◆忘れられない思い 7




 闇のトンネルを光が見える……。

 いつまでも続く、その闇から逃れたくて息を切らしながら薫は走り続ける。

 念動力で、素早くその空間から飛び去れればいいのに、何故なのかそれが出来ないでいた。

 あるはずの超能力を失い、普通人になってしまっていた薫は、

得も知れない不安と恐怖に苛まれながら逃げるためには、走る事しか選択肢は無い。

 やがて、闇に光が差し込む。

 救いとばかりに、薫はそこに向かい飛び込んだ。



「な、何見てんだよ !? 」

 やるせない思いに包まれ空を仰いでいた薫は、その様子を見られていた皆本に対し驚き大声を上げる。

「い…… いや、悲しそうだったからどうしたのかなって---------- 」

 そこには、まだ子供だった薫と皆本の姿がある。

(あぁ…… これは初めて皆本と出逢った時だ…… 

誰も大人を信じることが出来なくなっていた頃の
----------- )

 遠い昔の自分の姿を少し離れた場所にいるような視点で、薫は目にする。

「悲しそう ? あたしが ? 」

 図星だったのか、薫は恥ずかしさと怒りの矛先を見抜いた彼へと念動力でぶつける。

(あの頃は、自分が子供でしかなくどうすることも出来ないでいた…… 

檻に閉じ込められている猛獣のような非人間的な扱いを受け、

そこから逃げることさえ出来ないまま
-------

ただ、唯一の支えは葵と紫穂がいたこと…… あの子達を守れるのは自分しかいない、

傷つける存在は許さない、ただそれだけが生きている理由だった。でも…… 

自分では自分を守って受け入れてくれる存在をいつ欲していたのも知っていた。

それを誰も与えてくれない自分の境遇と大人たちを呪うことしか出来ない

無力な子供でしかなかったというのに、皆本がそれを見透かしていたことに、

悔しさと恥ずかしさ、そして彼に対する興味を抱いたのも確かだった…… 

それまで誰もそれに気づいてはくれなかったのだから)




 そして、光景は走馬灯のように素早く移り変わる。

「君はここにいてもいいんだよ」

 皆本の腕に抱かれ、胸の前に抱き掬い上げられた薫に彼は優しくそう声をかける。

 出会い、そして担当主任になってからも未だ薫には

彼を本心から信じられない不安が常に胸にあった。

 一度は、自分達の為に必死となり渋々だが主任の座についた皆本だったのだが、

彼が今までの主任と同じように自分たちを見放す事に恐れを抱いている。

 最初は同情から引き受けてくれただけであり、今では自分達の能力に畏怖し、

普通の子供のようになれと突きつける態度から見て嫌気を刺し始めているのではないかと。

 そして同時に失望を勝手に抱く。

 決して、普通の子供にはなることの出来ない誰も自分を守ってくれる存在はいないのだと---------

 しかし、それは杞憂に終わる。

 些細な頭部の怪我を放置したことにより、

脳細胞の微少な傷を見逃し薫の念動力は自身で制御出来ないほどに暴走をする結果を招く。

 薫自身にまで無差別に攻撃が襲い掛かる。

 これも自分自身の能力を慢心した報いなのかと、

激しく押しつぶされ息さえ出来ない苦しみに苦悶しながら半ば薫は諦めをみせた。

 誰もこんな自分を助けてくれる強さや力など持ち合わせていないのだと。

 けれども、皆本は違った。

 大人であれども、命の危険と激痛が襲い掛かる念動力の暴走の渦に彼はひるむことなく飛び込み、

自らを盾にして薫を庇う。

 こんな自分に対して必死になってくれる存在がいることに驚きながらも、

その存在のかけがえのなさを同時に覚える。

 この人を失うことはしていけないのだと。

 薫の脳内に浮かんだ答えは一つであり、迷うことはなかった。

 自らの鼓動を止めることに。

 こうすれば、彼を傷つけること無いのだから。

 自身はこれ終わってもいいのだとさえ胸に抱きながら。

 意識を喪失している最中、殆ど覚えていないのだが孤独な闇に

自分を救い出す声に導かれ薫は現実に引き戻される。

 誰も自分がいなくなって悲しむ人間などいないと自嘲していた彼女だったのだが、

意識を取り戻した瞬間、目の前に今にでも泣きそうな顔を浮かべている皆本が目に入ると同時に、

不思議と嬉しさ…… そして、今まで感じたことの無い感覚が生まれたことに気がついたのだ。

『君はここにいていいんだ』

 必死になり、守り抜いてくれた皆本に対してもまだ薫は不安を感じてはいた。

 こんな自分に嫌気が刺して見捨てられるのではないかという恐れを抱き。

 しかし、彼はこう薫に伝えたのだ。

 側にいてもいいのだと。

 安心してもいい場所が彼の元にあるのだと、薫は初めて知り触れることが出来た。

 その時まで、本音では彼を信じることが出来ないでいた薫の中で、

確かな信頼と居場所を手にすることが出来、先の見えない不安な自分の道を開いてくれたのだ。

 あの日から、薫の中では皆本が誰よりも強く必要不可欠な存在になったのだ。

 それは、大人になった現在でも変ることの無い思いでもある。

 皆本がいなかったのなら、おそらく今の自分でいられなかったのだから。




 出会いから長い時間が流れ、子供だった薫も皆本や葵、紫穂達との絆をより深め、

共に大人に向けて次第に心身は成長を迎えゆく。

 同時に、子供の頃は父親のように、兄のように思慕を抱いていた薫の中で、

皆本という存在が異性として移り変わり行く
-------

 思春期に経験するともいえる恋という感情を知り、それにより喜びも悲しみも多く経験を覚え、

皆本もまた薫の存在に気がつき無意識下で惹かれ始め、いつしか通じ合わせる関係まで到達していたのだ。

 誰よりも側にいて欲しい存在を手に入れることが出来た事に、

薫は幸福をかみ締めていたのだが、それでも彼女の中ではまだどこか満たされない

冷めた自分がいることに気がついていた。

(確かに私は幸せなのに…… どうして、胸の中にシコリのような物があるのだろう…… )

 彼に愛し愛される日々の中で、その違和感を覚えながらそれは次第に強くなる。

 やがてそれが、何なのかを認識する。

 

 日に日に対立の深まる普通人とエスパーとの対立。

 その闇と深い確執を成長することにつれて、薫を苦悩させ葛藤させる。

 暴力で世界を変えようとするパンドラの行動が間違いだとは思えなくなっていた。

 自分はバベルに属して、彼らを捕縛することが任務である立場であるというのに。

 これは、子供の頃から感じていたことでもある。

 そもそも、自らの意思でバベルに入り特務エスパーになったのではない。

 それを選ぶしか幼児だった薫や、家族は道が無かったのだ…… 

高レベルエスパーの能力を有して生きていくためには…… 

 自分でも、それしか道は無いと半ば受け入れていた薫だったのだが、

高校生になった頃には、その置かれている環境に疑問を覚え自分の意思が揺らぎ動いていた。

 自分には、自分でしか出来ないことがあるはずなのではないか、ここではない場所で----

 常に日陰に追いやられゆく同胞達の境遇を目にする機会が多くなる程に。

 しかし、それでも薫は葵、紫穂、皆本の側に居続けることを望んだ。

 いや、それが彼女の心の枷だったのかもしれない。

 大切な存在や、仲間、家族がいることにより、

本当に望む自分の道を阻む存在であるのではないかと抱き始めていた。



 やがて、その心の葛藤が前触れもなく二人の別れの日を導く。

 爆発音を上げ、失速して行くBABELの名が刻印された武装ヘリの姿。

それに攻撃を加えたのは薫である。

切なく覚悟を決めた眼差しで、まだあどけなさが残る薫は皆本を無言で見つめていた。

 その腕には、負傷したらしい澪がいる。

 作戦に失敗し、追いやられた澪が窮地に追いやられた瞬間、薫の中で枷が弾け飛んだのだ。

『ワタシガノゾムノハ、ドウホウノ、ジユウト、ミライ…… 』

 本能とも言える本当の薫が目覚めた瞬間でもあった。

 今まで、そう抱いていたものの自身で抑えこんでいた感情があふれ出す。

 彼女自身しか出来ない事、それは自分の能力を不遇に陥らせている同胞の解放に使うべきなのだと。

 それに目覚めた薫は、迷いは無かった。

 今まで築き上げた生活を全て捨てることさえも、皆本との関係を失うことさえ。

「よせ、薫 !! 何をする気だ !? 行くんじゃない薫--------- !! 」

 信じがたい光景を目の当たりにして、皆本は必死に薫を呼び留めようと皆本は声を荒らげて叫ぶ。

 しかし、もう薫はその声に振り返ることはない。

 彼女の意思は、決まっていたのだ。

 自らの胸が別れの痛みに引き裂かれながら、堪えられないような痛みを感じながらも、

皆本と敵対することになろうとも…… 。

 何も答えないまま、薫は彼に背を向けて自らの決めた茨の道に向かうのだった。

 そして、パンドラに迎えられた後、当初はその場でも確執と対立があったのだが、

彼女独特の性格でもあるカリスマ性により次第に打ち解け、

頭角を現し今では体調が優れずに一線を離れている兵部の代わりに陣頭指揮の立場に立っていた。

 同胞から強い信頼と、彼女となら出来るかもしれないという期待という

解放の夢を抱いた同胞達の思いを受け入れるように、薫は彼らの為に突き進む。 

 多くの犠牲の血を流し合いながら-------

 それは、彼女自身を含んでいた。

 薫はそれでは構わなかった…… もう同胞が苦しむ世界を無くすことが出来るのならと。

 自分の全てをそれに捧げる信念でいたのだ。

 しかし、それでも心の片隅では忘れられない皆本への情愛は強く彼女の中で根付いている。

 どうあがいても、それを払拭することは出来なかったのだ。

 そう抱いてしまう理由を薫は知っていた。

 それも含めて彼の存在が今の自分を作り上げているのだから、それはどうすることも出来ない。

 ただ、今はそれから目を背いて生きるしかないのかもしれないと自嘲を自分に浮かべているだけで-------

 離れた視線で自らの人生の走馬灯を眺めていた薫の視界が再び闇に覆われると、

意識は深く沈みこみ、やがて新たな光にと暖かな感触に包まれた。

 今度は、どのような過去の記憶を見せ付けられるのかと薫は、

半ば嫌気を感じながら視界が晴れるのを待つことしか今は出来なかった。

「う…… ?! 」

 綴じた瞼の奥底まで、光が差し込んでくる。

 その眩しさに薫は、目を覚ます。

 どうやら、今度は過去の夢の中ではなく、現実の光景だと直感で気がついた。

 しかし、視界に映る光景は、彼女が知る物ではなく見知らぬ光景。

 そして、自分が横たわり寝かされている状況を知る。

「起きたのか、薫…… 」

 その声に薫は反射的に体を緊張させた。

「皆……本…… 」

 目の前には、心配そうに顔を覗く皆本の顔が朧気に映し出されていたのだった。





                                    6に戻る     8に続。






 久々に、続きを書くことが出来ました。
 でも今回、殆ど原作場面ばかり出してますが(汗)
 過去を振り返りながら、薫の心理少し触ってみました。
 他のSSネタと同じような描写場面と被っている箇所が多々あります(汗)
 単発SSネタは、長編用のネタ置き場的のような形で残してます(おいおい)
 なので、今後も被るとは思いますが、突っ込まないでくださいまし〜。

 なお、この話での薫の離反時期は17〜18歳辺りと、原作に準じております。
 …その辺まだ書かないで良かったというか(苦笑)
 原作高校生編になったら、序章書こうかな…って、流石にそれ前に書き上げてそうですが。
 捏造だらけで。
 
 今回、目覚め後の薫と皆本との場面も掲載する予定が…その場面がまだ全然進まないので
 ここまで載せる事に。
 なにせ、この後の皆本は…
 次回、鬼畜気味皆本をお楽しみに(冗談です)

 この話、いつ終わらせること出来るのか自分でも分からない長さになりそうな…。
 
                                          2008・09.08





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