『ミライノスガタ』




※サンデー2010年15号 モロネタバレ注意。




「 ………… 」

 とある日の昼下がり、薫はBABEL内の一室で何かを手を取りながら見つめている。

 何やら深刻な顔をしている姿を、たまたま入ってきた皆本の目に止まった。

「薫、どうした、こんな所で何をしているんだ? 」

「あっ、皆本…… えっと、いや、あの…… 」

 ふいに背後から声を掛けられ、驚いた薫は思わず甲高い声を上げながら彼の方に振り返った。

 誰もこの部屋に来ないだろうと思っていた分、驚きは一際である。

 薫達がいる場所は、BABEL内でも普段使用頻度が少ない機器類や、物品を収納する倉庫室の一角。

 たまたま皆本は、ここに収納されている機材を取りに来ていたら、薫と鉢合わせしたのだ。

「薫…… それは----

 薫の手にしている物を見て、皆本は思わず顔を顰めながら顔色を曇らせた。

 それは、ぬいぐるみであり、皆本自身と薫をイメージして作られたもので

今から数年後と予想される姿をしている。

 少し前に、皆本が数年間薫達に伏せていたいずれ起こるだろうと示した

伊号が見た予知の存在を兵部により暴露され、

伏せていた理由を責めたてられた皆本と蕾見不二子は一部の予知だけを隠蔽しながらも、

その詳細を分りやすいようにと説明したさいに使用した人形である。

 余談だが、それは皆本のお手製という事で、どこまでも器用だと周囲に言われたらしいのだが。

 簡単で分かりやすい今時のCG作成ではなく説明するには、

人形劇の方が一番と不二子が我が儘を言ったために、急遽作成したのである。

 見た目は若くても、そういう生活思想ではやはり戦前生まれの人間なのだと

妙な納得をした皆本でもあったのだが。

 それはさておき、説明して自身で未来の事を受け入れたはずの薫が、

今こうして数年後の自分の人形を持っているのだから、皆本は嫌な予感が湧き上がる。

 自分の未来の行く末を知って、重荷になっているのではないのかと-------

 小学生ではないとはいえ、まだ中学生である薫には真実を知らせるのは

早すぎたのではないかと後悔すら覚える。

「未来の事、気になっているのか ? 」

「それは無いよ。この間も言ったじゃん…… あたし達の未来は、あたし達で変えるって。

覆すのが難しいかもしれないけど、最初から何もしないでいるより、前に構えて闘う方がいい」

 薫の前向きで彼女らしい考えに皆本は、気がかりが杞憂だったと胸を撫で下ろす。

 常に困難に打ちひしがれる性格ではなく、逆に立ち向かって打ち勝つ子なのだと、

皆本は良く知っているのだ。

「そうか、ならなんでそれを持っていたんだ ? 」

「ちょっと、朧さんに頼まれて使いたい機材を持ってきてくれと言われて来たら、

たまたまこれを見つけてさ…… あたしが大人になったら、

こんな風になっているのかなって、思ったんだ」

 ここにいた理由を話しながら、少し薫は照れているように皆本には見えた。

 少し前まで気づかないでいたのだが、最近の薫はどことなく控えめな

様子を見せることがあり、時折恥じらいを見せたりして、タチの悪すぎる

エロオヤジのような性格であった彼女も年頃の女の子だったんだと実感してしまう時があるのだ。

 そして、薫の口にした一言が皆本の胸を揺さぶる。

「ねえ、皆本…… 伊号のじーちゃんの予知で、

あたしが大人になっている姿を見たんだよね、どうだった ? 」

「ど、どうだったって、何が…… だ? 」

 意外な質問に、思わず聞き返してしまう皆本である。

「大人のあたしは、いい女だった ? 綺麗だった ? 」

「え ? 」

「どうだったって、聞いているんだよ。それがあたし気になってさ」

 将来の運命よりも、自身の姿が気になるのは薫らしいというべきか、

大人に対しての憧れを根強く覚えてしまうのは同世代の子なら誰でも思うのだろう。

 そう思えると皆本は、少し顔を緩ませ人形の頬に軽く触れながら答えながら、

脳裏に浮かぶ、大人の姿の薫の姿に初めて出会った瞬間を思い出しながら、愛おしそうに言葉を紡ぐ。

 そこに凛々しく、決してひるむ事無く立つ姿は、彼の目には眩しく映りながらも、

どこか寂しさと儚さを抱いた薫が。

「大人の君は、薫が思っている以上に素敵な女性だったよ」

「本当 ?! 魅力的だった ? 」

「あぁ」

 少し照れながら話す皆本の言葉に薫は、自分でもどう言っていいのか分からない嬉しさがこみ上げる。

 現実とは言えない漠然として教えられた未来の自分の姿であっても、

皆本が自分の事を大人の女として見ていてくれたのだと。

 薫自身は正直、女らしさには自信が無いこともあり、

それは大人になってからも変わりないのか、気にしていた面もある。

 だからこそ、こうして皆本が言った言葉により、何とも言えない安堵を抱けるのだ。

「そっか、あたしも皆本が気になるような女になれるってことだよね、少し安心した」

「でも、僕は予知での薫には会うつもりはないよ」

 安堵しきっている薫に水を挿すように、皆本はかの未来の彼女に会うのを拒否する。

「分かってる。あたしだって、そんな未来なんか嫌なんだもの。

きっとエスパーが幸せになれる世界にしたいから、未来のあたし達は戦っているかもしれない。

皆本は、今も…… きっと未来もノーマルもエスパーもどちらも幸せにしたいから頑張っている。

だからあたしは、皆本と同じ気持ちでこれからを生きていくだけだよ。

そうしたら、皆本の知らない未来のあたしになって、皆本の前に立てると思うんだ。

明日がどうなるなんて誰にも決められたくない。未来のあたしは、あたし自身が作るんだからさ」

「薫…… 」

 本当の真実を知らないとはいえ、薫の迷いの無い言葉に皆本は心を動かされる。

 本能で同胞を救いたい意識を持っているのは知っているのだが、

それだけではなく漠然ではあるのだが、それだけでは未来を変えられない

意識を強く抱いている姿に惹かれていた。

 だれよりも、同胞に慈悲深い本質を持つ薫の人間性に。

 彼自身にはまだ自覚は無いのだが、

その惹かれる一面に未来の彼女と同じ姿を今の薫に被せているかもしれない。

 あの悲劇とは別の形で、互いの未来を迎えたい気持ちは変わらない。

「予知ではない薫に逢える日を楽しみにしているよ」

 心底、皆本はそう願いを抱きながら、薫の左肩に手を置いた。

 願うだけではなく、それを手にする運命に立ち向かう決意を今一度抱き、

あの儚げな彼女ではなく笑顔で自分の前に立っている日を手にするのだと。

 一方の薫は、皆本からの今まで向けられた事の無い視線を向けられ、

自分でも理解出来ない感情が全身を駆け巡りながら、

胸の鼓動が全力疾走の如く高鳴るのを抑えきれずにいる。

 いつからなのか、皆本が自分の側にいるだけでこうなるのだ。

 自分の体調がおかしくなってしまった錯覚さえあるのだが、

その真意が分かるのはしばらく先の事である。

 今もまた、皆本を直視出来ないほどに動揺しながら、

顔を背けてしまう薫の行動を彼は最近避けられているのではないかと、

些か気になってしまうのだが。

(大人になった時、あたしを皆本は、どう思ってくれているんだろう…… 

見た目じゃなくて
--------- 本当のあたしを--------

 薫の内心で、大人の自分を皆本がどう接してくれているのかという懸念と願望が浮かんでいた。

 口には出さないけれども、どんな出来事が起ころうが自分は皆本と対立するつもりは

無いという強い思いの意思が彼女の中ではあるのだから。

「だ、だったら、ずっとあたしの事を見ていてよね ! 」

「いつも見ているじゃないか」

「今以上にだって ! 」

「分かった分かった」

「 …… 」

 睨み付けツンデレ風味で薫が、そう言ったことに対し皆本は、

子供の我が儘をあやす様に扱う事に、薫からはそれが無性に気に入らない。

 中学生になったというのに、未だに子供扱いの域から出ようともしない皆本の態度が腹立だしい。

 いつになったら、一人前の女性として見てくれるのかと思うと胸が何故か痛むのだから。

 

 薫は手にしていた人形を元あったダンボールに戻しながら、彼の方を振り返る。

「あたしだって、いつまでも子供じゃないんだからね。

皆本が、気がついたらあたしは絶対イイ女になっているんだから ! 後悔しても知らないよ !! 」

 それだけ言い残して薫は、頼まれていた機材を念動力で持ち上げながら一足先に室内から出て行った。




「いつまでも子供じゃないか…… 」

 薫の言葉に皆本は思わず苦笑を浮かべながらも、言葉の真意を深く噛み締める。

 先程まで薫を子供扱いしていた事に気づきながらも、

いつまでも子供扱いしていたい自分がいることを否めない。

 この関係のままでいたいという願望があるのかもしれない。

 いずれ、成長した薫に対して抱く感情と、薫自身が彼に抱く感情を皆本は知っているからこそ、

今の関係が壊れる事に不安を感じ、その願望が強くなってしまうのだ。

(誰も変わらないままで生きられるはずはない。

変わり行く事を素直に受け入れることが大事なんだと薫に教えられたな。

その気持ちこそが、運命を変える力になるんだろう
-------- 僕も変わっていかなくてはいけなんだ)

 薫達に、示された運命に立ち向かう強さをもう一度教えられた皆本はしゃがみこみ、

箱にあった薫の人形に触れながら小さく笑んだ。

 そして隣に置かれていた自身の人形と手を繋がせながら-----------

「皆や薫や僕が、手を繋いで笑いあえる未来を作ろう…… 」

 自身に言い聞かせるように呟くと、箱を閉め彼もまたここに来た用件の物を取りながら、

部屋を後にするのだった。





                                  終。


                                  2009/03/15



 久々の中学生薫ネタで。
 サンデー本誌ネタは、本当に久々という状態でした。
 本誌でBADEND直前まで予知ネタバレしてしまった&説明人形が可愛すぎたらこんな話が(笑)
 ま、まあ、ベタベタはしないでいる話で抑えられて良かったですが。
 意識しているものの、自覚の無い時期の話は難しいですな(汗)

 まだこの頃の薫は、未来における自身の立場と責任の重さを知らないでいるから、
エスパーもノーマルも助けられると思えれている時代。
 重さを知った後には、そんなのは甘言であり、子供の戯言だったと自分で自嘲しそうですが。
 
 



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