『寒い朝には』
時は2010年ーーー温暖化と騒がれている割にはその年の冬は寒すぎた。
暑いのは平気だが、寒さにはなぜか弱い皆本は寝間着代わりのスウェットの上に更に
パーカーを羽織り、背を丸めて寝室からでてきた。
向かう先はキッチン。どんなに寒くとも、今日もワガママ3人娘の為に朝食を作らなけ
ればならない。
「今日は一段と冷えやがる…ヒーターはっと…」
両腕をさすりながら皆本はスイッチをつけようと、ヒーターの前にかがみ込む。
と、そのとき小さな足音に皆本は振り返る。
そこには赤毛の少女ーーー明石薫の姿があった。
「薫!今日はやけに早いなーーーってそりゃそうか」
皆本は昨夜のことを思い返す。昼間はしゃぎ過ぎて疲れたのか、
薫は夕飯を食べてすぐに眠ってしまっていた。
早起きというか、ただの寝過ぎである。
「おはよ、皆本。へへ、10時間も寝ちゃった」
長時間熟睡したせいか、いつも朝は寝ぼけ眼な薫だが、今日はやけにスッキリとし
た顔をしている。
「昨日よっぽど学校ではしゃいでたんだろ…ん?あれ、おかしいな」
皆本は薫に相槌を打ちながらヒーターをいじくるが、
どうにもスイッチが点かない。よくよく調べるとなぜかヘコみも見える。
その様子を見て薫はギクリとする。
「み、皆本、ごめん…。実は昨日葵とケンカしてたらさ、サイコキネシスが当たっちゃ
って…」
「薫!家の中で超能力戦をするなと何度言わせる!?」
皆本はヒーターを買いに行くという新たな用事ができてブツブツと怒っているが、
寝起きなのと寒いのもあって上手く思考がまとまらない。
とりあえず温まろうと、熱いコーヒーと新聞を手にダイニングテーブルにつく。
すると…。
「特等席もーらいっ!!」
先ほど怒られた反省もどこへやら、薫は皆本の膝の上に座ろうとする。
「薫!10歳にもなって甘えすぎだぞ!」
「へへー別にいいじゃん!」
普段は普通の子供よりも随分マセていて、チルドレンの中でもリーダー格の薫だが、
こんな風にふと皆本と2人きりになったりすると、子猫のように甘えてくる。
皆本も薫の寂しがりな一面を、多少は理解しているので、仕方ないかと好きなようにさせてやる。
というか寒さであまり薫を押しのける気力もない。
(それにしても…)
皆本は膝の上の薫を後ろから抱きしめる。
「な、なな何、皆本!?」
唐突な、皆本らしからぬ行動に薫は顔を赤くする。
「はは、子供は体温が高いって本当なんだな。湯たんぽみたいに温かいや」
「ま、また子供扱いして!!あたしだってーーー」
“子供”という単語に反応して、薫は口ではブーブーと文句を言い始めるが、皆本の
腕の中で身じろぎ一つしない。
薫にも、背中から皆本の温かな体温が伝わってくる。
もう2人のワガママ娘が起きだして大騒ぎになるまであと少し、
しばらくお互いの体温を感じあっていた。
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時は2018年ーーーその日はこの冬一番の最低気温を記録した。
皆本は寒い寒いと一人ごちながら、キッチンへと向かう。
数年来の習慣である、朝ごはんを作る為だ。
この数年でティムとバレットという仲間も増え、朝ごはん一つ作るにも中々の一苦労
である。
とりあえず目覚めの一杯にと、皆本は熱めのコーヒーを淹れてダイニングテーブルにつく。
そこにひょっこりと女子部屋から薫が顔を出す。
「皆本、朝ごはん作るの手伝おうか?」
「薫、助かるよ。とりあえずそこのヒーターつけてくれないか?」
と、途端に薫の表情が強張る。
「み、皆本、ごめん…。
実は昨日の夜スイッチ消そうと思ってサイコキネシス使ったら、
思ったより力が強くって…壊しちゃったみたい…」
「薫!家の中で超能力を使うなと何度言わせる!?お前は超能力に頼りすぎだ!」
皆本は薫を叱りながらも、既視感を覚えて、ふといつのことだったかと思案顔になる。
「そういえば皆本、寒がりなんだったよね」
「ああ、暑いのは割りと平気なんだが…寒いのはあんまり好きじゃないな」
そこでふと薫はあることを思いつき、皆本に向き直る。
皆本から見た薫は、ロクでもないことを考えているとしか思えない顔をしており、
頬に嫌な汗が流れる。
「じゃあヒーター壊したお詫びに、あたしが温めてあ・げ・る」
ゆっくりと近づいてくる薫を見て、皆本にはなぜか悪寒が走る。
彼の中の何かが全力で警鐘を鳴らしている。
皆本の元にたどり着いた薫は、皆本の寝間着代わりのスウェットの裾に手
をかけてーーー。
「ちょっと待て薫!!なぜ服を脱がそうとする!?」
「知らないの、皆本?雪山ではこうやって人肌と人肌で温めあうんだよーーー」
言いながら薫は皆本の地肌に手を這わせていく。
「いや、ここ雪山じゃないし!!てか、やめてーーーーー!?」
その年の一番寒い朝、マンション中に皆本の乙女のような叫び声が響き渡ったと
か渡らないとか。
END
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