コミックス未収録ネタが含まれておりますので、ご注意。
 『そのエスパー凶暴につき』編などなどの。
 ですの編も少し。



『桜花舞う春の日に…… 』





「皆本の馬鹿 !! 」

「ぐはっ !! 」

 薫の激しい癇癪と同時に、皆本は彼女の念動力で壁にめり込まされる音が室内に響き渡る。

「もう顔なんか、見たくない !! 」

 そう怒鳴りながら薫は、ベランダから外に飛んで去ってしまった。

「あーぁ、また薫を怒らせてしもうたな」

「いつものことじゃない葵ちゃん。それに今日は皆本さんが全て悪いんだし、こうされても当然じゃないかしら」

 めり込んでいる皆本を心配し擁護する事も、助ける気も無い葵と紫穂は、

ゲームの続きをしていたりポッキーを食べたりと自分のペースで行動している。

 こんな光景は日常的なのだから、特に驚くこともない慣れという物らしい。

「確かに今日は僕が悪かったよ…… 」

 二人の冷たい反応を見せ付けられながらも、

皆本は壁から自力で起き上がり今日だけは深く反省をしているような深い溜息を吐いた。

「皆本の馬鹿、馬鹿、馬鹿…… 」

 薫は皆本のマンションから少し離れた場所にある桜の樹の枝に座り込み、

皆本への怒りを一人沸々とぶちまげていた。

 そもそも怒るのも仕方が無い。

 事の根源は、昨夜。

皆本と三人で夜桜の下で花見をしようと以前から約束していたというのに、

当日になってどうしても片付けなくてはいけない仕事が飛び込んで来る羽目となり、

少しでも早く片付けて連れて行ってあげようと努力した皆本だったのだが、

結局自宅に戻れたのは今日になった翌日の昼前だったのだ。

 疲れて帰ってきた皆本に、薫は労いの言葉すらなく怒りをぶつけていたのだ。

 約束を破られた事が薫には、何よりも許せない。

 仕事だったから約束を破られたのは仕方ないという事は、自分自身も理解はしている。

 皆本は大人であるのだから、仕事に対する責任感が強い事も。

 自分の我侭で怒っているのは、本人が一番分かっている。

 けれども、どうしても行きたかったのだ。

 皆本と一緒に遊びに行きたかった…… 常に側にいて欲しい。

 側にいてくれないと、不安を感じられずにはいられないただの子供なのだ。

 それが自分の思い通りに行かずに、小さな子供のように駄々をこねてしまった自分だったのだが、

先程はどうにも抑える事が出来なかったのだ。

 でも、皆本を痛い目に遭わせてしまったことだけは反省している。

 常に自分の癇癪で、傷だらけにしているというのに強くは自分を責めてはこないのだから。

 しかし、それを素直に謝ることは出来ない。

 どうしても…… 素直になれない自分に嫌気が差した。

 ただ、独りになって頭を冷ましたいと思った薫は、こうして高く誰も来られない場所にいる。

 ここなら、誰も自分の醜い素顔を見せなくともいいのだからと。

「薫」

 そんな薫の元に、彼女の名を呼ぶ声がいきなり下から聞こえる。

「皆本 ?! 」

「こんな所にいたのか」

 常人では辿りつけない高さにある木の上に、リミッターの発信機で居場所を突き止めた皆本は苦労しながらも、

ここまで登ってきたのだ。

「何の用だよ」

 心配で様子を見に来てくれた皆本に嬉しさを感じているのだが、

素直になれずにいる薫は、自分の感情と裏腹に無愛想な態度で返してしまう。

「謝ろうと思ってな…… 今日は僕が本当に悪かった」

 薫の元まで登りつめた皆本は、薫の横の枝に座り込みながら薫に謝罪する。

「べ、別に謝ってもらっても、約束の時間は戻らないんだから」

 いきなり現れて少し驚いた薫であったが、それでも怒りは未だ収まらず、そっけなく背を向けてしまう。

「分かっているさ。過ぎた時間は戻らないのは…… 

でも、薫にどうしても謝りたかったんだ。あんなに楽しみにしていたんだし」

「…… 」

「仕事だからどうしょうもないとはいえ…… けど、約束を破ったのは確かだから」

 頭を垂れ、全身全霊で皆本は謝罪を繰り返す。

 深々と頭を下げている皆本の姿を見て、薫は逆に複雑さと胸の痛みを覚える。

「もういいよ…… 皆本が悪いんじゃないのだから」

 いつも口うるさく説教をしてくる彼が子供相手の自分に謝る姿を見ていられなかったのかもしれない。

 皆本は常に自分たちの前を守りながら、行く先を教えてくれる存在なのだからと。

「我が儘な事を言ってあたしも悪かったよ。仕方ないこともあるのに我慢出来なくて、

あんな事を言っちゃったんだ。皆本は大人なんだから、あたしたちなんかよりも色々あって大変なのに無理言ってごめん」

 今度は、薫が申し訳無さそうに頭を下げる。

「薫が謝ることなんてないさ。分ってくれたならそれでいい。

でも以前なら、こんな素直に納得なんかしてくれなかったかもしれないな」

 初めて顔を逢わせた頃の薫の姿を思い出し、少し柔和な苦笑を皆本は浮かべる。

「昔の事なんか言うなよ。あたしだって、あの頃は聞き分けなかったと思うんだから」

 昔の事を口にされ、どこか気恥ずかしそうに薫は顔を横に背けた。

「それだけ、薫が成長したという証拠だよ。自分の以前の姿を見てそう思えるのなら」

 念動(サイコ)能力(キネシス)の制御だけではなく、心身ともに成長著しい姿は皆本にも目に見えて分る。

 少しずつ、薫、紫穂、葵は大人へと成長し続けているのだから。

「そうかな…… そんなの自分じゃ分らないもん。でも、皆本が主任になってから、

あたし達が変わっていけたことだけは凄く分るよ。逢う事がなかったら、今頃あたし達どうしているかさえ分らなかっただろうし」

「薫…… 」

 少し顔色を曇らせて当時を話す薫の姿に、皆本は胸が締め付けられる。

 普通の子供として扱われることなく、危険物として動物扱いをされていた日々の薫達。

 薫の言葉どおり、あの時自分が手を差し伸ばすのを拒んだら、

薫たちは救われる事の無い孤独の空間に今でもいたのだろうと。

 手を指し伸ばし、人らしく子供らしい生活をさせてあげたいという彼自身の努力によって、今に至る。

 今の彼女達の姿を見て、あの時の自分の行動が正しかったのだと、彼は胸を張れる。

だからこそ、更に彼女達を大切に守り導いていかねばいけないという責任感を抱いていた。 

 任務以外の時間は、普通のささやかな幸せを感じられる日々を過ごさせてあげたいのだ。

 日々、成長していく三人の姿が愛しくて仕方が無い。

「皆本 ? 」

「本当に君はいい子だよ…… 」

 微笑み、どこか嬉しそうな顔で、皆本は薫の頭を優しく撫でる。

「また子供扱いするなよ。あたしはもうすぐ十二歳なんだからさ、少しは大人扱いしてくれてもいいだろ ? 」

 成長したと褒められた後に子供扱いをされ、些か薫は顔を膨らませ機嫌を損ねた。

「十二か…… もう、僕が主任になって二年が経つんだな……

 君達と出会ってから色々な事が起こりながらも、過ぎ去った時間の流れはあっという間だったよ」

 出会ってからの光景が、皆本の脳裏で走馬灯の様に走り抜ける。

「あたしにとっては、あっという間なんかじゃないよ。凄く楽しくて嬉しかった時間だもん。

これからも皆本が側にいてくれれば楽しい時間が続く事が出来るんだよ。だから、ずっとあたし達の側にいてくれるよな ? 」

 ねだるように切願する瞳で、薫は皆本の顔を下から覗き込むように甘える。

「あ、あぁ。君らが大人になるまではな…… 」

 普段は生意気でも、こうして素直に甘える薫の仕草を見ると、皆本は本心で可愛いと思えるのだ。

 大人になるまで本当に側にいるつもりなのだが、

彼女が大人に達した時に対峙することになる苦悩もまた常に彼を苛む。

 それでも、側にいることを決めているのだ。

「大人なんてあっという間にあたしはなっちゃうよ」

「まだまだ先の話だ。無理に背伸びなんかしなくてもいい」

 皆本は、どこか苦笑を浮べる。

「あたしはそんな事していないもん。皆本が気つかないうちに、あたしはすぐ大人のイイ女になっているよ、絶対に ! 」

 薫は、子供としてか自分を見てくれない皆本に寂しさを感じさせながら、憂いの表情を浮かべる。

「 …… 薫 ? 」

 彼を真っ直ぐ見つめている薫の姿に、皆本はどこか惹かれていた。

 そして過去に操られた夢で垣間見た、成長した薫の姿を思い出し、子供である薫とその姿が重なる。

 あの時の薫と同じ、どこか儚く、寂しさを含んだ薫--------------

 まだまだ子供だと思い込んでいた彼だったのだが、刻々と薫は大人に向かいつつある。

「そうだな…… 気がつかないうちに、そう思うかもしれない…… 」

 まだ出会うことの無い薫の姿に、皆本はどこか想いを馳せるような表情を浮かべた。

「どうしたの皆本 ? 」

 いつも自分を見る時とは違う、何かに焦がれている熱い視線に薫は戸惑う。

 一体、皆本は何を自分に見ているのだろうと思いながらも、胸が弾んで熱くなるのを感じている。

 やがて視線を直視出来なくなり、薫は思わず赤面しながら顔を反らす。

 そんな薫の態度を見て、すぐに皆本は我に戻り、まだ子供でしかない薫に何を想い抱いてしまったのだと、自戒を抱く。

 今は、そんな感情を抱いてはいけないのだと自身が良く分かっているというのに。

「い、いや、なんでもない。そうだ折角、桜が咲いている場所にいるんだから、ここで改めて花見をしよう !! 」

 話を反らし切り替えるかのように皆本は突如、そう薫に提案をする。

 元々ここは、昨夜花見をするつもりと考えていた場所だった。

「いいけどさ、何にもあたし持ってきてないよ。花見といったら、食べ物と飲み物いるじゃん…… 

それに、あたしだけ皆本と花見をしたら、紫穂と葵に悪いよ」

 しかし、薫は案外二人の事を考えてシビアな態度を返す。

「そ、そうだったな」

 彼らしくも無い唐突な提案に、皆本は苦笑を浮べる。

 確かに紫穂と葵を置いて出来るはずも無いのだと。

 突如、二人の目の前の空間が歪曲すると同時に二つの人影が出現する。

「二人とも、気にする事は無いで ! こんなこともあろうかと、花見道具一式持参してきたわ !! 」

「やっぱりお花見には、お菓子と飲み物よね。薫ちゃん一人に皆本さんを独占させるつもりはないしね」

 同じく二人を発信機で居場所を見つけた葵と紫穂が、二人が仲を戻すタイミングを読んで、

こうなるだろうと、それぞれ両手に食べ物と飲み物を持って現れたのだ。

「ナイスタイミングじゃん !! 」

 思いがけない展開に、薫は満面の笑顔で二人の側に飛んで行く。

 やはり、二人がいてこそ薫は本当に嬉しそうな顔を浮かべるのだ。

 紫穂も、葵もまた同じ表情で喜々としている。

 二年前は、こんな三人の姿を見る事が出来るとは、誰も予想出来なかっただろう。

「ということで、皆本も手伝えよな !! 」

「分かったよ。でも、その前に僕を地面に降ろしてくれ」

「了解 ! 」

 薫によって、全員が地面に降り立つと皆本は支度を手伝いながら、

楽しそうに花見の支度をする三人の姿を慈しみながら見つめている。

『こんな時間を過ごせるのは、ほんの僅かな時間だけしかないだろう……

 でも、出来ることなら僕だってこんな楽しい時間が、いつまでも続いて欲しいんだ…… 

君らが大人になるその日まで、僕を君らの側にいさせてくれ……  』

 そう、皆本は三人に向けて心で呟いた。

                                   終。



              2008・04.04 初出 『解禁!』無料配布本掲載。
              2008・04.08 加筆修正。




『解禁!』での無料配布ミニ本に掲載した話です。
しかし、結構ラスト近辺を手直ししました。
…慌てて原稿すると、後で妙な部分がよく出ますね(苦笑)

皆本が主任就任して2年目を書いてみたかったということで。
何気に18号の兵部の薫に大人の面影を被せるシーンとネタ被っていますけど、
元々考えていたので、そのまんま使用(おい)

兵部は、薫達の成長を早く待つ一方、皆本は背伸びせずゆっくりと成長するのを
望むということで。

父性の皆本&少し薫に異性を感じそうになったのを書いてみたくて。

しかし…書いて数日後に気がついたら、2巻の話の展開に似てた…(汗)
ある程度意識はしてましたが、無意識に書いていた模様。



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