『黄昏の別離』
黄昏の空の下、崩壊しかけているビルの屋上で皆本は銃を構え向けていた。
銃口の先には、破壊の女王--------- いや、薫に。
「撃てよ、皆本 ！ 」
彼に銃口を向けられても、薫は動揺することも無く、その場で凛として彼を見つめる。
まるで、こんな状況が、訪れることを既に知っていたかのように。
（どうして、そんなに悟ったような顔をするんだ…… 君は…… 僕は君を殺してしまうかもしれないというのに）
銃を向ける行為自体が、皆本を酷く苦しめ、傷付ける。
この日が来ない事を、予知を知ってしまった日から幾度も願っていたというにと。
彼の願いも空しく、残酷なまでに今日という忌まわしい日を迎えてしまった。
最悪のテロリストと称され、この世界の秩序を全て破壊し、新たなエスパー主導の世界を作り上げるための
最大のテロを率いる彼女を止めなくては、世界自体が、取り返しのつかない終焉を迎えてしまうのだ。
薫を説得出来れば、最悪の展開は免れることが出来る。
「------- こんな戦いが何を生むというんだ ！？ 」
「あたしがいなくなっても、何も変わらない。他のエスパー達は戦いをやめないよ。」
しかし最早、それさえも出来ない程に、状況は悪化していた。
自分達の話す言葉の一字一句、全てあの予知と同じなまま---------
全ては、予知という運命の上で、この十年間を踊らされたままなのか--------
皆本は、何も自分で運命を変えることの出来なかった無力感と悔しさに歯痒さを滲ませた。
（結局…… 僕は、何も変えることが出来なかった。このまま、薫を撃つしかないのか僕は…… ）
凝視し合い悲壮に満ちた緊迫感に包まれた空間。
お互い、どちらかを殺さなければいけない苦しさへと薫が先に足を踏み入れる。
「知ってる ？ 皆本…… あたしさ-------- 」
皆本に向けて薫は、自分の右手を差し出し念動力をその手の中に収縮させ始める。
「よせ、薫 ！！ 」
ついに、この瞬間が来てしまった。
彼に最後の決断をさせようとして先手を打ったようにも思える。
こうでもしなければ、優柔不断の皆本はそのトリガーを絞ることなど出来ないだろうと。
皆本の性格を知り尽くしている薫だからこそ、そうしたのかもしれない。
（撃っていいんだよ、皆本 ？ そうすれば、私はこの苦しみの世界から楽になれるんだ。
皆本に撃たれて死ねるなら幸せだよ…… ）
せめて、最後は皆本の手によって最後を迎えたいのだと薫は胸に抱いていた。
それに気がついている皆本の心情は、更に複雑さを増していた。
（頼む ！！ 止めてくれ ！！ 僕に君を撃たせないでくれ ！！ でも、こうでもしなければ君は
また新たな犠牲の血を流しながら、苦しむのだろう ？ 本当は、誰よりも人を傷つける事を望まない
人だと分かっているんだ ！！ 君を殺すこと意外で、君を救うことが出来ないのか ？ ）
答えの見つからない葛藤が、彼の中で苛む。
もう、二人にはどうにもすることが出来なかった。
痛切な空気の中、今にでも、トリガーを絞ろうとした皆本の心の中に、何かが響き渡る。
（大好きだったよ…… 愛してる）
それは、薫の声。
口に出しているのではなく、薫の心の声だった。
彼に撃たれるのを望み、今上の別れを感じ彼に、テレパシーに近い念波を心の中で抱きながら、
彼に送っていたのだ。
その声が胸に響いた瞬間、皆本のトリガーを引く手が止まる。
どうしても、撃つことが出来ないのだ。
薫の告白を聞いて、彼の胸中で湧き上がる思いがある。
それは、今まで否定し続けながらも、心の何処かで認めていた感情。
「僕には出来ない…… 」
皆本は銃を降ろした。
薫を撃つ事など出来ないと。
次の瞬間、皆本の胸が大きく四散すると一面に血飛沫が飛びながら、彼は後方に飛ばされ倒れた。
薫の念動力が彼に直撃したのだ。
「皆本 ！！ 」
薫は倒れた皆本の元に駆け寄り、鮮血に染まった彼を自分の胸元に抱く。
直撃すぎて、既に致命傷を負い救命するのは無理だと分かる程に。
「…… 薫…… 」
口元に血泡を溢れさせながら、皆本は薫の名を呼ぶ。
「なんで撃たなかったのよ ！！ 」
悲痛な声で、薫は彼に撃つのを止めた理由を問う。
「撃てるわけないじゃないか…… 薫を…… 君を止めなければ、この世界が破滅してしまうのかもしれないと
分かっていても、どうしても撃てなかったんだ…… 」
「だから何でなのよ ！！ 」
いつの間にか、薫の頬には涙がとめどなく溢れ続けている。
「君を愛していたから…… 愛するものを自分の手で撃つなんて事、僕には出来なかった…… 」
「皆本…… 」
突然の愛の告白に、薫は動揺と戸惑いを覚えながらも、心のどこかで熱い感情が生まれる。
皆本は、自分の右手を薫に向け伸ばす。
どうやら、薫の頬に触れたい様子なのだが、もう彼の目は失血で見えなくなっているらしく、
見当違いの方向に手を動かしているのを、薫は悟り、その手を取ると自分の頬に運び、触れさせた。
「暖かいな…… 薫は…… 」
薫の温もりに触れながら、皆本は母親の胸で安らいでいるような笑みを浮かべる。
もう、何も恐れることも無いのだからと。
結果として、予知を変える事が出来たことに皆本は満足していた。
自分が犠牲になることにより、薫を未来を紡ぐ事が出来たのだから。
予知を覆すには、代価が必要なのは分かってはいた。
それが、自分の命だったとしても、構わない。
薫のためならば。
「死なないで皆本 ！！ 」
切なる声で、自分の本心を曝け出しながら、薫は必死に皆本の名を呼ぶ。
次第に体温が下がり行く、彼の体を抱きながら。
「僕は……薫に出会えて、幸せだったよ…… 結局僕は、君に何もしてあげれなかった。
最後に辛い思いをさせてすまない…… 」
「卑怯だよ、皆本…… 私を置いていかないでよ…… 」
涙声と嗚咽で、薫の言葉は続かない。
皆本の命が消え行く感覚に怯えながら、取り残される孤独を吐露する。
「…… 今度生まれ変われるのなら、普通人も、エスパーもいない世界に生まれて
君に会いたい…… もう、こんな悲しみを味わいたくない…… 」
「私もだよ…… いつか、そんな世界に私も生まれて、皆本に会いたい…… 」
「約束の…… キス…… してくれないか…… ？ 」
「いいよ…… 約束だよ…… 」
薫は、皆本の唇へとキスを交わす。
これが最初で、最後の触れ合いだった。
「本当に愛して…… たよ、薫…… 」
そして、皆本は事切れた。
「皆本ぉ------------- ！！ 」
悲痛な悲しみに包まれた慟哭が、黄昏から夜の帳に変わりつつある空に響き渡り、薫は皆本を抱きながら
絶望に泣き崩れた。
愛した存在を自分の手で喪った後、薫は”破壊の女王”とは、別に”非情の女王”とも呼ばれながら生きることになる。
この世界に何の未練も無く、世界の破滅を願いながら…… 。
ただ、いつか何処かで出会えるかもしれない、皆本との何の障害も無い、世界に思いを馳せながら。
終。
2008・０５．１８
えええええっと…BDエンドな、皆薫というか、予知未来の逆バージョンです。
以前から、考えていた書きかけ放置SSを書き上げてみました。
…書きかけ放置といっても、数行程度の始末。
あまりにも重いので、放置していたというか。
最後に、皆本は『世界なんてどーでもいい、薫さえ生きてくれれば、俺は死んでもいい』
な、感じで選択したような話。
どのみち、自分の手で相手を失った方は、辛すぎる痛手ですけど。
原作の薫は、自分的には皆本の手にかかって、この世界の呪縛から逃れたい破滅願望あるように
思えるんですので。
取り残された皆本の気持ちは、どーするんじゃい！とも思って、薫に味合わせてみたり。
予知未来の場面は、他にも色々と考えてあったネタもあるので、ネタはかぶるけども機会をみつけて、
書いてみようかと。
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