七夕〜皆本。
もう都心では、本物を見ることなどが殆ど無いのか、
模造で作られた笹の葉が茂った竹を飾る店を皆本は、心空ろなまま見つめていた。
小さな子供がいる家庭では、年に一度の七夕の為に、親が準備しながら、
共に願い事や、飾り物をして家族の絆を深めていくものなのだが。
幼い頃の彼も、よく母親と共に飾りつけをしながら、子供ながらの願い事を家族に見られないように、
こっそりと書き上げて、脚立を使い、母親でも見えなさそうな場所に飾りつけたものだと、昔をしばし思い出していた。
当時は、『お母さんのお婿さんになりたい』や、『皆がいつまでも健康でいて欲しい』
などという、大人になってしまった今からでは、見るのも恥ずかしいよう内容で。
年を重ねる事に、年相応の願い事を書いたものだが、彼が小学生高学年の頃に、
半ば学校を追いやられるように、特別カリキュラムに追いやられ、その後、渡米したことにより、
その後は家族で七夕をする機会が無いまま、大人になり今に至っていた。
懐かしさを覚えつつも、もう純粋にまだ見ぬ未来に夢馳せていた時間は二度と取り戻す事が出来ない。
嘗て、数年前の僅かな期間だけ、家族以外で七夕を経験した記憶もあるのだが。
店舗の様子を一瞬だけ目を向けたまま、皆本はその場を通り抜け去る。
誰もおらず、先日、彼がNYに薫を探して留守をしている内に、彼の住居は修復不可能までに破壊されていた。
それは薫の仕業とも、賢木が現場を透視した事により判明している。
自分のいないのを見計らい、紫穂と葵を連れて行ってしまった事に、皆本は彼女達を非難することはなかった。
それは全て、自分の力の無さと自身で受け入れていた。
知っていた未来ではあるが、それを全く変えられずに、彼女達を手放してしまう結果を迎えたことに。
以前、兵部が彼を見下したように、未来を変えることが、多様な能力を持ち策謀に長けた兵部さえ、
難しい代物だと聞かされた記憶がある。
何の超能力も無しに、ただ、長い間に築き上げた薫達との絆を深める事で、
運命を変えられるという思いは甘すぎたと、今の彼には痛感出来る。
刻々と、時間は流れながら、十年前から知っている時間へと近づいていることも。
どうすればいいんだ、僕は…… と、皆本は顔を重く曇らせながら、仮住まいのマンションへと足を重い足取りを向わせていた。
ふと、都市部としては小さい部類の河川に架かる橋の途中まで来た所で、皆本は足を止め、空を見上げる。
そこには、夏の夜空と瞬く星達。
「今年は見る事が出来たんだな、天の川を」
例年、七月七日にあたる頃は、梅雨時期ということもあり、雨天や曇りが多く、晴れて目に出来る確立は、極めて低い。
彼自身も、その日だと知っていた中で、見られたのは五回以下である。
以前なら。天文には興味があったこともあり、星に関しては並の研究者よりも詳しい皆本であったなら、
嬉々として燦然とした光景を見上げるのだが、今はそんな気分すら湧かないでいる。
彼の中では、もう一つの事しか考えられないのだ。
長い間、側で共に生活をして、作年までは側にいた存在である薫の事だけが彼の中で褪せる事無く、目に浮かぶ。
自分の意思で、彼女は彼の元を去り、彼からは会うことの出来ない場所に行ってしまったのだ。
側にいなくなってから、薫が自分にとってどれだけ支え続けられてきた存在だと、気付かされた。
「………… 」
上着の内ポケットから、皆本は小さな手帳を取り出すと、同時に出したペンで何かを走り書きをして、そのページを破り取る。
そして、その小さな紙を橋の欄干から空に放つ。
重力に引かれ、紙は目には見えない夜の川に落ちていくのだが、着水する寸前、
偶然にも川風が吹く上がり、紙は皆本の頭上を越えて、空高く舞い上がって行く。
まるで、空に瞬く天の川に向うように。
その光景を皆本は、何かの願いを馳せたように、切なく見えなくなるまで、見つめ続けていた。
「彦星も、織姫も年に一度は逢えるというのに、僕の願いは叶う日が来るのだろうか…… 」
視線を天に向けたまま、皆本はそう呟いた。
願いを込めた紙には、こう書かれている。
『逢いたい』と、一言だけが。
出逢いは、やがて来るだろう…… しかしそれが、最愛の存在との永遠の別れの日と知っていても、皆本はそう願った。
終。
2010・7.7
突発、七夕話です。
もう、皆本が暗くてすんません。
予知に縛られる、ワンパターンで変わり映えのない皆本で(汗)
前から、七夕ネタを書こうと毎年思っていつつも、機会逃してました。
ここ三年くらい、考えてて、毎年ネタが全然違うという。
ちなみに、3年前は、まだ小学生薫でのネタでした。
この話では、皆本とタイトルにあるとおり、薫バージョンもあるはずなのですが。
当日中の2作仕上げは無理そうなので、とりあえず、皆本のみを。
対な話なので、そのうち仕上げます…… 夏コミ原稿の逃亡がてらに(苦笑)
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