忘れられぬ思い 5




 昼の日差しが、室内に入り込み顔に差し込んできても、薫はベッドで眠っている。

 そんな彼女の側に、突如物音を立てることも無く、

空間が歪むと同時に人影が現れ、眠っている薫を無言でどこか呆れながら見つめていた。

「ちょっと、いつまで寝ているの ? 起きなさいよ ! 」

 少し強引に薫の肩を揺らしながら、澪は薫を起こそうとしていた。

「う…… ん」

 寝起きがあまり良くないこともあり、薫は布団の中で身もだえしている始末。

「そんなんじゃ、いつまでも起きられないわよ !! 」

 そう言い放つと澪は半ば強引に、肘から先だけをどこかに部分瞬間移動させたと思うと、

すぐに手元に何かを持ちこんで元に戻す。

 そしてそれを未だ眠っている薫の首筋に、貼り付けた。

「ギャ----------------- !! 」

 途端、甲高い悲鳴を上げて、跳ね上がるように薫は起き上がった。

「何、するのよ、澪 !! 」

 手に冷えた氷枕を持ちながら、澪に向かって抗議している。

「あらやっと起きたのね。こうでもしなければ、あんたいつも起きないじゃない。

それに何、この部屋 ? かなり酒臭いし、散らかっているじゃない」

 薫の周囲に転がる空き缶の数々を見回しながら、澪はまるで小姑のような物言い。

「放っといてよ。別に私の勝手なんだから--------

なんで皆、口うるさくいうのよ…… って、あいたた」

 そんな物言いに飽き飽きしているのか、顔を背けながら嫌っぽく答えていたのだが、

途中脳の奥底から引き起こされる重い頭痛が襲い掛かる。

 要するに、飲みすぎによる二日酔いの症状なのか明確なのだが。

 基本、薫は酒に強くは無い。

 飲みすぎた翌日は、いつもこうなのだ。

 ここしばらく毎晩つぶれるまで酒を飲んでいるのだから、

二日酔いから解放されない日が無いほどだ。

 それは全て、あの日から続いている。

 痛そうに頭を両手で抱え込む薫の姿を見ながら、当然だというような顔を浮かべながらも、

やれやれと右手の肘から先だけをキッチンに瞬間移動させて、しばらくした後、自分の元に戻す。

「ほら、全く世話がかかるわねー」

 薫の目の前に、コップに汲んだ水と頭痛薬を差し出す。

「あ、ありがと、助かる」

 未だに頭痛が止まない薫には、それが今一番欲しかったものである。

 一気に錠剤を口に入れ、水を含んで流し込む。

「でさ、わざわざここに来た理由って何 ? 」

 二日酔いで乾いていた咽を潤すように、コップの中の水を全部飲み干した後、

薫は澪に訪問してきた理由を尋ねる。

 用事が無い限り、わざわざ個人の部屋まで澪は来たりはしない。

 その言葉に先ほどまでの呆れた顔を一遍させ、澪は真剣な顔つきに戻すと-------

「少佐が、あんたを呼んでいるのよ。だから、迎えに来たの」

「京介が ? それを早く言ってよ !! 」

 慌てて立ち上がると、ほとんど下着状態の格好で髪型も寝癖が付いたままの姿を

どうにかするかのように、薫は洗面所に自らの
(サイコ)動力(キネシス)で飛んでいく。

「そうよ、だから早く起きろ言ったのに」

 再び、呆れ顔に戻した澪は嘆息を付くのだった。

 身支度をなんとか整えた後、薫は澪の瞬間移動で兵部京介がいる別の場所に移動する。

 そこは、某高層ビルの最上階のペントハウスをワンフロアーとして使用した部屋でもあり、

華美ではないが、相当の高級感を感じる造りになっていた。

 普段そこで彼は過ごしている。

 既にパンドラの全権は、兵部京介が薫に委ねたこともありエスパー達の行く末を見守るような立場にあった。

 そんな彼の周囲の世話を澪が自ら行なっている。

 あまり人の世話になりたくない京介だったのだが、澪ならばと側に置いていた。

 恋愛感情というものではなく、ただ誰よりも落ち着いて側にいてくれる存在として、彼は思っていた。

 一方の澪は、恋心を抱きつつも、その感情が彼に伝わる事も無ければ、

自分に向かう事も無いことを察しているのか、想いは胸の奥底に秘めていた。

 それだけで十分なのだと、自分に言い聞かせながらも、今の生活に満足をしていたのだ。

 澪の瞬間(テレ)移動(ポーテーション)により、薫は数週間ぶりにこの部屋を訪れる。

 いつも、この部屋だけが時が止まっているような錯覚さえ訪れると感じてしまう。

 それは彼自体が常に変わらぬ風貌と、考えを持っていることを象徴しているかのように。

 しかし、それは永遠でもない事も確かだった。

「京介」

 全面ガラス張りの窓側に座り心地の良さそうな椅子に座っている京介に薫は背後から声をかける。

『…… やあ、来たのか』

 振り返ることもなく、彼は静かな声で出迎える。

「具合…… どう ? 」

『なんとも言えない…… こればかりは僕にもどうする事が出来ない問題だからね、

薫が気にする事は無い。それよりも、顔を見せてくれないか ? 』

 その言葉に薫は、彼の脇まで歩いていくと、正面に座り込み見上げるように顔を見せながら、

横に置かれた手の上に自分の手を重ねた。

『憂いがあるね…… 』

 薫の顔を少し見つめただけで、京介は彼女の奥に隠されたものを見抜く。

 決してこれは、彼自身が持つ精神(サイコ)感応(メト)能力(リー)を使用したわけでもなく、

薫を心底大切にしているゆえの直感だった。

 薫が生まれる遥か昔から、思い抱いてきた思い。

 しかし薫は、そんな彼の思いに気付いているのだが、決して答えることが出来なかった。

 誰よりも自分の考えと生き方を理解して後押しくれている存在だというのに、

心の内を話し合えるというのに、何故なのだかそれだけは。

 京介の全てを受け入れていれば、どんなに楽なのだか。

 それさえ出来たのならば、心身ともに京介との信頼と連携を得られるというのに。

 そんな薫の内面の苦悩すら京介は気付いているのだが、しかしそれをあえて追求することはしない。

 薫という存在を自分の勝手で左右させたくは無い。

 自分自身の生き方で、彼を含めた全ての同胞の解放を果たしてくれるはずなのだと、信じていた。

「色々とね。問題が多くてさ…… でも、京介が心配してくれる程じゃないよ。

これくらい私や、皆で解決できる事だし。余計な心配しなくていいよ。

…… でも、心配してくれてありがと。少し気が楽になったかな」

『そうか。しかし、一人だけで突っ走るのはホドホドにした方がいい。

真木や女神、女帝がいつも君に手を焼いているみたいだかな』

 少し棘のある口調で、注意を促すのを忘れない。

「それは自重する。でも、それは私だから出来る事だと思ったからさ」

 苦笑を浮べながら、薫も自分なりの意見を答える。

『そんなところまで、本当に僕と薫はよく似ているよ。仲間のためになら、

目の前しか見られずに先陣を切ってしまうのは…… 

だけど、僕らエスパーには君は必要不可欠な存在だ。そのことだけは、いつも常に忘れないでくれ』

「分かってる。だから無茶はしないよ」

 そう答える薫だったが、本心ではエスパーを率先する立場を自ら選び背負う

生き方に重荷を感じていたのは確かだった。

 それは決して、誰へも口にすることなど出来ない。

 これは、自分で決めた道なだからと。

 弱音も、背徳も今の自分には不必要でなければ、いけないのだから。

 だからこそ今の京介の言葉は、何よりも自分の立場を自覚させられるものとなっていた。

 なのに今、薫の胸中はそれと別な感情で掻き乱されている。

 何もかもが中途半端な自分の弱さに心底、薫は自分を嫌悪した。

 ピピッ

 

 会話をしていた最中、薫の通信機に呼び出し音が鳴る。

「ごめん、京介。時間だった。今日予定していた計画を実行してこなきゃ」

 重苦しくなりつつあった空気を断ち切るかのように、薫は話を切り上げた。

『…… 気をつけて』

「ありがと。行ってくる」

 仄かな笑顔を彼に向けて、薫は部屋を後にした。

『エスパーも、結局人の子か-----------

「少佐、何か言った ? 」

 思わず呟いた独り言を澪は聞き返す。

『何でもないさ…… 独り言だよ』

 京介の中では、薫の弱さや迷いなどは既に分かっている。原因があの男だということも。

 彼が存在する限り、薫が自分の物になることも無い。

 しかし、強引に薫を長らしく生きろと言うことも、自分の物にすることすらも適わない。

彼もまた薫を傷つける事が出来なかった。

 それが、人としての弱さでもあると彼も痛感するしかなかったのだ。

 思い通りにいかないやるせなさだけが、胸に苦しさとなって残るだけで---------

 本当にあの予知を変えられるものなのかと、京介もまた不安を感じられずにはいられなかった。

 瓦礫と廃墟の光景だけが、そこには広がっていた。

 その中心には薫の姿が一人。

 彼女を周囲は、高圧力で破壊されたと思われる痕跡が数多く見られる。

「計画は終了したわ、これから帰るわ」

 淡々と手短に仲間への通信を終わらせると、冷淡な眼差しで周囲に息絶えた普通人の姿を目にしていた。

(もうどれだけ、人を殺めたのか覚えてないな…… )

 既に数え切れないほどの人の命を奪ってきた薫にとっては、命の重さは紙切れのように感じる。

 いや、それは上辺だけの事。

 奪った命だけ、自分の中で消す事が出来ない傷を抱いていたというのに。

 

 帰投しようと薫は、その場から足早に去ろうとした瞬間、背中に何か硬い物が付き当てられる。

「動くな--------

 静かに淡々と呟く声に聞き覚えがある。

「皆本…… ? 」

 背を向けたまま、首だけを後ろに振り向かせた薫の視線には皆本の姿がそこに確かにあったのだから。

 

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                                               2008.1.20



 4から3ヶ月ぶり?ほど放置していた話の続きです(汗)
 今回も物語の状況説明&パンドラチームの話。
 でも、出てるのは澪と兵部だけですが。
 …なんだか、適う事無い思いを抱く不憫キャラだらけだ…。

 皆本><薫<兵部<澪。
 なんて韓流ドラマのような関係の図(爆)
 いや、韓流ドラマのようには、泥沼は出来ませんけど。
 というか、そんな話を誰も求めていないでしょう?(笑)
 でも、作中でもう少し薫と兵部のやりとりは今後も書きたいなぁ。
 この話の薫の内面は、皆本しかいないから深く絡むのは難しそうだ。
 基本、兵×薫は自分には、難しいです。好きだけど。
 
 えー次回は、ついにというか、ようやく出たか二人の再会からスタート。
 この話、どこが皆薫なのかと言われそうなので(爆)
 いえいえ、どのみちここで出すつもりでしたが。
 暴走皆本クンにご期待ください(誰も期待してないって)
 
 しかし、この話終わりが見えません(苦笑)
 これでも、考えている話の3分の1も書いてないので。
 この先は、原作の進行と設定を見ながらのんびり書いて行こうと思います。
 いずれ、須磨主任を是非とも参加させたいと思っている今です(おいおい)
 




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