「春ですね」

 快晴の青空の下に、薄紅色の花びらを咲かせている桜が広がっている。

 新次郎は、紐育でも数少ない桜並木のある公園を昴と共に歩いていた。

「桜が咲いて春を確信するのは、古からの日本人の季節の捕らえ方だな」

「昴さんは、桜を見て『春だな〜』と感じないんですか?」

 驚いた様子で、新次郎は昴に尋ねる。

「大河、勘違いするな、あくまで人の例えだ。僕だって、桜の咲く時期になれば、自ずと春を感じるよ。

日本にいた頃は、春の行事で、桜の下の舞台でよく能を舞っていたこともある。この時期に舞うと

不思議と心が穏やかになり、癒されもしていた」

 桜を見上げていた視点を新次郎に戻し、手にしていた鉄扇を口元に置きながら昴は小さく笑む。

「そうですよね!やっぱり桜を見ているとそう思いますよね!!」

 無邪気な子供のように、新次郎は満面の笑顔で昴に話しかけた。

 そんな光景を昴は、少し呆れながらも優しい眼差しで眺めている。

 素直で純粋無垢、曲がることの無い信念の持ち主・・・・・・そして誰よりも強い光を持った彼に、

昴はいつしか惹かれていた。

 今日は、なかなか積極的な行動を取らない新次郎が数日前に珍しく昴を誘って来たので、日ごろの昴はしない

行動をしてしまう。

 髪型の乱れはないか、服装の乱れは無いか、そして・・・・・・・新次郎には気がつかれない程の薄い

ルージュを口に・・・・・・・。

 この日が来るまで、昴はどこか上機嫌でどこか浮かれている自分を隠すのに大変であった。

 実のところ、昴自身かなりの照れ屋でもある。

 クールビューティを貫いた自分が壊れている姿を他人に見せるのが、何よりもプライドが邪魔をしていた。

 けれでもこの胸にこみ上げる嬉しさと、暖かさは抑えることが出来なかった。

 そして今、こうして二人で歩いている。

 共に歩いているだけで、昴の胸はドキドキと高鳴っていた。

「桜は日本の国花でもあるから、日本人には特に桜には万別な思いを抱いているからね」

 幼い頃に旅立ち、記憶の彼方にある故国に昴もまた久々に思いを馳せた。

「昴さんの言うとおり日本人は、桜に関する思い出がありますからね。僕も小さい頃は、母と一郎叔父達と

栃木の実家の傍の桜の大木の下で花見をして楽しんでいましたから・・・・・・」

 日本での思い出を思い出して、少し新次郎は寂しそうな表情をふと浮かべる。

「桜の時期は出会いと別れの時期でもあるからね、感傷的には誰でもなるさ」

 すぐさま昴は彼の表情の淀みを感じて、気遣う。

「す、すみません!僕そんなつもりではなかったんですが・・・・・・・つい・・・・・・」

 申し訳なさそうに彼は昴に謝罪する。

「大河・・・・・・君はすぐ謝りすぎる所が傷だな。誰だって、同じような思いを抱くことがあるんだから、気にすること

でもない。むしろその気持ちを大切に誇りにするべきだと昴は思う」

 新次郎を注意しながらも、褒め称える言葉に彼は・・・・・・

「昴さん・・・・・・・」

 新次郎は昴の言葉に胸を打たれて、思わず顔を緩めて泣き出しそうな顔をしている。

「本当に君はまだまだ情緒が子供な所があるな、けれでもそこが君の魅力でもある。確固たる意思を持つ君も

よいのだが、昴としては、こういう今の君を見ているのもたまには悪くない。

遠い故郷を思い出すこともいい。けれども大河、いつまで君がこの国にいるのかは僕にも分からない、

だからそのいつかまでの間に、沢山皆と思い出を作るのも悪くはないかと思う。故郷よりも

このアメリカにいた時期の思い出の方が素晴らしかったと思えるほどに・・・・・・い、いや、僕がそうして欲しいのかも

しれない・・・・・・」

 珍しく昴は動揺しながら、己の本音を新次郎に告げた。

 その顔は耳元まで赤く染まりあがっている。

 照れている昴の様子を新次郎もまた強く胸を揺さぶられながらも、嬉しさがこみ上げる。

「僕も昴さんと沢山の思い出を作りたいです。紐育だけではなく、いつまでも昴さんと共に・・・・・・・」

 彼もまた照れながらも、昴を優しくその胸の中に抱きしめた。

 仄かな香の匂いが彼の鼻を撫でる。

 それは昴が、時折上機嫌な時に付ける香なのだと知っていた。

 そして、仄かに口元を覆うルージュにも気が付く。

 今日の事をこんなにも大切に思って待っていてくれた昴に、愛しさが更にこみ上げた。

「ありがとう大河・・・・・・僕は、その気持ちだけで十分だ」

 昴は新次郎の愛おしさに胸の中から、彼の凛々しい男らしい顔を見つめながら優しく微笑む。

 そして二人は自然と、顔を近づけて唇を重ねるのだった。

 故国日本では決して経験するはずだったこの思いと生き方を教えてくれた新次郎に、昴は言葉では言い

表すことにない感謝と愛しさを覚えずにはいられなかった。

 自由の国アメリカ。

 そこは自分の気持ちにも自由に生きれるのが、何よりも素晴らしいのだと。

 なによりも、この春の桜に癒されて昴も新次郎も素直に自分をさらけ出せたのかもしれない。


                                                             終。

                                                          2006・3.25
 


なんだか何も考えずに、書いたらこんな甘い話に(苦笑)
昴さん・・・・・乙女モード全開ですなぁ〜(笑)
わけわからない話ですね(汗)

☆さくら☆