『安らぎはまだ先に』
そのとき彼女はまだたった9歳だった。
9歳の彼女が立ち向かうには、世間は冷たすぎた。
彼女は既に孤独を知り、未だに安らぎを知らなかった。
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(悲しそうだったから、どうしたのかなってーーー)
あの日BABELの片隅で、その人は言った。
彼の言葉には心中を見透かれたようで、恥ずかしくて思わずカッとなってしまった。
けれど薫の頭からは、あの人のことが頭から離れなかった。
そういえば、自分が悲しんでることを気に掛けてくれた人なんか初めてだな、
と後になって気付く。
いつもの待機室。
薫は少し前の思い出から、ふと我に返る。
須磨主任が錯乱状態に陥いってからはまだ、後任の主任はまだ決まっていなかった。
幸い平和な日々が続いており、急を要する事態もなかった。
「そういえばまだ来ねーなー。新しい主任」
栄養ドリンクを飲みながら、薫は言う。
目の前にはサイコキネシスで浮かせたグラビア雑誌が揺れている。
「来おへん方がええやん。また須磨主任みたいなんやったら嫌やし」
ゲームで遊びながら葵は面倒そうに答える。
「心配しなくても当分来ないんじゃない?
局内で候補者がいなくて教育省から出向してきてたくらいだし」
紫穂がポッキーをかじりながら興味なさそうに答える。
「でもさ、アイツは? ほら、この間来てた科学者のーーー」
薫は先ほど思い出していたあの男性の話題を持ち出す。
「ああ、皆…あれ、名前何やったかな?」
「確かに人畜無害っぽいけどね。 薫ちゃんったら、あの人のこと気に入っちゃった?」
「ち、ちげーよ! アイツお人好しそーだから使えるしさ、実際頭もいいから任務もすんなりいったじゃん!?」
薫は慌てて答える。
その反応だけでも葵と紫穂には薫があの人を気に入っているのが分かる。
「まあそうね。けど…実際指揮官に就任したらどうなるか分からないわよ」
「分かってる。でも…なんかアイツ変な奴だったんだよなぁ
どこか、他の大人とは違うような…」
薫は思い出す。
あの人が須磨主任の代理で指揮をとった日のことを。
『痛かったろう。なのに…よくがんばったな。』
(アイツは心配そうな顔をして、大きな手であたしの頬を撫ぜた…
本当は嬉しかったのに泣きたくなったのはーーーなんでだろう?)
いつの間にか、窓から街を見下ろしていた葵がポツリと呟く。
「ウチら一生、このままなんやろかーーー」
高層階から見下ろす街はひどく小さく、作り物のように見える。
それが一層自分たちが日常から切り離されていることを実感させる。
「大丈夫だよ。いつかーーーきっと終わる」
薫は葵に寄り添いながら言う。紫穂も2人に近づき、その手を握る。
言った薫自身も、他の2人にも、その言葉がただの慰めであるのは十分に分かっている。
ただ言わずにはいられなかった。
言葉で自らに言い聞かさなければ、幼い3人にはあまりにも現実は厳しすぎた。
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その夜。
紫穂と葵が寝静まった頃、薫は2人を起こさないよう1人ベッドを抜け出す。
BABELの監視をかいくぐり、とある廃墟へとサイコキネシスで飛んでいく。
(とんだ化け物だなーーー)
昼間、突如として起こった火災に代理の主任と共に向かったザ・チルドレン。
消化活動を終えた彼女たちに向けられた言葉がその一言だった。
ただの恐れからの言葉ではなかった。
明らかに、普通人とは違う能力に対する嫌悪、忌みからきた言葉だった。
(あたしたちは…欲しくてこんな能力を持った訳じゃないのに…!!)
他に誰もいないにも関わらず、薫は両膝に顔をうずめて声を押し殺して泣く。
今までも幾度となく、一人でこの場所でこうしてきた。
彼女にはメンバー以外に心を許せる人物がいなかった。
また、守るべきメンバーに弱音など吐けない彼女はこうするしかなかった。
(いつかこんな日々が本当に終わるときが来るのかなーーー)
どれくらいの時間が経ったのか、泣きはらしてぼうっとした頭で薫は考える。
(超度7のあたしたちに希望も居場所もーーーあるわけないか)
ふいに抱きかけた、淡い期待を自ら打ち砕く。
諦めをつけ、涙を拭き、薫は立ち上がる。
明日からもまた、冷たい世間から紫穂と葵を守る為に。
自分の弱音も孤独も2人には隠したままーーー。
このとき、まだ彼女はたった9歳だった。
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『はじめましてーーー皆本光一です!』
突如として、彼は再び3人の前に姿を現す。
(こいつがーーー新しい主任…?)
とっさの事にツンデレな態度をとりつつも、薫の中ではある感情が膨らみかける。
(何でかな…こいつならーーーあたしたちの世界を変えてくれそうな気がするんだ)
それはエスパーとしての勘だったかもしれない。
あまりの現実に抱いた幻想だったのかもしれない。
言動から垣間見える彼の優しさに惹かれたのかもしれない。
しかし彼女は10歳にしてようやく希望を抱く。
夢にまで見た希望が現実となり、安らぎを得るまであともう少し。
END
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