『そのエスパー、甘え下手につき』
ーーーあたしは強いんだもん。
超度7の念動能力者(サイコキノ)だから。
車だって投げ飛ばせるし、
ミサイルだって跳ね返せる。
誰もあたしに敵わないんだ。
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それは皆本がザ・チルドレンの指揮官に就任して、そう時間が経っていない頃のことだった。
皆本はヘリの中から傍を飛んでいる薫に指示を出していた。
薫の下には炎上している化学薬品工場。今回の任務はこの工場の火事の消火であった。
広大な土地を要するこの化学薬品工場は人里離れた山の麓にある。
その為、救助に必要な人員・機材の到着が大幅に遅くなっていた。
そこでザ・チルドレンの登場となったわけである。
「こら薫っ!!命令を聞け!!
まずは紫穂のサイコメトリーで内部の様子を確認してからーーー」
「命令命令って…いちいちうるさいんだよっ!!」
「危なっ…んがっっ!!??」
苛立った薫がサイコキネシスで皆本をヘリのシートに叩きつける。
紫穂は離れた場所で、先に救助した怪我人の様態をサイコメトリーしている。
葵は紫穂の移動役でついており、薫しか現場には居ない。
「もう救助は終わったから後は消火するだけだろっ!?
消火弾を投げ込むだけなら簡単じゃん!」
そう威勢良く言った薫は消火弾を片手に、工場へ向かって飛んでいく。
「ばか、いったん戻れ!
まだどれだけの薬品が工場に残ってるのかも分からないんだ!!
いつ再爆発を起こすかもーーーー」
皆本の懸念していた通り、そのとき工場内に残っていた薬品に火が引火し、2度目の爆発を起こした。
「う、うわぁーーー!??」
「か、薫ーーー!!!」
突然の出来事に対応が間に合わず、爆風に吹き飛ばされる薫。
一緒に吹き飛ばされた割れたガラス破片や、何かの金属製の部品が彼女の体をかすめていく。
ヘリは体制を崩し、皆本たちは薫に近づくことができない。
脳にダメージを受け超能力が使えないのか、薫はなす術もなく地面めがけて落下していく。
「い、いかんっ!!薫ーーー」
と、そのとき薫の体がパッと消えた。
次の瞬間には皆本の背後に3つの体が現れる。
「薫、危ないことやったな!」
「葵!た、助かった〜。一瞬サイコキノが使えなくなって落ちるかと思ったぜ。」
薫は安堵のため息を漏らし、葵に礼を述べる。
「もう、薫ちゃんたら危なっかしいんだから。あたし達が戻るのを待ってれば良かったのに。」
「葵、紫穂、助かった!薫、無事か…あ、いや、なぜ命令を無視したああ!
危うく死ぬところだったんだぞ、君は!」
チルドレンがからかったりしても、いつも最後は笑って許してくれる皆本。
だが今回はものすごい剣幕で怒っている。
「た、助かったんだから、別にいーじゃん。」
いつもと違う気迫の皆本にたじろぎながらも、弁解する薫。
怒りを顕にしていたが、あるものを見た途端に慌てだす皆本。
「薫!足を怪我してるじゃないか!?大丈夫か?」
先ほどの爆発で飛んできたガラスなどで、どうやら足を怪我していたようだ。
他にも細かい傷はたくさんある。
「うぁっ!ぱっくり切れてやがる…!
気づいたら痛くなってきた!」
「とりあえず止血しよう!」
皆本は手際よく持っていたハンカチで薫の傷口を止血する。
いったん止血を済ませると葵に振り向く。
「葵、消火弾をテレポートで高熱のポイントに飛ばせるか!?」
「任せとき」
皆本は先ほどまでパソコンで分析していた、消火ポイントを葵に指示する。
「ほな行くで!!!」
ヒュパッと音がしたかと思うと、立て続けに下方で消火弾が爆発し、火の勢いが衰えるように見えた。
紫穂が風をサイコメトリーする。
「火の進行方向の向かい側から風が吹き上げてる。あとは一般の消火機器でもすぐに消火できると思う。」
「よし、とりあえず現場は消防署の人間に任せよう!
葵、バベルまでテレポートする力は残ってるか!?」
「大丈夫。ここからそんなに遠くあらへん、あっちゅー間や!
薫、ちょっとの辛抱な。」
薫の足に手を当てている紫穂。なにやら眉間にしわを寄せている。
「…。」
その直後、4人はヘリから姿を消し、数度のテレポートを繰り返すと葵の言うとおりあっという間にバベルに到着した。
皆本は薫を抱きかかえ、医務室へと走る。
「僕は薫を医務室へ連れて行くから、葵と紫穂は待機!」
「「了解。。」」
「み、皆本、大げさだって。あたし歩けるからーーー」
「ばか!大人しくしてろ!」
医務室の近辺にくるが、皆本の友人であり、チルドレンの担当医師である賢木の姿が見当たらない。
近くにいた局員に尋ねるが、今夜は大怪我をして運ばれたエスパーがいるらしく、
夜勤の医師は皆、そちらのオペにかかっているということだった。
「仕方ない。応急処置ぐらいは僕にもできるから、賢木のオペが終わるまでちょっと辛抱しろよ!?」
「だから大丈夫だってば!子供じゃねーんだから…」
「ワガママ言うな!ほら、顔も怪我してるじゃないか。
女の子なんだからちゃんと手当てしとかないと。傷でも残ったらどうするんだ!?」
皆本は薫の頬に手をやる。
薫はらしくないと思いつつもドキっとしてしまう。
そして初めて皆本と任務をこなした日のことを思い出す。
まだ正式には須磨が主任だった。しかし彼女が錯乱状態に陥り、皆本の指示で任務にあたったのだった。
あの日もこんな風に火災消火の任務だった。
そして彼は『痛かったろう』と同じように薫の顔に手をやり、彼女を心配した。
薫は皆本のその言葉を聞いて、ある感情が溢れ出しそうになるが必死でこらえる。
超度7のサイコキノーーー
それが普通の人々の日常において、どれだけの恐怖だろうか。
また薫は日頃からカッとなってモノを破壊することもしばしばで、
超能力者を支援するはずのバベルの局員にでさえ彼女を恐れる者は多い。
そんな中、真っ先に自分の怪我を心配してくれる皆本。
エスパーだからどうかに関係なく、ただ女の子だから、という理由で。
今までそんな風に接してくれる人間は周りにいなかった。
せいぜい扱いの難しい、強力な道具が壊れたぐらいにしか思われていなかっただろう。
なのに、皆本は薫の体の安否を一番に考えてくれた。
彼の優しさに嬉しさを覚える薫であったが、口にすることは出来ない。
一方、皆本は先ほどの紫穂の言葉を思い出す。
テレポートの合間に、こっそりと耳打ちしてきたのだ。
『薫ちゃん、平気そうにしてるけど内心じゃ結構痛がってるみたい。
ちゃんと手当てしてあげてよね?』
“ったく、普段は生意気ばっか言うくせに変なところで強がりやがって…。
でもコイツら、たぶん甘え方が分かんないんだろうなーーー”
指揮官になってから、チルドレンの良い所も段々見出してきた皆本であったが、
同時に普通人にどれほど恐れられているかも分かってきた。
“普通人に恐がられて、邪険に扱われて…そんなんじゃ甘えられないもんなーーー”
若干10歳にして、誰にも甘えられずに強がっている薫に皆本は同情せざるを得ない。
皆本は医務室の戸棚から消毒液や包帯を取り出す。
そして薫の傷口を消毒し始める。
「い、いてぇ!!痛いってば皆本!!!」
相当消毒液が沁みるようだ。ジタバタ暴れる薫。
「こら、暴れるな。消毒せずに化膿したらどうするんだ。」
「だって痛いんだもん!」
「薫。」
「何だよ!?」
「泣いたっていいんだからな。」
「!」
その言葉に薫は再び動揺する。
抑えていた感情が、止まらなくなりそうになる。
「皆本、薬、痛いよ。」
薫の目から涙が零れ落ちる。
「あたしは、強いんだもんーーー。
ちっちゃい頃から、強力なエスパーで、大人よりも強くて。
ミサイルだって跳ね返せて。
誰もがあたしの力にビビってーーー。
一番強いあたしが誰にどう甘えていいかなんか、ずっと分かんなくてーーー。」
「うん、辛かったね。
でも薫、君はまだ小学生で、周りにもっと甘えていいんだ。
…だからもう一人で泣くな。」
「…!!!」
(ずっと考えないようにしてた。
…だって甘えたくてもそんな人間いなかったから。
無いものを求めたって悲しいだけだもん。)
それは自分でも気づかずにいた薫なりの防衛反応だった。
今まで自分のことを強い人間だと思っていた。
ちょっとやそっとのことが寂しくて、悲しくて、泣いたりするような人間じゃない、と。
弱いと認めてしまったとき、頼るべき相手が見つからないから。
紫穂や葵は友達であり信頼してはいるが、彼女らは守るべき人であり、守らなければならない対象に弱音など吐けなかった。
(でも、もういいんだ。
これから、コイツなら受け止めてくれるんだーーー。)
今度はボロボロと涙が溢れ、止まらない。
涙に嗚咽が交じり、薫は久々に幼子のように泣いた。
皆本はそっと薫を抱きしめ、頭の後ろを優しく撫でてやる。
それがますます安心できて、薫は皆本の肩に顔をうずめ、泣きじゃくる。
皆本は慈しむ様に頭を撫でてやる手を、ずっと止めなかった。
後日。
「こらーー!!薫!!
現場で命令無視するなと何度言わせる!?」
「だーいじょうぶだって!
だってーーーあたしは強いんだもん!」
満面の笑みで答える薫。
(だってあたしには、支えてくれる人がいるからーー)
END
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