忘れられない思い 3
漆黒の帳の空に紫煙が登り行く。
その元を辿ると、高層マンションの一室にあるベランダの外側に腰を降ろしながら、
薫は呆然と階下に煌々と映し出される夜景を眺めている姿があった。
名義上は、パンドラとは無縁の人物の物件だが、
陰のスポンサーの支援により薫達の素性が明かされないように部屋が提供されている。
今ここにいるのも、そのうちの一つにすぎない。
居場所が把握されそうになれば、いつでも次の潜伏場所に移動することが出来るのだ。
だからここには、身体を休めるだけの必要最低限の物しか置かれていない。
口に煙草を咥え、右手には、そんなに強くも無いというのにビールの缶が握られている。
端から見ると、近づきがたい擦れた人間の光景にも見えた。
いつからなのかのは分からない。
気を紛らかすために煙草と酒を知ったのは。
最初は、興味本位だけだったのかもしれないのだが、
今ではもうそれが無くては自分を冷静に留められなかった。
深く煙草の煙を吸い込みながら、薫は昼間の事を思い出している。
(あの時、どうして私は皆本を受け入れてしまったのだろう……
彼との生活も思い出も全て捨てきり、ここに来たというのに……
心では割り切ったつもりでも、身体は出来なかったのかもしれない。
まだお互いを求め与えてくれた日々の関係を身体の奥底まで刻まれている。
そう簡単には出来ないものなのね…… 皆本を慕い愛していた十年間の事実は、
消し去る事も忘れる事も出来ない事実なのだから-------- )
自分の中で、皆本との関係を思い出しながら、
薫は今の自分の脆さと甘さを忘れたいかのように、ビールを一気に煽る。
脳内にアルコールを流し込み、今の重苦しい自分の思いを麻痺させ考えられなくさせたかった。
覚悟を決めてここに来たというのに、どうしてここまで皆本に対して未練が、
心残りのように媚りついているのかと、認めながら自嘲する。
恋愛感情などと言う甘ったれたものなど、
今の自分には求めるものに対して足を引っ張るだけの不必要な物だと理解しているのに。
それが、自分もまた幼い頃から彼に依存を求めてきた人間なのだから、仕方無いのだと、薫は認めていた。
早く、そんな物に振り回されずに自分の道を突き進む事だけをしなくてはと思うのに。
それが完全に出来きれていない薫は、ただ、自分の気持ちの愚かさが身に染みて胸を痛めている。
「こら、薫。また、こんなところで--------- 」
一人、浸っていた薫の目前に、空間が歪曲を起こしながら瞬間移動で葵と紫穂が現れた。
しばらく前に、自分達側に引き込んだばかりだが、
その行動能力の高さゆえに既にパンドラの中心に重鎮するほどの立場となっている。
今日はお互い単独行動を取りあっていたゆえ、今しがた戻ってくるついでに顔を見に来ていていた。
ちなみに、同じマンションに住んではいるが、部屋自体、今はもう別々となってはいるのだが。
「薫ちゃん、女の煙草はあまり美しくないわね。それに、身体にもよくないものよ」
紫穂は、薫の煙草姿に好感を持てずに注意をする。
吸っている時は、薫の心情が揺れ動いている事を知っている事もあるのだが。
「そんな口うるさいことを言わないでよ。別にヘビースモーカーじゃないのだし、
酒飲んでいると吸いたくなるだけなんだから-------- 」
小うるさく言われ薫は、少しやれやれとした面持ちで、
灰皿代わりの空となった缶に吸い終わった吸殻を入れ込みながら、紫穂に答える。
「そりゃ、吸うのは薫の自由や。でも、吸っている時は、
いつも何か考え込んでいることが多いから、うちや紫穂は心配しているんやで」
「お互いのプライバシーには詮索するつもりは無いけど、
自分だけで思い悩む事はして欲しくないわ。あの時のように、
私達に何の相談も無く、一人でここに来てしまうことだけは、
止めて欲しい。一人で思い悩んでいたのは辛くて苦しかったでしょうけど、
その後に残された私達も同じだったのだから---------
親友なのだからこそ、話して欲しいのよ。
出来ることなら少しでも薫ちゃんの力になりたいの」
安穏とした皆本と紫穂達の元から、
忽然と薫が姿を消した日を紫穂と葵は今でも忘れる事などは出来ない。
お互いの絆を一方的に捨てられ、裏切られた悔しさと憎悪、悲しみに包まれた日。
どんな時でも支えあい、
打ち解けあった親友でもあり仲間でもあった薫の仕打ちを二人は許すことなど出来なかった。
たとえ、薫が子供の頃からエスパー全体の痛みを救い上げたい思いを持ち続けていたと知っていたとしても。
そんなことは、自分達だけでする必要は無いと思っていた。
だが、薫だけは違っていた。
常に仲間の痛みを誰よりも自分の中で受け入れてしまう性分だったゆえ、
二人よりもより真剣に自分達エスパーの行く末を考えていたのだ。
自分や仲間達を求めるためには、今までの生活では不可能であることに気付いた薫は、
自分だけで皆の側を離れた。
紫穂や葵に、より危険な世界に来ては欲しくはなかったのも本音の一つでもある。
しかし実際、パンドラに来たものの、自分一人だけで普通人と対峙していく日々には限界があった。
今までチームとして、仲間で戦ってきた二人がいたからこそ無敵と自負でしてもいたのだから。
それに二人がいるからこそ、子供の頃に目覚めた合成能力が効果をより強く発動させることが出来る。
だからこそ、身勝手とも分かっていながら黙って別れた二人を迎えに赴いた。
怒り拒否されるのは分かっている。
だがしかし、離れてしまったからこそ痛感したこともある。
二人がいたからこそ、自分らしさを発揮できていたことも、
心底心を許した友がいないことの孤独感と背負うものの重さと辛さに。
力を貸して欲しくて、迎えに行ったのは体面なだけで、
本当は自分の安らげる場所を与えてくれる存在が欲しくてだったのかもしれない。
いつも、どんな悩みも打ち解けあってきた二人なのだから。
自分が、パンドラに組した理由も、じっくり話せば理解してくれるだろうと。
レベル7だと畏怖され敬遠され続けた思いを知る仲間だから。
その薫の思い通りに、二人は当初は困惑と怒りを当ててきたのだが、
けれども薫の見続けてきたエスパーの置かれている現実を目の当たりに見せ付けられ、
再び共に仲間として戦う道を選んだ。
何よりも、自分だけでこんな辛さを抱え込んでいた薫を支えてあげたかったのかもしれない。
幼い頃から薫は、こんな子だったと二人は誰よりも知っている。
私達以外の誰が、薫を信じ助けてあげるべきなのだと。
それは二人にとっても日常との別れ、皆本との別れにもなるのだが、
結果として皆本との絆よりも、薫との絆の方がより深く、強かった。
どんなにエスパーに理解と包容力のある皆本であっても、
所詮は普通人でしかない。
エスパーでなければ、エスパーの背負っている重さを知る事など本当は出来ないのだからと。
「そうだね、あの時は本当に悪かったと思っている。でも、
こうして二人が来てくれたことは何よりも私には嬉しいよ。
悩みとはあると言えばあるけど、たいしたことじゃないし、
二人を裏切るようなことでもないから大丈夫だから…… 心配してくれてありがと」
いつも通りの笑顔を浮かばせながら、薫は二人を包み込むように抱きしめる。
最大限の友情のお礼を返すように。
二人もまた、その腕に抱かれた薫の暖かさと存在の大きさが伝わる。
こんな薫が好きだったからこそ、ここまで着いて来たのだと-------
例え、本当は何か秘密を隠しているのかもしれないのだけど、
もう自分達を裏切ったりはしないと信じたかった。
薫の部屋から離れた二人の部屋に移動した二人は、それでもまだ薫の様子を心配はしている。
「多分、皆本さんと会ったのね」
核心ともいうべき事実を紫穂は、突然口にする。
「皆本はんやて ?! だって、薫は皆本さんを捨ててまでの覚悟でここに来たのに !?
紫穂、あんた薫の心読んだのか ? 」
さすがに驚いている葵は、事の真相を紫穂に食いよるように尋ねる。
「読んでなんかはいないわよ…… ただ、そんな感じがしたのよ。
ここに来てまで私たちに話せないことといえば、限られてくるから。
知られたくないと言えば皆本さん絡みだとね」
冷静に紫穂は、持論を話してはいるが、内面は複雑さを募らせている。
「なら、まだあの二人はうちらに黙ってまで、密会しているというんか ?!
そんな、うちらを裏切るような事をまた薫が !? 」
珍しく少し激高気味で葵は、言葉を荒くする。
「それは違うと思うわ、葵ちゃん。だから、少し落ち着いて。
出会ったとしても恐らく偶然なんだとは思う。だからこそ、あんなに戸惑った行動をしているのだから」
「でも、一方的に薫は皆本さんと別れたはずや」
「それが簡単に出来れば世の中、泥沼と言う言葉なんか無いわよ。
男女の関係なんて、割り切れる事なんか出来ないもの。
特に皆本さんは、そう思っているとは思うわよ。薫ちゃんを何よりも愛しんでいたから。
薫ちゃんのいなくなった日の半狂乱ともいえる皆本さんの姿を見ていた葵ちゃんなら分かるでしょ ? 」
その言葉に、あの日の光景が二人の中で蘇る。
言葉では言い表せないほどの痛みと苦しみと自分を責めて崩れ落ちていた皆本の姿を自分達も、
傷つきながら何も出来ずに呆然と立ち尽くしていたのだ。
「そうやな…… 皆本はんなら、今でも執拗に薫を捜し続けている気がする。
だったら、出会っても不思議ではないか」
「それに、薫ちゃんだって、自分で選んだ道だかといえ、
完全に皆本さんへの感情を捨てきったとは思えない。あれだけ深く結ばれていた二人だったから、
心残りがあっても当然よ。それを私達が責められるわけなんか出来ない。
情の深い子だから、あの子は…… 」
重苦しい紫穂の言葉に、葵もまた鎮痛さを隠し切れない。
常に目前で、皆本と薫の姿を見続けてきたからこそ分かることなのだから。
「二人の関係に私達が、とやかく言う権利なんか無い。
こればかりは、薫ちゃんの問題だから…… 」
「そうやな…… うちらもまた、皆本はんを裏切った事には変わりないのだから、
その気持ちは理解できるわ…… 」
「そうね。でもそれを分かっていても、私達は、薫ちゃんを選んでここに来たのだから、
後悔はしていないわ」
紫穂は、自分達もまた皆本を裏切った罪の意識はあるものの、
割り切りは出来ている様子に見えた。
葵は、まだどこか後悔が残っている様子は見られるのだが。
ただ、今の二人に言えることは、薫を信じて着いて行くだけなのだと。
再び一人になった薫は、数本目の煙草を吸い始めながら、ふいに自分の唇に指先で触れていた。
未だに皆本に求められたキスの感触が強く残っている。
それどころか、まだ皆本と住んでいた頃の求めも求められていたお互いの感触が蘇っていた。
未練がましい女の脆さと弱さを薫は、嫌悪する。
こんな事で、自分の選んだ道を阻まれたくは無い。
分かってはいる…… だがしかし、この感情を持っていては駄目だと知りながら、
薫は皆本の事を今でもなお、思い続けてはいる。
それを考えるだけで、仲間に対しての背徳さえ覚えてしまう罪の念がある。
だからこそ、本当に自分の中のこの思いを捨て切るしかないのだ。
普通人である皆本は、自分とは相容れない存在のただの普通人なのだと。
今夜限りで、皆本への恋慕も、思いでも捨て去ろうと薫は、強く胸に誓う。
今度出会ってしまったのなら、躊躇なく倒すだけなのだと。
そう誓う薫だったのだが、何故か胸に切ないほどの痛みが強く襲い走る。
この気持ちがなんなのか、薫には痛いほど理解出来ていた。
「皆本…… 」
ただ、自分でも気付かないうちに、彼の名を口に出しながら-------
手元にある発信機に目を凝らし、皆本は周囲の様子を伺っている。
「この辺りに薫がいるはずだ------- 何処にいる、薫---------- !! 」
悲痛なまでの形相を浮べながら、
皆本は近くにいるだろう薫の姿を求め探し続けているのだった。
4に続く。
2に戻る。
薫一人語り状態ですね。
うちの薫さんは、皆本に未練は残っている方なので、こんなに
苦悩してます。割り切れる話じゃ、面白くないし(自分的に)
この先、もっと苦悩させて楽しみます(自分的に(おいおい))
皆本よりは、薫は、内面的に大人かもしれませんが。
なんせ、皆本はまだ薫追いかけ続ける始末。
紫穂と葵も、この先、なにかと出てきます。
この話、壁に押し付けて、チューだけのシュチレーションだけを書きたかった
のですが、だいたいの話が出来上がったので、当分時間はかかりそうですが、
完結まで書き上げれるかと。
完全に、WEB連載状態になるかとは思いますが。
同人誌並に長くなるのは、確実。
途中から完全捏造展開に走るかと。
まだ、『序』編も書かないといけないし。
まあ、月1〜2回程度で更新できればいいですが。
この話、他の話が詰まると逃げるように書いてしまうので(爆)
ぼちぼちと、進めていこうと思います。
ぼちぼちと、細かい設定を考えながら〜(おいおい)
ま、オチはなんとなく決めてありますが。
ブラウザの×でお戻り下さい。