◆忘れられぬ思い 4 ◆




「射殺命令…… 」

 重々しい口調で、皆本はその言葉を口にした。

 朝早くBABELに出勤した早々、

出頭命令を受け一部の上層部の人間しか入ることを許されない厳重なセキュリティで

覆われた作戦会議室に呼び出される。

 室内には既に、複数の人間が鎮座して、後から来た彼を待ち構えていたのだ。

 彼らは、BABELはもとより、政府関連の見かけたことのない重鎮ばかりがそこにいる。

 そのような面々が、一同に集うということは、

国家存亡にかけての重要機密に関連した事なのだと彼は把握していた。

 それが、おそらくBABELを裏切った『ザ・チルドレン』に関連する事だろうと。

 固唾を飲んで、皆本はその場に臨んだ。

 間違っても、いい話など出るはずもないのだから。

 彼に聞かされたのは、予想以上の事実の言葉。

 つまり、PANDRAでテロリストと成り果てた薫を含む三人を発見次第、

拘束をする必要も無く、即射殺しろというものだった。

 最早、限りなく危険人物たる烙印を押され、

世界の普通人の秩序を危機に陥れる存在としての排除人物となってしまった。

「ま、待って下さい ! まだ、確保する手段などがあるはずです ! 」

 そんな命令など鵜呑みなど出来るはずのない皆本は、抗うように反論するのであるが、

所詮は弱者の遠吠えのように、鎮座する彼らの心を揺らすこともない。

 彼らは完全に、チルドレンの存在を切り捨てたのだ。

「自分が育ててきたからと、温情を持っているのか ? 

甚だ笑わせてくれるね、君は。IQ
200の知能を持ってしても、こうなると、

予知されているのにかかわらず、あの小娘達を矯正することすら出来なかったのに。

無能ばかりが、よく吠えるものだ。これは、君がするべき責務でもある。

こんな状況に陥る結果を作り上げた君にも責任があるのだからな。

自分の行なった失敗は自分で拭うのが、当然だ」

 冷たく蔑んだ視線で、彼らの一人がそう吐き捨てた。

 この場には、今の皆本を擁護する声などは無い。

 いや、擁護する存在すらいないのだ。

 過去には、桐壺局長や、蕾見管理官、朧などが、

問題を起こし続けるチルドレンの後始末を仕事裏に処理しながら、協力と擁護をしてくれていた。

 だが今は、彼らは誰もBABEL内にはいない。

 薫の離反を前後として、世のエスパーと普通人の対立が悪化しつつある中で、

BABEL所属のエスパーの中でも、離反するものが続出し、更にはチルドレンまで
-------

 重大予知の隠匿とその責任を問われ、桐壺は局長の座を更迭となり、現在軟禁状態となっている。

 蕾見管理官の場合は、それより以前に己の中で溜め込んでいた生体エネルギーのストックが限界になるほど、

日々能力を酷使したこともあり、再び深い眠りにつかねば、生命の危険を脅かすということで、

今は深い眠りについている。

 そして、その周囲には政府の特殊部隊が警備についてはいるが、これもまた軟禁とも言いかねない状態だ。

 朧は、桐壺の軟禁直後に、忽然とBABELから姿を消し、その後の足跡は不明。

 皆本は、絶望的な孤立状態となっていた。

「くっ…… 」

 悔しさに、皆本は唇の端を強く噛み締めながら、彼らに対する怒りを抑えるのに、必死だった。

(高座で資料を議論しているだけで、現場を何一つ知らない連中が-----------

何も知らないから、そんな残酷なことが言えるんだ。僕は、あの子達がどれだけ、

自分の能力に苦悩しながらも、前向きに生きてきたのかを痛いほど知っている。

その健気さと、明るさに僕もまた教えられ、救われた部分も多い…… 

確かに、僕の元から去ったのは何よりも信じがたく、辛いとしか言えない。

けれども、憎しみなど持てない。深く、あの子達の本当の姿を知っている僕には、

あの子達を撃つことなど出来ない。どんなことがあろうが、それでは、あいつらが知る事のない、

予知の悲劇の結末を引き起こしてしまうだけなんだ…… 僕は絶対に、

熱線(ブラスター)銃の引き金など引かない---------- 薫を射殺することなど !! )

 己の中で、さまざまな過去の三人との思い出と、

見せられた未来予知の光景を反芻させながら、再び彼はそう誓う。

 だが、今はBABELで子飼いの様な立場でしかない彼には、

それを大声で彼らに怒鳴り吠える事など出来ない無力を感じながら、ただ我慢し続けるしかなかった。

 いつしか、嘗て数々の抱負を抱いてBABELに入局した頃のような情熱は消え去り、

今は空虚な感情しか、抱く事しか出来なくなっていた。

(一体…… 僕は、何のために、ここにいるのだろう…… )

 自分でも分からない、愚問を繰り返すかのように心でそう呟いた。

「皆本 ! 」

 生きた心地のしない息苦しい空間から抜け出し、ようやく呼吸をした皆本の背中を叩く人物がいた。

「賢木…… 」

 BABELに入局するよりも前からの親友である賢木が、背後に立っている。

「能無し連中に、随分な事を言われてきたみたいだな。大丈夫か ? 顔色が随分悪いが」

 いつも飄々とした賢木が、真面目な顔で皆本の様子を気遣う。

「なんとかな…… 少し最近、眠れない時があるから、

疲れているのかもしれないだけだ。心配かけてすまない」

 なんでもない素振りで、皆本はそう賢木に話すのだが、

賢木には相当、皆本が精神的に疲弊していることは、目に見えていた。

 精神感応能力を使わずとも、それくらい簡単に見極めることなど容易いほど、

皆本の表情に浮かび上がっている。

 目の下には、深く濃い隈が浮かび上がり、声には張りが無い。

 眠れないというのは、本当なのだろうと。

 見ている賢木のほうが、痛々しく辛く感じるほどに。

「眠れないのなら、少し睡眠薬でも処方してやろうか ? 

少しは眠らないと、いくらお前でも体がもたないだろうが」

「いや、それには及ばない。これくらいで倒れていたら、

薫達を連れ戻す事など出来ないからな」

 賢木の気遣いを跳ね返すように、皆本はそう答えた。

「お前…… まだ、連れ戻そうとしているのか」

「当然だ。あんな事をしていても、何も情勢は変わらない。

ただ、自分達の首を絞めるだけでしかないんだ。目を覚まさせてやらなければいけない。

それが、僕に架せられた責務だから」

「………… 」

 皆本の言葉に、賢木は沈黙を示す。

 彼の意見に、同感する面もあるのだが、しかし逆に否定してしまう面もある。

 それは、賢木がエスパーであることでもあり、エスパーでしか理解出来ない感情でもあるのだから。

 けれども、それを決して口にはしない。

 口にしても、理解してもらえるものでもないのだから。

 他の離反した同胞とは違い、賢木だけは誰よりも一歩下がった場所から、

情勢を見つめ続けて沈黙を続けている。

 感情で先走っても、状況は何も変わらない事を知っている。

 誰か一人でも全てを見渡すべき存在がいなければいけないのだと、

本能で彼はそれを悟り未だ、BABELに留まっていた。

 何よりも、皆本を見放すわけにはいかない。

 殆ど、救いの手が無い現在の、ここに皆本だけを置いて置くわけにはいけないと。

「でもあまり無理するな。表立っては動けないが、たまには俺にも手助けさせろよ ? 

俺だって、薫ちゃん達を見殺しにはしたくないからな」

 元気つけるかのように、賢木は皆本の肩に手を置いた

「ああ…… ありがとう。賢木だけだな…… そんな事を言ってくれるのは」

 少しだけだが、表情に気力を取り戻した皆本は賢木の元から去る。

 ここでの皆本の味方というべき存在は、賢木だけでしかない。

 その存在が何よりも、心強く支えでもあった。

「射殺命令か----------- あいつにそんな事をさせるなんて、

酷過ぎるぜ。愛している人間を撃てと言われたアイツの心痛を連中は、

何も知らないくせにな。クソッ、吐き気がするぜ !! 」

 肩に触れた一瞬に、皆本の心理を読み取った賢木は、

彼の抱いた痛みと連中に対しての吐き気がするほどの嫌悪感を抱く。

 彼もまた、現在のBABELには、何の情も持つことが出来なっていたのは同じだった。

 まだ桐壺が、権力を翳していた日々がよかったと、思えるほどに。

 それでも彼は、ここを離れる気にはならない。

 全ては、普通人なのに『破壊(クイーン)(オブ)女王(カタストロフィ)

と呼ばれ、エスパーの長と呼ばれ普通人から恐れられる薫を愛し続けている皆本を影ながらサポートするためでもあった。

 不器用で、鈍感な男が愛し続けている姿に、心打たれているのかもしれない。

 そんな彼の手で、薫を撃たせてはいけないのだと、

彼もまたそれを阻止せねばいけないのだと、心に強く刻み付けるのだった。

 幸福な頃の二人の姿を間近で見ていたのだから。

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                            2007・10.07

 今回は、賢×皆っぽくなりましたねー(爆)
 今回は、舞台背景的設定話を書いています。
 この先、大捏造に走る予定ですので。
 
 なんだかまー裏の主役が、賢木センセですね。
 今回は特に。
 でも意外と、一歩下がった視線で、周囲を見渡す存在だと
 思っております。
 
今後も先生は、色々ご活躍なされると思いますのでw

  しかし、全然『序』編が、書けてません。
  『序』は、皆薫だらけです(笑)
  多分忘れられた頃にUPしているかも。