『やさしい手』



(よろしくっつってんだろ!仲良くしよーぜ!)

 幼いながら、周りからの敵意や畏怖の感情を感じ取っていた。

 能力なんか使わなくても、目線や所作で分かってしまった。

 私はそれらから目をそらし、閉じこもることしかできなかった。

 それが唯一幼い私にできる、自分を守る方法だったから。

 自分一人の世界でいたとき、その声が聞こえた。

 初対面の私と葵ちゃんを、なんのためらいなく抱きしめた。

 それが薫ちゃんとの出会い。

 彼女の生来の明るさは、一瞬で私を暗い場所から引きずり出してくれた。

 まるで向日葵みたいだ、と思った。

 その日から、私の世界は広がった。

 いつも3人一緒で、そのうち皆本さんが主任になって更に世界は広がってーーー




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 午後特有の眠気に誘われて、ついウトウトしていた。

 なんて懐かしい夢を見たんだろう。もう何年も前のことだ。

 机を一列はさんで向こう側では、当の薫ちゃんがクラスメイトと何やら騒いでいる。

「チョコより凝ったものがいいなー」

「やっぱりケーキにするかなー」

 随分冷え込む季節。どうやら彼女らはバレンタインデーの話題で盛り上がっているようだ。

 薫ちゃんはいつも中心にいる。

 私だってクラスメイトと喋ったり、男の子からメールをもらったりすることはある。

 でも、薫ちゃんほど気兼ねなくは接することがどうしてもできない。

 私に必要なのは“距離感”だ、と思う。

 周りには超度2だと言ってはみても、サイコメトラーという能力にいい気はしないだろう。

 自分だって、好きで相手のことを透(よ)んだりしない。

 時には相手の中に自分への誹謗中傷を読み取ることだってあるのだ。

 もう今さらこの能力をもって生まれたことを恨んだりしても仕方ない。

 私には皆本さんや葵ちゃん、それに薫ちゃんがいる。

 本当に心から信頼できる相手。サイコメトリーという能力を持ってしても、そう断言できる仲間。

 それがどんなに幸せなことだろう。

 普通人であったって、滅多にそんな人と出逢えることはないと私は知ってる。

 だからーーーーー




 一際大きな嬌声があがり、私の止め処ない思考が中断された。


「やっぱりケーキは難しいよねー。あたし、そんなに料理上手じゃないんだ。」

「それなら、紫穂が料理上手だよ!」

 ふいに薫ちゃんの口から自分の名前が出て、少し驚く。

 薫ちゃんが笑顔でこちらにやってきて、私の手を掴んで、クラスメートの輪の中に連れて行く。

 途中、こっそり耳打ちされる。

(サイコメトリーすれば、失敗しないもんね)


「三宮さん、料理上手なんだ。」

「すごいなぁ。ねえ、私たちにもお菓子作り教えてくれない?」

 クラスメートが笑顔で、まっすぐこちらを見ている。

「え、うん…いいわよ。」

 ちょっと照れくさくて目を逸らしてしまった。


 なんだ。こんなに、呆れるくらい簡単な事なんだーーー


 薫ちゃんを見るとただニコニコと笑ってる。

 薫ちゃんの、実はサイコメトラーじゃないかと思えるような勘の良さに感心した。

 ううん、たぶん天然でやってるんだろうけど。

 もともと彼女は元からこういうことが、できる子なのだ。

 自分で自分を否定して、誰かと向き合うこともせずいつも一歩退いてしまう。

 そこからいつも連れ出してくれるのは、薫ちゃんだ。

 薫ちゃんが思ってるよりずっとずっと、私は薫ちゃんのことが大好きだよ。

 私はいつも暗がりから助け出してくれるその手を、ぎゅっと握り返す。

 この季節にはそぐわない、温かな手だった。





                                                END



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