『それぞれの求めゆくもの…… 』




「ナイ、夕飯よ」

 夕食の時間、ユーリの道具として『(ブラック)()幽霊(ファントム)』本部から送られた、

まだ八歳でしかない幼きエスパーでもあるナイに、組織の首領の娘であるユーリが声を掛ける。

「はい、ユーリ様」

 ユーリの命令に絶対服従するように催眠(ヒュブノ)で洗脳されているナイは、

その言葉に従うように、まだ八歳でしかない両目で髪を纏めているバンダナ的な布で覆った少女が、近くの影の中から現れた。

 両目を塞いでいても、テレポートベースの影を使い空間移動できる合成能力者であるゆえに、

空間認識が出来るため、身体の一部にある目に頼らないですむ事もあり、このスタイルでユーリの前にいる。

 しかし…… 実際は、ナイの額に記されているあるものを意図的に隠そうとしているのかもしれないようにも思える。

 ただ、悲しいことにも、自分の置かれている立場に何の感情も抱かないように

催眠(ヒュ)能力(プノ)で洗脳されている事実こそが、何よりもそれを強める。

 それを進言し、自身でそれを進めてきたのはユーリ自身でもあるのだが。

 世間から言わせれば、エスパー犯罪秘密結社でもある『(ブラック)()幽霊(ファントム)』の首領の娘でもあり、

父親のする考えに違和感を全く覚える事無く、親の言葉通りに自身の持つ能力を使うのが当然だのだと、彼女自身は思っていた。

 親の為に、自分の能力を使う事に何も疑問など感じなかったのだ。

 世界中から、畏怖たる能力を持った故に、家族や身内から疎外された子供達を集め、

その子達らの深い心の傷を負った闇を利用して洗脳をし、意志も感情すら奪われた道具として、

犯罪に手を染め、役に立たなくなれば自分自身の命を絶つように、脳内に強く深く刻まれていた。

 目の前にいるナイも、同じように道具として本人の意志を全て奪われ道具として、

ユーリの側にいるのだが、ここしばらく彼女を見ていると、深く考えさせられる気持ちに掻き立てられている。

 それが何故なのだか、自身でも理解出来ない感情が湧き上がる事が多くなり、彼女の心を惑わしていた。

 だがそれでも、自分は首領の娘であり、父の言葉と存在は絶対的であり、

決してそれに異を唱える事は出来ないのだと信頼という絆と言う名の枷が彼女の背中には常にあった。

「あの…… ユーリ様、これは ? 」

 夕飯に呼ばれ、珍しくテーブルに出された物にナイは思わず質問した。

 いつもとは違う食事が出されたのだから、疑問を抱いても当然である。

 大きな皿の上に、小さなチャーハンが盛られたご飯の上に、小さな旗と、

その周辺には、幼い子供が喜びそうな唐揚、フライ、ポテト、キャベツなどの野菜の他に、プリンなどが乗せてあったのだ。

「世間では、『お子様ランチ』と呼ばれて、この国の子供達が良く食べるという料理らしいわ。

私は食べた事は無いけど、普段、悠里にあなたの食事を任せたら、全てキャットフードばかり出すから……

 いくら、ナイが私の人形である『道具』でも、栄養の偏りで仕事に支障をきたしたら意味が無いわ」


 ほぼ無表情とも言える顔でユーリは、ナイに差し出したお子様ランチの理由を話しているのだが、

栄養の偏りだけでは無い理由をあえて伏せていた。

 それを自分は認めてはいけない感情だとも自分で気がついているのだ。

 最も、彼女の中に眠るもう一人の彼女達は、当然その変化には気付いている。

「『お子様ランチ』と言うのですが、ユーリ様。私はこれを食べてよろしいのでしょうか ? 」

「ナイに作ったのだから、食べてもよいのよ」

 食事を取るにも、ユーリの許可をもらわなければ永遠にでも食べないように徹底的な忠誠とも言えるべき姿は、

更にユーリの胸を僅かではあるが揺らし続けている。

「いただきます」

 食事の前の挨拶だけは、丁寧にも躾けられているらしく、小さな声でそう挨拶をするとナイは、

スプーンを使い一口、小さく丸く盛られたチャーハンを口に入れた。

「どう、ナイ ? 」

「どう…… ですか…… ? ちゃんと調理されて味も丁度良い感じです」

 味具合を尋ねるユーリに、淡々とナイは口に広がる味覚の感想を述べるに過ぎない。

「そう…… とりあえずは、口には合うみたいね」

 それだけの返答だけで、不思議安堵を覚えていた。

 ナイに話すつもりでは無いのだが、ユーリ自身も『お子様ランチ』なるものを見たことも無いゆえに、

こっそりと携帯端末のWEBページで調べて、見よう見まねで作っていたのだ。

 当人も気付いていないのだが、ナイは夢中になるように食べている姿を見て、

この子も普通の子供らしい姿を見せている光景をただユーリは見つけている。

「どうしましたか、ユーリ様 ? 食事を取られないんですか ? 」

 視線に気付いたらしく、食事の手を止めてユーリの姿を見つめる。 

 ユーリは同じテーブルの席に着いているものの、自分の食事には手をつけないで、ナイを見つめていたのだ。

「あ、そうね…… 食べなきゃね」

 言われるまで、自身の食欲など気にもしなかった自分の行動に少々、ユーリ自身も驚いたのだが、

それだけナイの事を気にかけてやまない自分に一番驚いていた。

 少しでもナイに『美味しい』と感じさせることが出来ればと思えていたのだが、

必要以下の感情を奪われた彼女には、そう思えるとは思えない不憫さが募る。

 幼い子供が、子供として生きる当たり前の事を奪って利用しているのは自分だというのに、

どうしてここまでナイの事が気になるのか。





「ナイ…… 全部食べたわね」

 すっかり盛られた皿は、綺麗なまでに完食した様子を見て、安堵したようにユーリは空になった皿を持ち上げ、

キッチンに片付けようとした矢先、ナイは皿の隅に残しておいた小さな国旗の小旗を手に取り、何やら大切そうに手の中に納める。

 どうやらナイは本当に、 『お子様ランチ』を気に入ったらしい姿を見て、ユーリは嬉しさを自然に覚える。

 何にも興味を抱く事無く、淡々と命令だけを受けるだけのナイが、ほんの僅かであるのだが、何かに興味を得た姿を見て。

「また食べたい…… ナイ ?」

 自分でも思いも知らなかった言葉が、ユーリの口から漏れる。

 道具でしかない存在に、どうしてこんな言を言ったのだと。

「私にも分かりませんが…… 食べたい…… のかもしれません。何故か暖かかった気がします…… 」

 ナイもまたこの料理から何かを感じ取っていたのかもしれない。

 全ての感情を消し去ったはずでも、それは完璧ではなく、

僅かな己の心が残っているのかもしれないとユーリには思えて仕方が無かった。

「そう…… 」

 素っ気無い言葉を漏らすユーリだったのだが、その内心には今までに経験をしたことがない暖かさが心を包んでいた。





 元々、一人で暮らしていたユーリであったのだが、ナイが現れたものの、

彼女の眠る寝室もベッドすら無いまま現在に至っている。

 まだ小さな体であることもあり、リビングに置かれている小さめなソファーと毛布で眠る日々を過ごしており、

何の不満も抱く事の無いナイであったが、それすらユーリは気に掛かり始めていた。

 目の前でナイは何時もの様に、その場所で眠りに就いているのだが、

その隣にユーリは座り込むと、起こさないようにそっとナイの頭を自らの膝に乗せた。

 膝は温かく、微かな鼓動が彼女に伝わりこんでくる。

 確かにナイは生きているのだ。

 道具ではなく、人間として。

 少し前の彼女では、とてもそう思えることなど出来なかったのだが、いつしかユーリはそう思えていた。

 しかし、彼女の中にいるもう一人の彼女------- ファントムは、

それを素直に認めることはしない意固地さを示しているのだが。

 それでも、ナイの存在を認めてはいる。

 一人の人間----- そう抱いているものの、未だに自分の立場を忘れられない自分がいることにも気付かれている。

 以前は、こんな感情すら抱く事無く、絶対的な存在である父親の言葉通りに生きていれば、

何も悩む事などなかったはずなのにと。

 実際、その生き方に耐えられなくなり、ファントムという人格が生まれ、人格逃避する結果となっていた。

 だが、そんなユーリに変化を齎したのは数年前…… 世界的にエスパー犯罪組織として暗躍していた『

(ブラック)()幽霊(ファントム)』は、日本にまで手を出し始めた頃、ユーリが催眠(ヒュプノ)で洗脳したバレット達を送り込んだのだが、

それを日本のバベルの特務エスパーの手により、催眠から解放したと耳にしたことにより、彼女中で変化が起こる。

 今まで自分よりも非力な能力しか持たないエスパーしか側にいなかったというのに、

自分の能力を無効化する同等のレベルの存在がいることに、ひどく興味を覚えた。

 その存在なら、今の自分に何かを齎してくれるかもしれないという思いが強くなり、

父親の反対を押し切り、そのエスパーの能力を解析する為にと理由を付けて日本に来たのだ。

 そこで誰にも正体を見破られないようにと、日本人の『雲居悠里』としての人格を作りあげて、

そのエスパー…… 明石 薫のいる場所に辿り着き、今に至る。

 共に同じ学びやで過ごした数ヶ月の間に、確かな変化がユーリの中で芽吹いたのは何よりも、

薫とそして、『友達』と呼べるかけがえのない存在の皆である。

 対等でいられる友の存在より、生きることの楽しさという素晴らしい自由を始めて感じていた。

 今まで誰も、それを与えてくれる存在は誰もいなかったのだから。

 しかし、薫と出会えたことにより変わりつつあるユーリの中では、同時に葛藤も生まれる。

 素直に、自分の変化を受け入れられないのだ。

 変化を受け入れるというのは、父親を裏切る事に繋がる。

 誰にも言えない苦悩に、彼女は苛まれ続けながらも、今の日常から離れられない彼女もいた。

 初めて誰かを大切にしたいという思いを教えてくれた人々の側に居続けたいのと、

薫に関わりたいという我儘を一番態度にしているのは、自身の感情に素直なファントムかもしれない。




 ふいに、ユーリの視線が一瞬、虚ろに揺らいだ次の瞬間、先程までとはまるで別人の眼光を抱く別の彼女がそこに現れる。

 彼女は黙って、ナイの髪を優しく撫でると、無意識にナイは心地良さそうに寝顔を緩ませた。

 それを見て、まるで母性と慈愛を満たした視線を落とす存在---------- 第四の人格でありながら、

ユーリ本人の人格とは別人である『フェザー』が出現していた。

「大丈夫よ、貴方達…… 皆の未来を私が繋いであげる。私と、あの子達と、ミナモトがいるのだから…… 」

 フェザーは、ナイの額に埋め込まれた爆弾の存在に心を痛めながらも、

誰よりも信じられるミナモトの存在に思いを馳せながら、希望を抱いた。

 未だ彼女自身の存在が何者かは自分でも分からなくとも、未来を変えることが自分の存在理由だと受け入れていた。





 明日がどうなるなんて---------  誰にもわからないのだから。

 かのパンドラの箱から飛び出した数多の災厄の底には、『希望』というものが、

残されていた物語があるように、希望は誰の胸の中にもあり、それが背中を押してくれているのだと。




                                                     終。

                                                             2010・02.21







 最近の絶チル本編では、ナイとユーリが気になって仕方が無いぐらい切ないので、
 こんな話を。
 自分の話では、料理ネタが多いような。
 やはり愛情を込めた手料理こそ、心を繋ぐ一因でもありますし。
 ファントムを出そうとしましたが、入ってくれませんでした(苦笑)
 え、フェザーをオチで出すつもりでしたんで。

 自分の中では、フェザー=大人薫と勝手に受け入れているので、
 結局、大人薫が書きたかっただけやろ自分と、セルフ突っ込み。

 しかし、ユーリとナイは幸福に絶対になって欲しい二人。
 本ではこの二人の話は書かないでしょうが、サイトでは、今後も書きたいです。





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