『手をにぎってくれるのは』




 その日、紫穂は単独任務についていた。

 警察で捜査の行き詰った事件の遺留品をサイコメトリーし、手がかりを掴む、というものだった。

 これは小学生の頃から幾度かやってきた任務ではあった。

 しかし最近はエスパーとノーマルとの対立が一部で激しくなっており、中には流石の紫穂でも胸の悪くなる事件もあった。

 この日も、遺留品からのサイコメトリーでそんな事件の一部始終を見てしまった。

 なんとか任務を終えると、食堂で昼食をとった。

 そこに一人のドクターが現れる。

 紫穂と同じサイコメトラーであり、バベルの医療研究課に所属している賢木修二である。

「よー紫穂ちゃん。何だよ、今日は一人か?」

「賢木センセイ。ええそうよ。今日は単独任務。」

賢木は勝手に紫穂の向かいの席に腰を下ろす。

「単独任務だからって…皆本さえ来てないのか?」

「局の中で透視するだけなのよ。もう私も高校生だし、そんな任務でいちいち皆本さんについててもらわないわ。」

 それは嘘ではなかったが、一番の理由は他にある。

 皆本が今日休暇をとれれば、ちょうど薫の休暇と被る。

 皆本がやっと素直になり付き合い始めた2人だが、任務や学校で中々まともに会うことすらできていないのを、紫穂は知っていた。

 彼女なりに気を利かせて、半ば強引に休むよう皆本に言い渡したのだった。

「どうかしたのか?」

「え?」

 紫穂は自分でも気付いていなかったが、手が僅かに震えていた。

 思っていたよりも、今日の任務が精神的にこたえていたようだ。

「ちょっと任務で疲れただけよ!何でもないわ。」

 紫穂は、普段大人面をして自分をからかってくる賢木に指摘されたのが恥ずかしいやら悔しいやらで、

両手をぎゅっと握り締め震えを止める。

 その様子から賢木は紫穂が強がってるのが分かり、可愛げのない奴、と心の中で苦笑した。

「ったく、お前は…。震えるなら皆本に手ぇでも握ってもらえ」

 賢木は冗談半分で言ったが、紫穂の顔が少し曇った。


「もう皆本さんに甘えたり、頼ったりしないわ…!!」

小さな声ではあったが、確固たる意思を感じさせる口調だった。

 “もうあの人とは手を繋げないもの…”


 紫穂は皆本との出会いを思い出す。

 超度7のサイコメトラーという、誰もが厭う自分の手を臆することなく握ってくれた、あの人。

 それからずっとザ・チルドレンの3人を守り続けてくれた。

 いつも真面目でノーマルのくせに時には身を挺してくれた。

 最初は構ってもらうのが嬉しくて、しかしいつからか異性として真剣に彼を好きになった。

 だがーーー。

 皆本は薫を選んだ。

 透視などしなくても2人が惹かれあっているのは誰の目から見ても明らかであった。

 それはどこか運命的なものを感じさせるほどで、他の人間が入り込む余地などなかった。

 “薫ちゃんは親友なんだから祝福はしてるわ。けどーーー”

 紫穂は感情が先行し煮え切らない気持ちを抱いていた。

 サイコメトラーである彼女が、多数の人間の様々な側面をみて、この世はおとぎ話ではないと知り、

 しかし心を許した唯一の人間ーーーそれが皆本である。
 
 ザ・チルドレンの3人とも皆本を慕っていた。

 しかし選ばれるのは1人だけ。そんなことはとうの昔から分かってはいた。

 いざ薫が選ばれ、皆本に甘えるわけにもいかなくなると、紫穂は孤独感に苛まれた。

 “私の手を握ってくれる人はもうーーー”

 今日のような辛い任務の後、辛かったねと手を握ってくれる人はもういない。

 紫穂は昔賢木に言われた言葉を思い出した。

『皆本にべったりだと後で辛いぜ?』


 普段は勝気で弱気な面など決して他人に見せない紫穂であった。

 しかしこの日は精神的に参っており、ふと気が緩んでしまい、賢木が目の前にいるにも関わらず涙をこぼしてしまった。

「お、おいっ!?一体どしたってんだ??!」

 初めて見る紫穂の涙に、賢木は激しく動揺するが、成す術がない。


 うつむいたまま紫穂は言う。

「そうよ…私はもう、あの人には頼らない…」

 動揺しながらも何となく紫穂の心中を察した賢木がそっと手を伸ばす。

 そしてその手を優しく紫穂の手に重ねる。

「センセイ…!?」

「俺たちは高超度の精神感応系同士だから、手を触れても何も透視(よ)めない。

 手を繋いでも変な気を遣わないで済むだろ?」

「だから何よ…!!」

「女のコに泣かれるのには弱えーんだ。この方がちょっとは落ち着くだろ?

 何となくだが紫穂ちゃんの気持ちは分かるよ。

 でもな、世の中は広いんだ。

 躊躇なく紫穂ちゃんの手をとるのは何も皆本一人だけじゃない。


 サイコメトラーという能力上、簡単に他人を信頼できないのも分かってるが、辛いときにはもっと周りに頼れよ。

意外と身近に、本気で君の助けになりたいと思っている奴もいるんだぜ?」

その先は照れくさくて、賢木は触れている手から思念を送る。

“例えばーーー俺とかな。”

「センセイ…女性を口説くのが本当上手いわね?」

「お、お前なーー!せっかく人が慰めてやってんのに、もうちょっと可愛げってもんがーーー」

「だったら、もう少しだけ、このままでいてもらってもいいーーー?」

 懇願するように紫穂は言う。

 うつむいたままなので表情は読み取れないが、顔が若干赤いようだ。


「紫穂ーーー!?」


 突然の声に2人は慌てて手を離す。

「紫穂!ここだったのか。なんだ、賢木も。2人とも慌ててーーどうかしたのか?」

 入ってきたのは休みを言い渡したはずの皆本であった。

 どうやら彼には2人が手を握っているシーンは見られなかったようだ。

「皆本さん!?」

「なんだとは何だ。俺をオマケみてーに…。失礼な奴だな。」

「紫穂、すまん。今日は寝坊してしまって遅くなったが…任務は終わったのか?」

「どうしたの?今日は私1人でいいって」

「僕は君の指揮官だぞ!?

ついててやるのが当たり前だろう?それに今日の任務は恐らく精神的にも優しいものじゃなかったはずだ。

大丈夫だったか?」

 子供扱いと言われればそうだが、皆本は優しい目線を紫穂に向け、軽く頭を撫でてやる。

“この人はいつも簡単に私の事をーーー

どうやっても敵わない。我侭はもう言えないけど、あと、もう少しだけ子供のままでーーー”

「このくらい大丈夫よ。さぁ、帰りましょう」

「そうか。薫も最近紫穂が構ってくれないって文句言いながら家で待ってるぞ。喧嘩でもしたのか?」

「いいえーーー私がちょっと馬鹿だったみたい。」

「? じゃあな、賢木。僕らは帰るよ」

「あぁ。またな」

「賢木センセイ?」

「ん?」

「今日はありがとう」

 紫穂は、恐らく今まで皆本やチームメイトにしか見せなかったであろう、本心からのとびっきりの笑顔で、賢木にお礼を述べた。

賢木はしばしあっけにとられた。

“あいつ…十分可愛い所もあるじゃねぇか”

 2人に手を振って見送る。

“まだ皆本にべったりだが…まぁ、気長に待つさーーー”


 賢木も午後の診察を始める為、足取りも軽やかに診察室へと向かった。




 数年後ーーー

「何か最近紫穂の奴、妙に賢木と仲良くないか?」

 とある日の午後、皆本は薫に聞いた。


「え!?皆本、知らないの?あの2人付き合ってるんだよ?!」

「え、うそ?まじーーーー!??」

「うっわ、鈍感!?」






                                                     END




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