『サイコメトラーの憂鬱』





 それはとある放課後。

 チルドレン達は授業を終え、いざ帰宅しようとしていた。


「あ、ゴメン。私忘れ物しちゃった。先に行ってて!」

「りょーかい。ゆっくり行ってるから。」


 明石薫と野上葵は下駄箱を出て、駅を目指し歩いていく。

 三宮紫穂は1人、忘れ物を取りに行くため、教室へと引き返した。


「いやーウチのクラスの可憐Girl'Sってやっぱ抜群に可愛いよなー」


 紫穂が教室に入ろうとすると、男子数人の声が聞こえた。

 いかにも中学生男子の会話だ。いや、もっと大人でもこんな会話ばかりしている奴もいる。

 紫穂の頭には医者の賢木修二の顔が思い浮かぶ。

 何となく会話の真っ最中に入っていくのも気が引けて、紫穂は教室の前で立ち止まる。

「俺はやっぱり雲居さんかなー。あのおっちょこちょいな感じ。

やっぱ可愛いよなー」

「まじで?俺は三宮さんだな。あのクールさといったら…!!」

「でも三宮ってさ、確かサイコメトラーだろ?」

「え、そうだっけ」

「そうだよ。考えてること読まれるなんて、たまったもんじゃねえよ」


 紫穂は教室には入らず、忘れ物もそのままにそっと下駄箱へ引き返す。

 いつも薫達と通っている通学路からは外れたルートを通り、駅へ着くと皆本のマンションへと続く方とは反対側のホームへ行く。

“何でもないわよ…今まで何度となく言われてきた”

 サイコメトラーであるが故の運命とでも言うべき、周りからの反応であった。

“見た目で人のこと可愛いって言ってみたり、サイコメトラーだからってだけで気持ち悪がられたり…もうウンザリよ”

 すっかり慣れてしまった普通人の反応だ。今更どうってことない。

 しかしふと、とある考えに行き着く。

 見た目や能力のせいで偏見を持たれる自分。

 しかし、その内面にしたってどうだろう。



 例えば薫。

 周りの人間を惹く、その持ち前の明るさと元気。

 そして何よりも、仲間を思いやる気持ちは誰も敵わない。


 そして葵。

 3人の中で一番常識的だ。

 普通人に実質的な被害を及ぼさないテレポーターという能力故か、クラスの子達ともすんなり打ち解けているようだ。

 成績も良く真面目で、皆本にも大して迷惑をかけることはない。


 それに比べ、自分はどうだろう。

 特にこれと言った長所も思い浮かばない。

 能力のせい、とは一概に言えないが、ひねくれているという自覚もある。

 そして一番皆本に迷惑をかけているのは自分だろう。

 心を透んで、嘘を言っては困らせて…。自分は嫌われていないと言い切れるだろうか。

 いつも嫌な思いをするとは言え、果たして自分が邪険にされるのは能力のせいだけなのか。

 気が付くと、紫穂はバベルの最寄り駅へと降り立っていた。

“ここへ来たって…どうしようもないけど。”




 紫穂はバベル局内へと入り、皆本の研究室を覗く。

 と、彼はちょうどデスクに向かって何かの調書をまとめているところらしかった。

 紫穂はそっと皆本の後姿を見つめる。


「ん?紫穂?珍しいな。どうしたんだ、1人なのか」


 気配に気付いたのか、皆本が椅子に座ったまま振り返る。


「別に。皆本さんが浮気してないかなと思って」


 こんなことを言うつもりではないのを紫穂は自分でも分かっている。


「あのな、仕事中だぞ。ったくお前らはーーー」


 紫穂が寂しそうに笑う。

 皆本はふと違和感を感じて尋ねる。


「…何かあったのか?…学校か?それとも薫たちとケンカか?」

「え?」

「1人でここに来るし、浮かない顔してるし、変だと思うだろう、普通。僕でよければ聞くけど?」


 紫穂は少なからず驚いた。

 普段は他人の心の機微に鈍くて、ましてや女心なんて分かるはずもない皆本である。

 その彼が自分の小さな変化に気付いてくれた。

 紫穂は心が沈んでいたにも関わらず、嬉しくなるのをこらえ切れなかった。


 紫穂はふとデスクの上の1枚の写真に気が付き、皆本の脇から覗き込む。

「あれ、皆本さん、どうしたの、これ。」

「あぁ、これか?」

 それはザ・チルドレンの3人が初めて出逢った日ーーー局内で一緒に撮った写真であった。当時の3人はまだ5歳である。

 薫を真ん中に紫穂と葵がまだぎこちなく笑っている。


「君達の幼少期からの超能力の増大値を調べるのに昔の資料を引き出してきたら、はさまってたんだよ。

君達はまだ子供だけど…こうやって昔の写真を見たら、やっぱり成長したんだなって実感するよ。」

「成長しているのかな?私達…」

 紫穂は両の手のひらを見てみる。

「当たり前じゃないか。ただ背が伸びたっていうだけじゃない。最初はそりゃ手のつけられないガキだって思ったこともあったけど…。

3人とも優しい良い子に育ってくれたと思っているよ」


 先日、パンドラのメンバーが転校してきた頃のことだ。

 監視していたことがバレてはまずいので皆本はおおっぴらに褒められなかったので、多少誇張してやる。

 薫や紫穂達がいつしか教えられる立場から、普通人の社会にやってきたカガリや澪を教え導くまでに成長したことを。


「3人とも?私も?」

「あぁ、君は口では強がってるけど、能力のこともあって本当は弱いところもあるから…だから他人の弱さも分かってあげられるんだ。

弱さを分かってあげられる人間は優しいんだよ。」


 紫穂は皆本をしばし呆然と見つめる。

 皆本はいつものように優しく紫穂の頭を撫でてやる。

 ポロポロと紫穂の目から涙がこぼれる。

 皆本は驚くが、学校で何かあったのだろうと察し、紫穂の目から涙が落ちるのが止まるのを、ただじっと待ってやる。

“何で皆本さんはこんなに私達のことが分かるんだろう。

 恋愛のことには本当疎いくせに、困ってる時には鋭いなんて…ずるいわよ”

 紫穂は改めて確認する。

 1人の人間として根本から自分を理解してくれる存在の大切さを。


「皆本さん、ありがとう…」

 そう言ってそっと皆本に抱きつく。

 皆本は普段なら大人をからかうなと怒るところだが、どうやら弱っている様子の紫穂に、されるがままになっている。

 と、その時2人の傍で時空が歪む。

「紫穂っ…どうかしたのかって…おい!!何してんのさ!!」

「いやーッ皆本はんの不潔っ!!」

「薫ちゃん…!?」

「薫、葵!!」

 皆本はギクリとする。

「いつまで経っても来ないし、心配して発信機を辿ってきたら…」

「えーと、ごめん、ちょっと…」


 流石の紫穂もとっさに言い訳を思いつけずにいる。

 と、薫が紫穂に歩み寄り、彼女の両手を握りしめて言う。


「心配したよ、紫穂。何かあったんなら言ってよ。いくらでも聞くからさ」

「薫ちゃん…」

「せや、ウチら親友やん?」


 葵も歩み寄り、紫穂と薫の手に自分の手を重ねる。


「紫穂、君にはこんなに大事に思いあえる友達がいる。

やっぱり君らは良い子だよ。」

「皆本さん…うん、そうみたい。」


 泣き顔から笑顔になった紫穂は皆本に向かって頷く。


「それはそーと、さっきは何で抱きついてたのかなー?」

「現行犯やで皆本はん、紫穂!」


 その後はいつも通り大騒ぎのチルドレン。しかしそんな中、紫穂は親友と皆本に囲まれながら、少し自分を好きになれた。




                                                        END

                                                       2010・1・28




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