『最高の贈り物』



「皆本、何しているんだ ? 」

 バベル内にある主任指揮官に与えられる個人待機室にいる皆本に用事のあった賢木修二は、

そこにいた皆本光一の姿を見て、思わず声を掛けた。

「賢木か…… 休憩時間だし、早くこれを仕上げたくてな」

 賢木の姿を見て皆本は、手にしていた毛糸と編み棒を持つ手を止めた。

「ご苦労な事で、お前そういう事本当に好きだよな」

 まめな奴だと思いつつ、賢木は近くにある椅子に腰を降ろしてそれを目にしながら、少し微笑んだ。

 皆本が何をしていたのかと言えば、手編みの靴下であり、それは本当に小さな、小さな物である。

 既に片側は出来上がっており、今はもう一つの作りかけであるのが見受けられる。

「今の僕には、これぐらいしかしてやれる事が無くてさ」

「もうそろそろだろ、薫ちゃん ? 」

 皆本の靴下を見つめる視線が、柔らかく愛し気な物になっているのを賢木は見つめ、彼もまた同調するように目尻が緩む。

「一応、予定日は…… 年明けになっている」

「初めての場合は、少し遅れやすいという話もあるけど、しかし、年が明ければお前も父親になっちまうのか。

早いな、時間が流れるって言うのは…… ほんの数年前まで薫ちゃんも生意気な子供だったのに…… 

俺も、そういう事が気になっているという事は、年取った証拠か」

 自分で言ったことに苦笑を浮かべながら、賢木は間も無く父親になろうとする皆本に時間の流れの早さを話した。

「本当に…… 薫と出逢った頃は、十歳にも満たない幼い子供だったんだよな。最初はレベル7の能力を何でもかんでも使ってばかりの、

最悪なまでに手の付けられない悪ガキだったのに…… 

この十数年の間に薫と色々な事が起きて、乗り越え、今まさか、自分でもこうなることは思ってもいなかった」

 普通の人間では経験出来ない様な体験をしてきた皆本は、過去を思い出すように視線を遠くに馳せていた。

 現在の状況を簡単に説明すれば、過去に示された未来の予知を土壇場で覆し、そして、皆本は薫の、

薫は皆本の存在を誰よりも求め、信じあう絆により、共に生きる事を決めて、ひっそりと籍を入れた。

 その直後に、薫が懐妊という知らせが届き、今現在に至る。

「悪ガキでも、その内に抱えている本来の薫ちゃんに惹かれて惚れてしまうのは仕方ないよな。

最初は情が移っただけかもしれんが、それが愛情に変わることも変じゃない」

「そうだな、あの頃は、薫とこうなるなんて夢にも思わず、ありえないと思っていたけど、いつまでも子供じゃなく、

いつの間にか大人になり僕と同じ視線になっていたんだ、同時に本当の薫の存在が僕にとって何よりも大切だとも気付かされた。

一度は手放した幸福だが、もう手放す事は絶対にしない」

 自分が自身の感情と、薫に対する理解が弱かった為に、薫との間に溝を作り、彼の腕から飛び立った苦い経験もあるのだが、

それを乗り越えてもう二度と同じ轍は踏まないと誓う皆本に、賢木はやれやれとして面持ちで嘆息を吐く。

 どれだけ、この二人の絆は深いのだと。

 未だ嘗てそんな相手に出会えない賢木は、少し羨ましく感じていた。

「手放したりはしないさ、お前なら。その証しともいえる存在が間も無く生まれてくるんだしな。

その子こそが、普通人とエスパーの真の希望とも言える。生まれてくるまでに、

どれだけ親達である二人の生きた時代が苦難であったかを知り、それを変え行く新世代だからさ」

 皆本と薫、二人の普通人とエスパーとの壁の困難さを乗り越えた姿を知り、その二人を親に持つなら、

きっと世界を変え行く生き方をしてくれるのだろうと、賢木は真剣に思えていた。

「そうだな、僕もそうなって欲しいが、今は健やかに生まれて育ってくれるだけで、

僕は十分だ。僕は薫も、子供も大切に守っていく義務があるんだから」

 子供の将来を馳せる前に、ただ自分は一人の父親でありたいと皆本は素直に答える。

 未来などは親や、周囲が決める事無く、自分で見つけ歩んでいくのだと、薫の姿を見ながら、皆本は決めていたのだ。

「自分で見つけるか…… お前らしいよ」 

 


 そんな際、ふと皆本の携帯の着信音が鳴る。

「はい、…… え、薫が ! はい、分かりました。仕事が終え次第そちらに」

 電話の内容を聞いた途端、皆本の表情が一変し、動揺を見せながら電話を切った。

 電話は薫の姉の、好美からであり、薫は今は実家に戻っているのだ。

「生まれるのか ? 」

 電話の内容と皆本の様子を見て、賢木は瞬時に察する。

「あぁ、急に破水して陣痛が来たそうだ。明日辺りに生まれそうだと連絡が」

 急に産気づいた薫の様子を知った途端、皆本は心配気にせわしない顔を浮かべ始めていた。

「生まれるなら、行ってやれ。我が子が生まれる瞬間を見たいだろ」

「そりゃ、立ち会いたいが…… しかし、僕は今夜、夜詰め夜勤だから、そんな事は出来ない」

「そんなの、俺が変わってやるよ。それに、ここには多くの人間がいるんだから、何か起きてもなんとかなる。だから、立ち会ってこい !! 」

 我が子が生まれるというのに、律儀に仕事があるからと行くのを拒む皆本の生真面目さに呆れつつも、

賢木はたまには自分の我儘をしてもいいんだとばかりに、皆本の背を叩く。

 その言葉に、皆本は身体だけではなく、心まで後押しされた気がした。

 こんな時まで、優柔不断である自分の弱さに嫌になりながら。

「薫の元に行くよ、すまん、賢木恩に切る」

 賢木に後を託して、皆本は急いで薫が運びこまれた病院に向って行った。

「やれやれ、最後まで世話のかかる。でも、ま、すっげー嬉しそうだったな。最高で幸福な瞬間を迎えてこいや……

 しかし、神様も粋だね、クリスマス・イブの日に、生まれそうとは。ほんと、その子は世界を救う子になるかもしれないぜ ? 」

 誰に言うわけでもなく、賢木はクスリと笑いながら、皆本の作りかけていた靴下を手にして微笑んだ。

 靴下からは、皆本からの生まれてくる子供への、溢れる程の愛情が伝わってくるのを透視出来た。

「親馬鹿だね、ほんとに」

 幸福が伝染したかのように、賢木もまた幸福のプレゼントをされた気分だった




 その数時間後、皆本の腕に小さな暖かい存在が抱かれている。

 愛おしくて仕方の無い、存在…… 薫への愛情とは、また違う別の父親としいての愛情。

「生まれて来てくれてありがとう。最高のクリスマス・プレゼントだよ」

 かけがえのない存在を、かけがえのない薫から授かり、皆本は最高の笑顔で我が子に微笑んだのだった。

                                                  終。




クリスマス合わせの、ドリーム三昧のSSです。
そして、薫出てません(笑)
でも、こんな話なら賢木としそうな気がしたので。
子供ネタですみません。

チルでの自分の中での賢木の立場は、代弁者でもあるので、
こんな話に。




ブラウザの×でお戻りください。