを贈っている瞬間を偶然にも目にして、嫉妬で激しく憤慨をしていた経緯がある。
あの直後は、薫を筆頭に紫穂、葵までもが皆本に対して嫉妬し続け気まずさがあったのを今でも忘れることは出来ない。
ようやく、それが薄まり何事もなかったようになった最近になって、また薫がぶり返すとはよもや思っていなかったのだ。
「いや、あの、それは------------ 」
動揺し困惑している皆本は、薫にどう弁解していいのか何も浮かばない。
自分よりも十も若い少女の一言に、どうしてここまでたじろがされてしまうのか、彼には分かるはずも無い。
遥かに年上である皆本が、完全に腰に敷かれているような光景は、傍から見れば滑稽で間抜けに見えるに違いない。
そんな皆本の反応を見て、薫は小さく吹き出した。
「冗談だよ、皆本。あたしはいつまでも怒ってなんかいないって、ちょっと意地悪にからかっただけ」
「からかうなよ、薫」
冗談と知り、皆本は一応安堵するのだが、それでも薫が本当に怒っていないのかが気になるのは確かだ。
「あれは、皆本が悪いんじゃないのは分かっている。あの時は、あたしも血が上って自分でそれを受け入れられなかっただけだもん。
あの黒の幽霊の娘の人格の一人であるフェザーって娘も、皆本が優しい人だと分かっていたから、そうしたんだと思う。
不思議なんだよね、皆本は…… 普通人なのに、エスパーから好かれやすいというか、惹かれやすいという魅力を持っている。
それはあたし達をエスパーとしてじゃなく、一人の人間として見ていてくれているからそう思えてくるかもしれないってね」
皆本がエスパーに好感を持たれやすい存在である理由が彼自身は皆目見当もつかないのだが、薫達にはそれが良く分かっている。
彼のその魅力により、昔の自分が救われ今の自分がいるのだから。
「よく僕では分からないが、そう思ってくれていたんだな…… 」
薫に言われるまで知らなかった他人からの自分の姿を知ることが出来、
皆本は今まで自分の貫いてきたことは間違いでは無かったと救われた気分になる。
そして薫もまた昔のように、子供みたいな嫉妬をしなくなった分、分別は付いたもの、
時折、皆本を動揺させるような言動を取るのもある意味、大人になりつつあるのかもしれない。
ただ、この間の件については、浮気現場を覗かれたようで、いつまでも追求されているような気分であるが。
以外にも、さばさばしてそうな薫が根を持ちやすい性質でもあるのを知る羽目になったのである。
それは彼だって同じかもしれない、薫が兵部に気がかりを向けたりすると何故か、
いい気分にならない所か苛立ちを覚えてしまうのだから。
彼はそれが嫉妬とは気づいている。
知らされた予知に従うように、遠く無い未来に薫を奴の手に奪われてしまう怖さは常にあるのだから。
絶対に渡さない------- 独占欲とも言える彼の本性が、そう叫んでいるのかもしれない。
チルドレンとの幸福の時間を壊されたくないのは、誰よりも皆本が一番強く感じていた。
ふいに、薫は皆本の顔を真剣な眼差しで見つめているのに気が付く。
「か、薫 ? 」
一途に何かに惹かれているかのような瞳を向けられ、皆本は一瞬胸が高鳴った。
彼女は今、自分に対して何を抱いているのかと。
何も言わず薫は、彼の口の横に人差し指を伸ばすと一瞬、拭う様に触れ何かを掬い取った。
「ケーキの欠片が付いていたよ。意外と皆本も子供みたいだね」
欠片のついた指を薫は自分の口に、何の抵抗も無く口にした姿を見て、皆本は何ともいない感覚が彼の中で走り抜ける。
それはひどく心を揺さぶられるように、惹かれるものであった。
同時に薫からこんなにも魅力を感じるとは、予想もしなかったのだ。
些細な仕草一つで、女の子ではなく、女性として感じてしまった現実を皆本は、どう受け入れるべきなのか分からない。
ただ、気づかなかったように見過ごす事が賢明なのかと。
今の自分達の関係を壊したくないのなら--------
「 ? 皆本どうしたの ? 難しい顔して」
何も彼の内心の事情など知らない薫は、更に彼の顔に近づこうとするのを、反射的に後ろにたじろいだ。
「な、なんでも無い ! 」
「変なの…… 」
皆本の態度にただ薫は首を傾げるだけで、不思議がるばかり。
(このままでいいんだ…… 薫はまだ中学生じゃないか。僕が導いていかなければいけないのだから-------- )
自分で自分を説得させるように皆本は、自身の中でそう湧き上がった感情を抑え込む。
まだ、自分には必要の無いものだからと。
「薫ちゃん、何処に入るの ? ちょっと来て手伝って〜 」
下のほうで、紫穂が薫を探す声が聞こえ薫は皆本から視線を外し、その方向に目を向けながら返事を返した。
「今行くよ〜」
「僕も行こうか ? 」
「あたしだけで大丈夫と思うよ。せっかくの実家じゃん、皆本は今日はゆっくりしていてよ」
薫と共に紫穂を手伝いに行こうと言ったのだが、気遣うようにやんわり断られると、無理やり行くわけもなく彼は諦めた。
「じゃ、行ってくる」
軽やかに薫は、念動力でまた宙に体を浮かばせながら呼んでいる紫穂の元に駆けつけ去っていく。
再び一人になった皆本は、薫の去った方向を見つめていた後、随分と高くなった秋の空を見上げながら、
今日の素晴らしい一日を与えてくれた人たちに深い感謝を抱いた。
(ありがとう…… 僕は生まれてきてよかったと、今日それを本当に実感できた…… )
そして、これからも毎年こんな一日が来ることが出来るのを待ち遠しく思うのだった。
◆4◆
深夜、皆本は無言で自宅の玄関を開けると、乱雑に上着をソファーに投げ捨てながら、
導かれるようにまっすぐ自分の寝室に入り込み、ベッドに沈み込むと一瞬で意識を落とす。
最近は、彼自身にふりかかる多大な困難と重責が乗りかかっている日々に疲れ果てていることもあり、
食事さえもろくに取らず、ただ自宅に帰っても眠りに来るだけの日が続いていた。
自宅に帰っても、帰宅をねぎらい迎える存在は誰もいない。
ただ、孤独しかない自宅などいても仕方ないのだと思いながらも、ここに戻ってきてしまうのだ。
もしかしたら、戻ってくるかもしれないという淡い期待が残っているのかもしれない。
ベッドの側にある棚の上には、写真が入れられるオルゴール箱が置かれている。
少し何かにぶつけたような傷はあるものの、どうにか曲は鳴らせることが出来き、蓋を開ければ、
小学生の頃の三人と彼の姿が時を止めたように無邪気に微笑んでいる。
ただ今が幸福に包まれていた時代の自分の姿を見ながら、皆本は度々懐かしさと胸の痛みを覚えていた。
もう、二度とあの時間は戻らないと分かっているのに。
自分の側に、彼女達はもういないのだから。
オルゴールの横に淡く液晶型のカレンダーが暦と現時刻を静かに刻んでいる。
暦は、2020年9月13日を刻み、その日が彼の30回目の誕生日だとも示していた。
しかし、それを祝う人間は既出の通り、誰もいない。
昨年までは、必ず当日に彼を祝ってくれたのだが、そんな彼女達は昨年、薫が彼の元を自分の意思で去った後、
紫穂と葵もまたしばらく前に彼が、薫を連れ戻そうとNYに赴いている際に、薫により彼女の元へ行ってしまった。
その際に、この家も薫の念動力らしき力で破壊されてしまったのだが、それでも修繕して今でもここにいる。
大人になった彼女達は自分自身の考えで、自分が生きる道を選んだ事を責めることは出来ない。
自己責任を持てる年でもあり、彼が彼女達を養育していく日々が終わったのだとも、その時感じていたのだ。
もう誰もいない家で、彼は自分の誕生日すら気づくことも無く、やりきれない日々を過ごしているに過ぎない。
間も無く訪れるあの予知の日に怯えながらも、それは実現させてはいけないと、早く薫と出会い回避する為に手を尽くし、生きている。
しかし、彼女の嫌な噂は聞きたくないほど耳に入るのだが、以前、その姿を目にすることは出来ずに失意の中に彼はいた。
この東京のどこかに、薫はいるというのに。
逢いたくても会えない辛さが、彼の心を蝕んでいた。
彼のマンションの上空で、宙に浮かんだまま彼の部屋に視線を落としている人影がある。
それは小学生の終わり頃から伸ばし続け腰まであった髪を、思い出に別れを告げるように、
それ以前のショートカットに切り戻した姿で出で立つ赤毛の女性-------- すなわち、薫の姿であった。
皆本の側を自分の意思で去った後、パンドラで同胞達を守り、
エスパーが何の気兼ねも無く普通に生きていけられる世界を求めるために今までの生活に別れを告げて今に至る。
側を離れてから、皆本とは逢うことも無く別の世界で生きてきたはずなのに、今宵に限り彼の家の側に姿を現していた。
だが、薫は彼に逢うつもりは毛頭も無い。
逢うべきではないと、自分で一線を引きながらもここにいる。
何の為かといわれれば、言葉に困るのだが、今日はどうしてもここに足を向けたかったのは自分でも抑え切れなかったのだ。
「あそこまで壊したのに、まだここにいるんだ…… 」
少し前に、紫穂たちを仲間に迎え入れるために、主が留守であるこの家に訪れた際に、
深刻までとは言わない程に、念動力で破壊してしまったのだが、彼は引っ越すことなく、修理してこの部屋に住み続けている。
それは、また薫に戻って来てほしいという願いだとは、彼女も気づいている。
しかし薫は、戻るわけにはいかないと、そう自分に言い聞かせるように、破壊したのだ。
幸福と愛情に包まれていた過去の思い出に別れを告げるように自らの手で、それを壊そうとしたのが本音だったのかもしれない。
もうあの頃の自分では無いのだと。
それでもここに来た理由は自らがよく知っている。
「薫ちゃん ! 」
薫の背後の空間が、歪曲すると紫穂と葵が現れた。
「紫穂、葵…… 来たんだ」
「薫なら、きっとここに来ると思ってな…… 」
「私達も、ここに来たくなってしまったのよ…… 今日は皆本さんの誕生日だから」
葵も紫穂も、薫の姿が見えないことを推測してここに来たのだった。
皆本の誕生日を忘れる事無ど出来ない…… この家に、沢山の思い出があるのは彼女達も同じだったのだから。
「そうだね…… あたしも、同じ…… 」
自分達をここまで、救い導いてくれたのは皆本であり、返しきれない多大な感謝と恩があるからこそ、三人は皆本を忘れることなど出来ない
彼がいなかったら、今の自分達はいなかったのは確かなのだから。
「でも…… もう目の前では皆本を祝ってはあげられないから。私は、皆本を裏切ったことには変わらない事実なんだし」
顔色を鬱っぽく曇らせ、薫は辛そうに自身の咎を吐く。
「それは、うちらだって同じや。恩を仇で返したようなもんや…… 」
「それでも、私達にはこうするしかなかったのだから、薫ちゃんだけが苦しむ事なんか無いわ……
葵も紫穂も、裏切ったことに苦しむ薫の姿を見るのが同じように辛い。
自分達も彼を裏切った立場には変わりないが、しかしそれでも、皆本と深く情を絡ませあった薫が一番、
苦しんでいるのは分かっているからこそ、自分達もその苦しみを分かち合い、少しでも心を救いたいのだ。
その優しさが今の薫に、なんともいえない救いでもあり、
幼い頃からの同じ痛みを分かち合った大切な親友が側にいたことが、何よりも嬉しかった。
「ねぇ…… 歌おうよ…… あの頃のように」
薫が二人にそう声をかけると、彼女達もそれが何なのか理解して首を縦に振る。
「そうね、今の私達にはそれだけが精一杯のお祝いだし」
「そや、歌おう。何もしないなんか嫌や」
三人の気持ちが重なり、薫が先に口走るように歌いだす。
中学生の頃に、皆本に捧げたあの歌を。
静まった夜の空に、澄んだ三人の小さな歌声が響き周囲の空気が柔らかさを感じるように優しく流れ、
それは眠りについている皆本の部屋にも伝わる。
三人は、自分達の思いを乗せて歌い続け、彼を祝福しながら胸の中で呟く。
(おめでとう…… )
『 …… 行こう』
やがて歌い終わった薫は、部屋を見下ろしながら思いを振り切るように、
そこから視線を外すと、普段の厳しく冷静な面持ちに変え、紫穂と葵と共に葵の瞬間移動で姿を消した。
翌朝、目を覚ました皆本は普段よりも妙に体が軽いことに驚きながらも、久々に穏やかな顔を浮かべている。
「 …… 夢のせいかな…… あいつらが、僕の誕生日を祝ってくれた」
もう前日となった自分の誕生日だったが、夢の中で三人が自分の為に歌声で祝ってくれていたのを朧に覚えていた。
ただの夢かもしれないが、それだけでも今の皆本には満足であった。
自分の元を離れていても、絆がまだ続いているのだと思え、それが彼の心の支えになる。
また彼女達からの祝福の歌声を来年こそ、目の前で聞かせてもらうのだと。
皆本は、しまいこんでいた昔、彼女達にもらったアルバムを取り出し、何も貼られていないページを開けた。
「まだ、終わりなどないんだ。いつかこのページにまた皆で写真を貼れる日が来るはずだ」
生まれてきたことに、彼は後悔などしない。
彼女達を------- 薫を救うために自分は生まれてきたのだと、強く信じて。
終。
2009.09.23
皆本誕生日話です。
先週のサンデーネタばれ満載ともいうべき内容ですが。
作年は祝いSSを書く事が出来なかったので、今年こそはと。
話の中に出てくる歌は、川嶋●いの『happy Birthday』
全歌詞掲載すると色々駄目かしらと一部のみですが。
…一部分でも、駄目ですので、近いうちに自分の考えた歌詞に替えるかと(苦笑)
本誌で歌ネタがあったので、今回はそれに合わせた内容で。
薫の嫉妬ネタは、是非とも根に持たせて使いたかったというか。
中学生での話は、ほのぼのでしたが、大人話は暗くてすみません(汗)
中学生で話切ってもよかったですが、大人薫さんが書きたかったです(本音)
中学生薫によろめく皆本は、ロ●コン化してますね、普通なら。
とりあえず、一瞬、意識させたかっただけです。
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