『生まれる前から、君を』
(かーちゃんは、おしごとでいないって、ねーちゃんがいっていた)
何とも言えない気持ちを胸に抱きながら、まだ幼き薫はベランダに念動力で身体を浮かばせながら、
一人では外に出る事の出来ない世界を見つめていた。
まだ、ようやく三歳になった幼子である薫は、普通なら母親の側で甘えたい年頃でもあるのだが、多
忙を極める明石秋江は、昨日から遠方ロケということで、自宅を留守にしている。
薫の面倒は、11年上のまだ中学生である好美と、今日は自宅にいる父親が見ているのだが、薫にとっては何かが物足りなかった
「おいで、薫。お祝いケーキ食べるからさ」
好美が外を見つめている薫に声を掛けながら、三人で食べるには大きいサイズの数多くの苺と生クリームが乗っているケーキと、
ろうそくが三本、その真ん中では“かおるちゃん三歳おめでとう”のメッセージが書かれたチョコレートで作られた
プレートが置かれている。
言うまでも無く、今日は薫三歳の誕生日であり、家にいる家族だけで祝ってくれているのだが、
薫はそれに対してあまり喜びを示してはいないように見える。
まだ誕生日という意味も理解しきれていない年でもあるのと、常に母親が家にいないことに対する寂しさで、
子供独特の不安感に苛まれていたのだ。
「いらない」
折角の家族が用意してくれた祝いの場すらも拒否するように、拗ねているような態度をしていた薫は、外を見つめ続ける。
「………… 」
我儘を言いながら、言う事を聞かない薫に対して、姉も父親も叱り付けることも、
無理矢理連れて来る事も出来ないまま、戸惑っている。
レベル7の念動力者であるのと、まだ能力を全く制御出来ないでいるゆえに、
癇癪を起こしただけでも、超能力を暴走させてしまい、近くにいた人間が巻き添いをくらい怪我をしかねない。
その被害を母親の秋江が一番受けてもいた。
それを知っている事もあり、薫を迂闊に刺激を与えられないゆえに無理強いはさせられなかったのだが、
それにより家族の触れ合いは限りなく少なかった事により、薫の愛情を欲する思いはその後、
人並み以上になってしまった要因でもあった。
そんな薫の様子を遥か高い上空から覗く、学生服を見に纏った銀髪の少年が、その光景を黙って眺めている。
「少佐------- またあのガキ見ているの ? 」
ようやく少しはペロペロキャンデーから卒業したばかりの、藤浦 葉が兵部京介に対し、呆れたように尋ねる。
余裕があれば、いつも彼女を眺めに来ていたのだ。
まだあどけなく甘えるように、少佐に常に帯同したい葉と、兵部の行動監視ともいえる真木と
紅葉もまた側でいるわけなのだが。
「監視だよ、ただのね」
「にしては、来過ぎじゃないの、少佐 ? これって、ストーキングというのじゃない ? 」
呆れたように、紅葉は彼の性癖に文句を言うのだが。
「好きに言えばいいさ。今の女王は役に立たない公安とバベルしか監視出来ていない状態だ。
僕が常にその身を案じているだけにすぎない」
「素直に、今日が女王の生まれた日だというのを祝ってあげてはいいのでは ? 」
一番年長で、おそらく19歳程の年頃である真木が、ここに来た理由を理解していることもあり、
至極当然な事を兵部に突きつけた。
「いや、女王にはまだ顔を会わせないほうがいい…… 彼女は甘やかすのは、
将来の女王の為にならない。孤独を幼い頃から経験させることにより、僕達の救世主になる片鱗を築きあげる」
冷淡な表情を浮かべながら、兵部は眼下の薫がどんなに寂しさで心潰されそうな事を知っていても、
何も手出しをしないと告げる。
「そういうのを、サドっていうんじゃないの ? 」
「変な言い方をするな、スパルタとでも言え」
紅葉が呆れたような言い方をするのを聞き、兵部はあくまでそうじゃないと反論するのだが、どう見てもSだろう。
「いつまでも、ここで眺めていても仕方無いじゃん。行こうよ、少佐」
兵部の性癖に付き合うのもあきた葉が、兵部が時折常駐しているバベル直属の
犯罪エスパー収容所の地下最下層にある特殊監房に戻ろうと叫ぶ。
兵部の催眠能力で、葉達はよく別荘気分で遊びに来ているのだが。
「そうだな………… 」
会話をしながらでも、未だ薫を見続けている兵部は、薫の姿に何かを思ったらしい。
「少しだけ待っていろ」
「少佐、何を ?! 」
その場に三人を置いて、兵部は急に眼下に向かい始めると、薫の目の前に姿を現した。
現したのだが、薫は全く彼に気付いていない。
気付かないのも当然である。
催眠能力を使い、薫の目には見えないようにして現われているのだ。
「 …… ? 」
しかし眼には見えていないものの、元来、勘の良い薫はそこに何かがある気配を感じているようであったのだが、
恐れている様子は無い。
それが、自分に対して悪意をもたらす存在では無いと直感で感じているのだろう。
どこか興味津々に、見えざる兵部を見つめている様子を見て、少し兵部の顔色が緩む。
自分たちを統べる女王とはいえ、まだこの子はあどけない幼子でしかない。
可愛い盛りの子供なのだ。
薫の頬にそっと兵部は自身の掌を当て、触れる。
五十年以上前から、この世に生まれる日を待ち望みながらも、決して今まで触れる事すらしなかった。
だが、何故か触れたくて仕方無い誘惑に駆られたのだ。
柔らかな感触と、温もりが掌に伝わり流れ込んでくる。
三年前までは、成長した彼女の姿しか垣間見える事は出来ず、生まれてきてからも、
姿を現さずに、遠くで見続けているだけしかなかった為に、この子の本当の存在に触れる事は出来なかった。
伝わり込んでくる薫の心の痛みは、エスパーならではの痛みだと、兵部は同情とは違い自分達は、
それを理解出来る同胞なのだと、何処か喜んでいる。
しかしその反面、このまま何もせずにもいられなかった。
(薫…… 君は一人ぼっちじゃない。まだ、逢えないが、君を慕う仲間はこれから沢山出会えるんだ。
僕もその中の一人だ…… 生まれる前から、僕は君が愛おしい。
早く、大人におなり…… この世界は、君が変え統べる為にあるのだから。その日まで、僕は影で見守っている)
精神感応能力で、薫の心に直接、兵部は自身の言葉を流し込むのだが、
幼子ゆえに意味は全く理解出来ていないのだが、自分は一人では無く、
守り愛しんでくれる不思議な安心感が包み込んだ事が、彼女の心を癒し、
それまで俯きつまらなさそうな表情であった薫は、笑顔を見せた。
その笑顔を見て、兵部も何処か安心して吊られたのか、少しだけ笑顔を彼は浮かべる。
(誕生日、おめでとう薫。数年後、君と顔を会わせる日を楽しみに待っている)
それだけ伝えると、兵部はその場を離れ、再び三人の待つ上空に戻った。
「結局、顔出しに行っているじゃないの、少佐。我慢出来ないのなら、素直に行けばいいのに」
「いちいちうるさいな、紅葉は。気まぐれにそうしたいと思っただけさ」
紅葉のお小言が、うっとおしいらしく、顔を渋らせながらも、兵部はそれに関しては素直に認める。
「ねー少佐、小さい子が好きなんて言っているけど、そういうの、変態ロリコンって言うんじゃねぇ ? 」
何気無く、葉はそう言った次の瞬間、彼の口が左右に強く引っ張られる。
「誰がロリコンだ。余計な言葉ばかり覚えやがって、このクソガキ !! 」
こめかみに青筋を立てながら、兵部は生意気意ざかりで口が悪すぎる葉の口を引っ張り続け、
涙目になっているのを、見るに見かねて真木が止める。
「少佐、子供相手にムキにならないで下さい。あなたが、そんなんじゃ、この先、
我々が目指す目的も組織にも、示しがつかなくなります」
「お前は、相変わらず固すぎるな、真木。まあ、お前の顔に免じてこれぐらいにしておいてやるよ」
ようやく、手を離すとやれやれとしながらも、葉の頭を乱暴に撫でるのだが、
嫌がった様子は無く、むしろ喜んでいるように見える。
確かに生意気なのだが、この子も同じ痛みを持ち合わせる仲間であり、
可愛い家族のような存在であるからこそ、保護している同胞全てに不器用ながらも、彼なりの愛情を与えている。
「帰るぞ、お前ら」
「はーい」
「やっと、帰れるわ。帰ったら、トレーニングしないと…… 」
それぞれが、帰宅後の事を考えている次の瞬間、兵部の瞬間移動能力で、四人の姿が歪曲し一瞬で姿がその場から消えた。
去る直前、やはり兵部は薫の元に視線を向けて、今度は彼の心の中で呟く。
(また逢おう…… 女王…… )
「おめでと、薫。ウチよりも早く十五になったな」
「知ってる ? 法律的には、来年には結婚出来るのよね」
「え ? 紫穂、あんた何言っているのよ。あたしに、まだそんな相手がいないつーのに」
からかう紫穂を横目に、そうなる願望の元である皆本の方を薫はちらりと見るのだが、
それに関して鈍感すぎる皆本は、全く気付いていない様子である。
そんな彼に、こりゃ駄目だと、どこか嘆息しか出ない薫。
時は流れ、十年以上の年がそれから経過していた。
その日も、薫、紫穂、葵と、隣に住む皆本と、バレット、ティムのいるマンションの一室で、
薫の十五歳の誕生日パーティが開かれていた。
例年なら、同じ中学のちさとちゃんや、悠里などもいるのだが、揃い揃って都合が悪いらしく、
今日はバベルメンバーのみが参加のパーティとなっていた。
大好きな友達が来られないのは残念な所であるのだが、それでもメールを送ってくれたりと、
フォローしてくれているので、それだけで満足である。
今日を祝ってくれる人がいるだけで、いいのだからと。
この日の為に、皆本は腕を奮い並のパティシェでは作れないようなレベルのフルーツケーキを作り上げていた。
ぶっちゃけ、得意の料理やお菓子作りで、薫や他の皆が喜ぶ姿を見るのが、皆本にとって何よりも嬉しいらしい。
ケーキに刺さった十五本の蝋燭の火を吹き消すと、周囲からは拍手と写メの嵐が飛ぶ。
「もう、皆、ありがと。大好きだよ !! 」
自分の誕生日を祝ってくれる事が、こんなにも嬉しくて、楽しいものだと、薫は毎年感謝していた。
そんな楽しそうな光景を、また遥か高い場所から覗いている気配が一つ。
言うまでも無く、兵部なわけなのだが。
毎年、こうやって本人に顔を合わせることなく、彼女の生まれた日を影ながら祝い続けていた。
今年も、そうやって終わらせようとしていたのだが------
「どうした薫 ? 」
室内で手作りケーキをほおばっている薫は、ふと何かを頭上から感じ取ると、無意識にベランダの窓を開け、
念動力で上空に飛んでいくと、すぐに兵部の元に掛けつけた。
「やっぱりいた京介」
「薫…… よく僕の事が分かったね」
「なんとなく、感じた。というか、いつも上から覗いているらしいじゃん。
桃太郎や、澪達が言っているからさ、多分、今日もいそうな気がしたんだ」
「あいつらは、本当に余計な事ばかり話しやがって…… 」
ぶつくさと、兵部は自分の行動を薫にばらし続ける、彼らを少々、恨めしさを募らせる。
これでは、日頃のこっそり覗いていた楽しみを奪われかねない危機である。
「こんな所で一人いないで、下で皆と一緒に祝ってよ」
「いや、遠慮しておくよ。顔を会わせたくない奴もいることだし:
突然の誘いに、少々彼は驚いたものの、流石にそれは無理だと兵部は断るのだが。
「そんなの気にしないでいいよ。あたしが、そうして欲しいんだから。
折角の誕生日なんから、我儘聞いてくれてもいいじゃん ! 」
誕生日というイベントを武器にして、あの輪の中に引き込もうとしている薫に困惑するものの、
無下に断るのも可哀想かもしれないと言う事と、眼下でのほほんとケーキでも食べている、
気に食わない存在に一泡吹かせるのも一興かという誘惑が湧き上がる。
「今回だけ参加させてもらうよ」
「やった !! ささ、早く行こうよ !! 」
駄目元で誘った兵部が参加してくれると聞き、思わず薫は兵部の手を掴むと、
急ぐように眼下に向かい飛んで行こうとする姿に、仕方ない女王だと、少し苦笑を浮かべた。
皆本達の待つ室内に兵部を連れ込んだ際には、言うまでも無く皆本が彼の名を大声で叫び、
何故こんな奴を連れてきた怒鳴る横で、無言で紫穂は太ももに収納されている捕縛銃の安全装置を外している。
他の面々も、やはり動揺しているのは当然であろう。
「もう、京介が来たって別にいいじゃん。あたしの誕生日なんだからさ、
皆に祝ってもらいたいの!今日ぐらい、いつもの事を忘れてもいいと思うけど」
いがみ合う姿を見て薫は、周囲を諭すように叫ぶと、少し彼らは冷静になる。
パンドラとか、バベルとかの枠に囚われない考えの大らかさを持つ薫だからこそ、万人に好かれるのだから。
「ほら ! 」
ぶっきらぼうに皆本は、兵部にケーキの一切れを目の前に差し出す。
一応、ここにいる事を認めた態度ともいえる。
「ありがたく頂戴するよ。僕は、甘くないケーキの方が好みだと言っておく」
「だったら、食べるな」
いちいち一言が多い兵部に苛立ちを抑えるのが大変そうである皆本の姿や、
周りはそれなりに兵部の参加を認めて元のパーティに戻ろうとしている。
その様子を見てなんとかなっているじゃんと、安堵している薫は、兵部に軽くウィンクをしている。
(まったく、女王は後の事を考えずに行動する楽天家だ。
しかし、彼女だからこそ良い結果の運命を導いたのだろう。
僕等を率いるには、このような生まれついた性格と才が必要だ)
兵部は、これこそ自分の求めているエスパーの救世主たる能力だと確信していた。
「おめでとう薫。僕は君に逢う為に今までを生きてきた意味があったよ」
手で薫の頬を触れながら、まるで告白をするような物言いに、薫を含め周囲が硬直する。
特に、皆本と紫穂が……
「いや、あの、ありがとう京介。でも、その言い方はちょっと、あの大げさじゃ ? 」
「いや、本心さ。僕は君がいるからこそ------- 」
「薫ちゃん !
「兵部っ !! 」
話に割り込むように、紫穂と皆本が薫を守るように二人を引き離した。
常に、兵部を薫にとって悪い虫としか思えないゆえに、直感的に危険を感じたのだ。
「おやおや」
明らかに嫉妬している二人に、嘲笑に近い笑みを浮かべながら薫から離れていく。
「ちょっと二人ともやりすぎだって ! 」
「薫ちゃんは、無防備なのよ、あいつに ! あんな奴と仲良くなんかしないで ! 」
「まったくだ ! あいつの側になんかいたら、ろくな大人になんかならん !!」
完全に論点がズレ始めている事に呆れを感じた薫は、どうしたら皆が仲良くなれるかと真剣に考えたくなっていた。
そんな時に、先程、兵部に触れられた頬の感触に何か懐かしさを思い出す。
記憶では思い出せないが、随分と幼い頃、とても寂しくて仕方が無い時に、
同じように触れてくれて慰めてくれた存在がいたような気がしたのだ。
それが、現実なのか夢なのかは分からない。
しかし、身体の記憶は確かに覚えている。
何故、兵部と被ったかは分からないが、あの時の感触がどれだけ嬉しかったか表現できないのだ。
「京介、ありがとう。また来年も来てよ !」
「誘ってくれるのは、嬉しいが、丁重にお断りさせてもらうよ。
どう考えても、快く受け入れそうもない連中が背後にいるからね」
兵部のいる場にベランダに薫も駆けつけると、今から来年について誘いをかけるのだが、すぐに断られてしまう。
「二人は、あたしが説得するからさ、お願い ! 」
「うーん、だったら今度は薫が、カタストロフィー号来て、パンドラの皆で祝おうじゃないか、
そこでなら、ここと比べものにならないパーティにしてあげるけど ? 」
誘いから逃げるような言い訳を次々に出す兵部に、薫は溜息が混じる。
「あたしが行けないと分かっているから、からかっているでしょ、京介。
もう、いいよ…… 来年の事を今から決めても、未来は誰にも分からないんだし、その時にまた考えて、誘うからさ」
「薫らしいね、その考えは…… 先の事は誰にも分からないか……
そんな世界であったのなら、僕らはどんなに幸福で生きる事が出来たかもしれない」
「どういう意味、それ ? 」
何処か遠い目をしながら兵部は、憂いな顔をする事に薫は妙に気になる。
「もう少し時間が流れたら、知る事になるさ。それまでは、ここで普通の生活を続ければいい。
…… 少し長居をし過ぎたようだ。僕はここで失礼させてもらうよ。また逢おう、薫」
薫の顔を見続けていると、その純真さに思わず引き込まれそうになる危険を感じた兵部は、
そう言い残すと、瞬間移動で姿を消した。
「もう、都合が悪いとすぐ逃げるんだから。大人ってさ、こういう時、ズルイ」
逃げるように去った兵部に、少し立腹するものの、薫は今日ここに来てくれた事で、全てを許していた。
兵部が、自分が生まれて来た事を誰よりも喜んでいるような気がするのだ。
何故だかそれは分からないのだが。
「来年も絶対に来てもらうんだから !! 」
妙な目標を胸に抱き、薫はどこか満足気に微笑むのだった。
終。
2010.7.30
薫誕生日話です。ギリで30日中に間に合いそうです(汗)
今回は、何気に兵部と薫の話となっています。
皆薫ネタは…夏コミ原稿ネタで、脳内フル回転しているので、無理でした。
いやあるんだけどねぇ。
時間無かったです。
と、とりあえず原稿に戻ります。
原稿投げて、書いている奴です(汗)
ブラウザの×で御戻りください。